&N 未来創発ラボ

野村総合研究所と
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はじめに

12月FOMCのMinutesは、税制改革の年内成立の見込みを背景に、景気に関する楽観論が強まるとともに、インフレのmysteryに関する議論のウエイトが後退したことを示唆している。一方、金融市場に関しては、イールドカーブのフラット化に焦点が当たったことが興味深い。いつものように内容を検討しよう。

実体経済の評価

税制改革の影響を除けば、FOMCメンバーによる実体経済の評価に大きな変化は見られない。設備投資については、エネルギー関連も含む拡大を確認しているほか、指標がmixedとなる局面もあった個人消費についても、自動車販売の堅調さやクリスマス商戦の持ち直しが指摘されている。

その上で、税制改革の効果のうち(6ページ左段第2パラグラフ以降)、設備投資に関しては、具体的なインパクトに不確実な面が残るものの、経済成長率を押し上げるとのコンセンサスが示されている。12月FOMCの時点で税制改革の最終内容が明らかでなかった以上、これはフェアな評価である。個人消費に関する評価も同様であり、具体的なインパクトに不確実性が残るが、経済成長に寄与するとのコンセンサスが示されている。FOMCメンバーは、これらの評価を各々数値化することで、2018年の実質GDP成長率見通しを若干引き上げたということであろう。

ただ、今回のMinutesには、ヒアリング先企業の反応として、税負担が減免されても、その分はM&Aや自社株買いに回る可能性が高いとの見方が示された点も付記されている。また、筆者が面談した米国の市場関係者からは、設備投資の刺激効果を期待する見方が示された一方、個人消費については、税負担減免の効果が消費性向の低い高所得層に集中するとの理解に基づき、効果は少ないとの慎重な見方も散見された。

いずれにせよ、税制改革の内容も極めて複雑であるだけに、企業経営者や家計だけでなく、エコノミストにとってもその分析に時間を要することに加え、企業の各セグメントや家計の所得階層といったミクロの視点まで下りた分析が当然に必要であるようだ。

物価の評価

物価の重要な要素となる賃金動向については(6ページ右段第2パラグラフ以降)、FOMCメンバーも、雇用が一段とタイト化していることを確認しつつも、それが賃金に波及するメカニズムに関しては依然として意見の相違が残るようだ。つまり、今回のMinutesには、企業の対応として、実際に賃金を引き上げる動きがみられるとの指摘と、省力化投資に繋がっているとの指摘が並存している。その意味では、この問題に関しても、熟練労働力と非熟練労働力に分けて議論するといったミクロレベルのアプローチが必要になっているようだ。

その上で、物価自体に関しても(7ページ左段)、FOMC内では、緩やかに加速するとの見方が引続き多数であり、2017年中の停滞も一時的要因による面が大きかったとの理解が引続き示されている。これに対し、数名(some)のメンバーはコアインフレ率の停滞が継続するとの見方を示し、結果としてインフレ期待の低下に繋がることへの警戒感を示している。つまり、インフレの先行きに 関しても、FOMC内には依然として意見の対立が残っている。

ただ、冒頭に触れたように、今回のMinutesではインフレを巡る議論のウエイトがやや低下した印象を受ける。それがどのような理由によるのかはMinutesだけからは判然としないが、新たな論点やエビデンスが示されず、議論が行き詰まった印象を受けることは事実である。また、技術的には、FOMCのMinutes作成を担当するSecretaryが、マディガン氏からクローズ氏に変わったことが関係しているのかもしれない。いずれにせよ、イエレン議長が述べたmysteryが解消したわけではないが、税制改革の効果によって当面の経済成長率が幾分でも高まるのであれば、潜在成長率とのプラスのギャップはその分拡大すると考えれば、FOMC内における景気の楽観論が影響したと推察することも可能であろう。

金融市場の評価

このテーマに関して筆者が今回のMinuteで注目していたのは、クレジット市場などを中心としたfinancial conditionに対する評価であった。実際、執行部説明の中では(4ページ右段第2パラグラフ以降)、社債やレバレッジローンの新規発行が旺盛である点や、商業不動産ローンの貸し手が大銀行から中小銀行にシフトしている点、証券化商品による消費者ローンのバックファイナンスが活発である点など、興味深い指摘がみられる。

もっとも、金融市場に関するFOMCメンバーの議論は、むしろイールドカーブのフラット化が焦点であったようだ(7ページ左段第3パラグラフ以降)。メンバーからは、短期ゾーンにおける利上げ継続の影響と、長期ゾーンにおける長期自然利子率や長期インフレ期待の各々の低下による影響、さらにはFRBが国債を抱えていることによるタームプレミアム低下による影響といったオーソドックスな要因が指摘された。

もっとも、数名(some)のメンバーは、イールドカーブのフラット化が過去に景気後退の予兆であった事実や、金融機関の収益にネガティブな影響を及ぼす懸念などを指摘したようだ。ご覧のように、こうした懸念は予て市場の一部に見られた訳であり、それがFOMCに持ち込まれたこと自体は興味深い。ただし、FOMCの多数派の指摘が示唆するように、今回は景気が拡大してもインフレや自然利子率の期待が高まらないなど、過去の経験則を持ち込むには違いが多すぎる点に注意すべきであろう。

利上げの方針

12月FOMCでの利上げには、エバンス総裁とカシュカリ総裁が、ともにインフレ期待の低迷を理由に反対した。これに対して多数派は、緩やかな利上げを続けることが、景気や物価のリスクバランスを中立的に維持する上で適切との考えを示したが(8ページ左段第2パラグラフ)、数名(a few)のメンバーは、利上げによってもfinancial conditionがタイト化しない点を問題視し、利上げペースの加速が必要と指摘したようだ。つまり、FOMCの意見は三つに分かれていたとも言える。

反対票を投じた2名が今回で投票権を失う点では、FOMCのバランスはhawkish側にシフトするとも言えるが、彼らが指摘したインフレ期待の問題自体は依然として残る。その意味でFOMC内の意見の相違が簡単に解消するかどうか不透明であるし、パウエル新議長がどのようにコンセンサスを形成するかは当面の注目点となるのであろう。

プロフィール

  • 井上 哲也のポートレート

    井上 哲也

    金融デジタルビジネスリサーチ部

    シニアチーフリサーチャー

    

    内外金融市場の調査やこれに関わる政策の企画、邦銀国際部門のモニタリングなどを中心とする20年超に亘る中央銀行での執務経験と、国内外の当局や金融機関、研究機関、金融メディアに構築した人脈を活かして、中央銀行の政策対応(”central banking”)に関する議論に貢献。そのための場として「金融市場パネル」を運営し、議論の成果を内外の有識者と幅広く共有するほか、各種のメディアを通じた情報と意見の発信を行っている。2012年には、姉妹パネルとして「バンキングパネル」と「日中金融円卓会合」も立ち上げ、日本の経験を踏まえた商業銀行機能のあり方や中国への教訓といった領域へとカバレッジを広げている。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。