10周年の祝賀ムードの背後で滲む危機感
図1 VivaTechnology 2026の内部、日本パビリオンの様子1

出所)筆者撮影
「欧州は今この瞬間変わらなければ、2032年のVivaTechnologyでは『米国か、それとも中国の植民地となるべきか」がトピックになるだろう2」。今年で10周年を記念する欧州のテクノロジーの祭典は、エンリコ・レッタ(イタリア元首相)による警鐘と共に幕を開けた。
年々出展企業と参加者を拡大し続け、ついに10年目という記念すべき節目にして、15,000以上のスタートアップと4,500のパートナー企業が参加し、来場者はのべ20万人を数えた3。世界各国の企業による先鋭的な展示や、インドのモディ首相といった要人によるスピーチなど、切り取るべき側面は多くあった。しかしながら、今年のVivaTechnologyの公式テーマ「AI : impact, not illusion(AI:幻想ではなくインパクトを)」よりもはるかに取り上げられ、重要であったテーマがある。それが「主権(Sovereignty)」である。
公式発表によると、4日間のイベントのうち「主権」がテーマのセッションは175件にのぼったという4。冒頭の発言は、そのうちの1つで筆者が今年のVivaTechnologyのハイライトと考える、「Can Europe Stand on Its Own Two Feet in Tech?(欧州は技術の分野で自立できるのか)」でのエンリコ・レッタの発言である。記念すべき10周年において、なぜ主権という緊張感あるテーマが中心となったのか、そしてなぜ“植民地”という強い表現をもって危機が警鐘されているのか、日本からは中々見えてこない危機感の背景を本稿で紐解いていく。
不信の1月、確信の6月
レッタはセッションで「転機は1月であった」と振り返る。2026年1月9日、米国のトランプ大統領はデンマーク自治領のグリーンランド領有の意向を示した。これに対してデンマークや欧州諸国が牽制の姿勢を強めると、追加関税発動が示唆されるなど緊張が高まった。
そんな中で1月19日、世界経済フォーラム(ダボス会議)が幕を開けた。ウォールストリートジャーナルの報道によれば、2026年のダボス会議はドラマに包まれていた模様である。初日に行われたカナダのカーニー首相による演説は、グリーンランドを巡った追加関税への反対を表明し、欧州への連帯を呼びかけるものであった。対して翌日の1月20日、米国のトランプ大統領はカーニー首相の演説を牽制しながら、防衛上の理由から米国のグリーンランド領有における合理性を繰り返し説いた。一連の緊張状態は1月21日に落ち着きを取り戻す。NATOのルッテ事務総長との会談後に、トランプ大統領がSNS上にて追加関税措置を取り下げると投稿したためである。
関係者がひとまず胸をなで下ろしたであろうその頃、ブリュッセルでは重要な会合が行われていた。アントニオ・コスタ欧州理事会常任議⻑(EU大統領)の呼びかけにより、欧州各国の首脳30人が集まった。フランスのマクロン大統領は「われわれはここで⼀線を引く」と切り出したという5。本会合は各国首脳が感情あらわにしながら、対米政策の見直しをテーマに5時間に渡って議論をしたことで“セラピーの夜”と呼ばれている模様である6。
セラピーの夜が何をどのように変えたのか、今の段階で影響を測ることはできない。しかし、ここから欧州は経済や技術の側面で自立に向けた動きが目立つようになる。2月12日、フォン・デア・ライエン欧州委員会 委員長はOne Europe, One Market構想(OEOM構想)を発表した。単一市場化を促進し、EU経済の競争力強化を推進する構想を掲げた。6月3日には欧州委員会が欧州技術主権パッケージを発表した。先端半導体への投資促進や、データセンターの容量拡大、クラウドの「主権」レベルの評価フレームワークの構築を図っている。
上記のような欧州委員会の動きと同じころ、6月11日、AI研究者・シンクタンク・投資家らによるAIを巡ったシナリオエッセイ“Europe 2031”が公開された。AIモデル開発競争をスケール則による性能向上が続く事を仮定としながら、米国と中国に差を付けられ、苦境に追い込まれていく欧州が、小説形式ではあるが生々しく描かれている。本作はまさしく技術的自立・主権確保のため、欧州域内の連携強化と同時に、同様の状況に面しうる韓国やカナダ、そして日本といった国々との連携進化を訴求している。
図2 “Europe 2031”シナリオが描く、各国の計算力推移の予測(単位:GW)7

出所)Europe 2031のシナリオを基にNRI作成
そして本シナリオが公開された翌日の6月12日、米政権がアンソロピック社の「クロード・ミュトス5」および「クロード・フェイブル5」に対して、すべての外国籍者のアクセス停止を指示し、同社の一部モデルへのアクセスが一時的に全世界的で遮断された。同措置は米国民も同様の制限を受ける全方位的なものであったが、“キルスイッチ”を押したとも取られる本出来事は、欧州当局者の抱える不信を確信に変えるには充分であった。
VivaTechnology 開幕前日の6月16日、フランスのルコルニュ首相は動画でDGSI(国内安全総局)の調達を米パランティア社から仏チャップスビジョン社へ切り替えることを表明した。動画の中で首相は、「ここ数日のアンソロピックの騒動で見たように、一部のパートナーの善意に依存しない(中略)真の自律を構築する必要がある」と明言した。
このような状況で、6月17日にVivaTechnology 2026は開幕を迎えた。
図3 2026年1月からVivaTechnology開幕までの欧州を取り巻く主な出来事8

出所)NRI作成
共有された危機感、されど残る問い
本稿冒頭の発言は、VivaTechnology 2026初日のメインステージセッションである、「Can Europe Stand on Its Own Two Feet in Tech? (欧州は技術の分野で自立できるのか)」のパネルディスカッションにおけるものであった。討論はピュブリシス・グループのモーリス・レヴィ会長がモデレーターを務め、英国元副首相を務め、メタでグローバル・アフェアーズ担当プレジデントを務めたニック・クレッグ、そして元イタリア首相であり現在はIEで学長を務めるエンリコ・レッタによって行われた。
図4 セッションの様子1

出所)筆者撮影
本討論は政治と経済の側面から“主権”と向き合う内容であった。本セッションはクレッグがAIのスケール則を念頭に、米国の資本投下力を強調するところから始まる。クレッグはメタ在職中の経験からシリコンバレーのダイナミックな投資環境を語り、欧州の投資規模が米国に比して桁の違う差を付けられていることの危機感をにじませる。本セッションの直前にはヘンナ・ヴィルックネン欧州委員会上級副委員長(技術主権・安全保障・民主主義担当)による欧州のAI投資計画セッションが行われたが、その数字を引用しつつも到底足りないことが強調された。
クレッグはLLM基盤開発という、資本規模の競争で欧州は勝てないことを前提に、世界モデルといった次世代モデルでの競争に備えるべく、欧州の競争環境を整えることを優先するべきと提言した。そこでレッタによる冒頭の発言に立ち戻る。レッタは市場を統合し、投資を戦略的に集中させる必要性を説いた。そもそも、先述したOEOM構想はレッタが2024年に欧州委員会に提言した“Much More Than a Market(単なる市場以上のもの)” 通称、レッタ報告が形となったものであった。本レポートは、“The Future of European Competitiveness(欧州の競争力の未来)” 通称、ドラギ報告と並ぶ二大提言として今日の欧州の経済政策論のバックボーンとなっている。レッタ報告はOEOM構想によって形になりつつある。一方で市場統合の動きは始まったばかりであり、市場以外にも個人情報保護規制など課題は多い。GDPR(EU一般データ保護規則)は各国それぞれ異なる解釈で運用されており、運用主体は27の加盟国に分かれ、さらにドイツ1国の中でも17のデータ保護当局が存在する9。
レッタは冒頭の発言に続けてこう言った「率直に、私はこの先も欧州人でいたい。そしてイタリア人でいたい」と。会場は拍手に包まれた。立ち上がって拍手する者もいた。しかし、問いは残る。EU統合の理想たる欧州人とナショナリズムとしてのイタリア人という二元的なアイデンティティは成り立つのか、かねてより域内格差が問題視されていたEUの中で資本の選択と集中をとり得るのか、そもそも彼らのいう主権とは誰の主権なのか。EUのものか、各国のものか、EUとしての主権ならば横にいる英国は議論に含まれるのか ————。欧州が“主権”とどのように向き合うか、注目していきたい。
- 1筆者撮影
- 2VivaTechnology 2026 , セッション『Can Europe Stand on Its Own Two Feet in Tech?』
- 3VivaTech 2026 recap, “https://vivatech.com/news/viva-tech-2026-recap”
- 4VivaTech 2026 recap, “https://vivatech.com/news/viva-tech-2026-recap”
- 5Wall Street Journal, ‘There Is No Going Back’: The Inside Story of Europe’s Rupture With America,
“https://www.wsj.com/world/europe/european-rupture-with-america-e3a9bb3c” - 6 Wall Street Journal, The Canadian Who Steered Europe Away From the U.S.,
“https://www.wsj.com/world/europe/canadian-steered-europe-away-from-u-s-83898af4” - 7Europe 2031, Compute Forecast, “https://europe2031.ai/compute-forecast/”
- 8NRI作成
- 9VivaTechnology 2026 , セッション『Can Europe Stand on Its Own Two Feet in Tech?』
プロフィール
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中島 雄仁のポートレート 中島 雄仁
社会システムコンサルティング二部
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