はじめに
ECBの前回(12月)の政策理事会は、その直後に行われたドラギ総裁の記者会見の印象に比べると、実際は今後の政策運営に関してやや踏み込んだ議論がなされたようだ。金融市場に関する興味深い議論も含めて、いつものようにAccount(議事要旨)の内容を検討しよう。
金融市場に関する議論
議事録の冒頭の金融市場に関する執行部説明では、まず、米国債のイールドカーブのフラット化が取り上げられている。
クーレ理事は、10年国債利回りの低下に関する計量分析の結果として、短期金利の将来予想よりもターム・プレミアムの低下による面が大きいとの推論を示した。また、後者の原因として、①海外投資家による需要の増大、②ESCBによる大量の国債保有によるduration riskの低下、③金融市場全般のボラティリティの低下、の3点を指摘した。12月FOMCの議事要旨とあわせてみると、この事象は米欧の中央銀行にとって共通の関心事だったようだ。
一方、ユーロ圏についてクーレ理事は、ドイツ国債とスペインやイタリアなどの国債利回りのスプレッドが、前々回(10月)の政策理事会以降に縮小したことを取り上げた。その背景としては、2018年初以降の国債買入れの減額を決定したことで、ドイツ国債の量的枯渇に対する懸念が後退した可能性を指摘した。
実体経済の評価
実体経済の評価に関しては執行部と政策理事会メンバーが楽観的な見方を共有しており、かつ政策理事会直後のドラギ総裁の記者会見の印象とも整合的である。
つまり、Praet理事は、雇用と所得、良好なセンチメントに支えられる個人消費に加え、海外経済の拡大や良好な金融環境に支えれて設備投資が立ち上がっている点を指摘したほか、(輸入も増加しているので純輸出は抑制的だが)輸出自体は力強く拡大している点を説明した。
政策理事会メンバーも総じてこうした評価を支持し、現在の景気拡大が力強く、より広範で、次第に自律的になっているとの理解を示したほか、新たなスタッフ見通しが示唆するように、その持続性に対しても自信を示した。また、海外経済との関係についても、地政学的リスクの若干の後退や、通商摩擦のリスクの低下、Brexit交渉の重要なハードルのクリア、ユーロ高による輸出への悪影響の抑制、といったポジティブな展開を指摘した。
物価の評価
実体経済に関する強気な見方に比べると、物価については執行部と政策理事会メンバーともに慎重な意見が目立つ。
プラート理事は、足許の総合インフレ率の加速はエネルギー価格の上昇によるものと整理した上で、コアインフレ率は一部のサービス価格の予想外の下落によって減速したと説明したが、このことが少なくとも短期的には基調的インフレを押し下げたと指摘した。もっとも、賃金上昇率は2016年第2四半期をボトムに加速しており、2017年の第2四半期と第3四半期はともに前年比+1.7%となったことも付言した。
政策理事会メンバーは、こうした説明を踏まえて、コアインフレ率の減速が短期的に止まる可能性を指摘する一方で、総合インフレ率とのギャップが当面は残存する可能性も同様に指摘した。
その上で、政策理事会メンバーは、先行きの物価に関して二つの点を議論したようだ。第一にインフレ期待が不安定化するリスクである。この点に関しては、足許の状況が安定しており、デフレリスクも後退しただけに可能性は低いとの指摘と、市場ベースのインフレ期待がなお低く、かつ低インフレの継続がadaptiveな期待形成を通じてインフレ期待を低下させるリスクがあるとの指摘の双方がみられた。
第二に、景気が拡大しても物価上昇が加速しない理由である。上記の景気判断から明らかなように、ユーロ圏ではこの事象が一段と鮮明になっている一方、日米にも共通する事象でもある。この点に関しては、ユーロ圏経済が見通しに沿った形で-潜在成長率を超えるペースで-拡大するとともにslackが縮小すれば、最終的には物価が上昇するとの意見が示されている。
一方で、潜在成長率やNAIRUの議論は経済活動の計測に関する深刻な不確実性に晒されているとし、現在の状況は実際のslackが計測されたものよりも大きいことを示唆しているとの反論も示されている。加えて、技術革新や経済のグローバル化による企業の価格決定力の低下や需給に関する価格の感応度への影響が、より持続的になっているとの見方も示された。
金融政策に関する議論
前回(12月)の政策理事会では金融政策の現状維持を決定したが、議論の焦点はコミュニケーションにあったようだ。この点に関しては、為替や長期金利が先に政策変更を織り込むことで、意図した金融緩和の効果が損なわれないよう注意するというのが、ECBのこれまでの基本方針である。
実際、議事要旨の執行部説明の部分でプラート理事は、①経済資源のslackが徐々に消化され、インフレは緩やかに加速する、②インフレ目標の達成に十分な金融緩和が行われている、③今後も再投資を含む資産買入れと政策金利のフォワードガイダンスによる下支えが行われる、との線を強調すべきとの方針を示した。政策理事会メンバーによる議論でも、コミュニケーションの変更はfinancial conditionの不要なタイト化を招くとして時期尚早との考えが総じて支持された。
しかし、その後では、今後のコミュニケーションは経済環境の好転に即して緩やかに変更すべきとの主張が提起され、これ以上に緩和的な金融環境は不要との指摘がなされた。そして、「金融政策スタンスの多様な側面やフォワードガイダンスに関わる表現は、来年(2018年)早々に見直しうる」という、市場関係者の注目を集めている一文が記されている。
このような議論自体は、前々回(10月)の政策理事会以降に、プラート理事やクーレ理事が、本年秋以降の資産買入れがopen endとは限らない趣旨のコメントを行ってきたことを考えれば、必ずしもサプライズではない。ただ、本年もイタリアの選挙のようなリスクイベントも残る中で、ECBが早々に秋以降の政策に関する織り込みを企図している事実は、若干の意外感をもって受け止められた面があろう。
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