はじめに
今回の金融政策決定会合(MPM)で決定された景気と物価の見通しは、後でみるように、前回(10月)からの改訂幅こそ限定的であったが、内容の面では十分にconstructiveであった。にも拘らず、黒田総裁による記者会見での説明は、むしろ抑制的な印象を与えるものであった。その理由を考えながら、いつものように記者会見の内容を検討したい。
景気見通し
基本的見解によれば、政策委員会のメンバーは、設備投資のモメンタムに対する評価を若干上方修正したほか、個人消費についても持続的な拡大をポジティブに評価した。その上で、財政支出の効果は徐々に減衰するが、内需全体は緩やかな拡大を維持するとの見方を示した。
実際、政策委員会メンバーによる2017年度から2019年度にかけての実質GDP成長率の見通しは、レンジの点で切り上げられた(今回の見通しによれば、各々+1.8~+2.0%、+1.3~1.5%、+0.7~+0.9%となった)。つまり、日本経済がこの見通しに沿って推移すれば、設備投資が自律的に減衰し、消費税率引上げの影響が顕在化する2019年度においても、なお、潜在成長率を上回るペースで成長することになる。 もっとも、基本的見解によれば、今回のこうした景気見通しも前回(10月)と概ね変わらないとされている。つまり、今回の見通しに織り込まれた景気の拡大も、既に前回(10月)時点で概ね予想されていた範囲ということになる。この点は後で改めて検討したい。
物価見通し
政策委員会メンバーは、物価見通しについても若干の上方修正を行った。実際、基本的見解では、中長期のインフレ期待が下げ止った可能性が示唆されているほか、マクロの需給ギャップについても一段と好転したことが強調されている。結果として、コアCPIインフレ率の見通しも、2018年度について+1.3~+1.6%とレンジの下限が切り上げられた(因みに中央値は+1.4%で変わらず)。
もっとも、基本的見解によれば、こうした物価見通しも前回(10月)と概ね不変とされており、かつ先行きのリスクバランスも依然として下方に傾いているとの評価が維持されている。加えて、本日の記者会見でも、黒田総裁は2%のインフレ目標の達成にはまだ距離が残っていることを再三強調した。
QQEの運営
今回の記者会見では、多くの記者がQQEの運営、特にイールドカーブコントロール(YCC)の目標金利の見直しの可能性やその条件を質した。昨年秋以降に市場やメディアにおいて、この問題が焦点であったことを考えると、予想通りの展開であった。
しかし、上に見たように景気や物価に関する基本的見解が慎重なトーンを示していたのと整合的な形で、黒田総裁は、インフレ目標の達成までQQEの枠組みを維持する考えを確認した。加えて、黒田総裁は、早い段階から金融政策の「正常化」を議論することは、インフレ目標の達成に対するコミットメントを弱め、結果としてQQEの政策効果を損なうことに繋がるとの考え方を確認した。
少なくとも国内の市場参加者の多くは、黒田総裁のこうした議論を率直に受け止めたことであろう。なぜなら、少なくとも前回のMPM(12月)前後からは、日銀によるこの点に関するコミュニケーションは既に修正されていたからである。
それでも、黒田総裁を含む日銀の執行部が、それ以前の段階ではYCCの副作用に拘る問題を提起したのはいったいどのような理由であったかは、依然として明確ではない。
この点に関して市場では、政策委員会内に追加緩和を求める意見が台頭したため、これを抑えることが副作用論の背景であったとの見方が存在する。また、QQEに関する長期的な視点からのコミュニケーション戦略の一環として、市場の反応をテストすることが趣旨であったとの見方もあるようだ。
さらに言えば、目標金利を微修正することで副作用を軽減した方が、YCCの持続可能性を強化しうる可能性もある。黒田総裁が強調したとおり、インフレ目標の達成にはなお相応の時間を要する一方、海外の分析が示すように、マイナス金利政策の金融仲介に対する負担は、時間の経過と共に蓄積する可能性があるからである。
前回(12月)のMPMの「主な意見」によれば、執行部以外の外部委員の一部も、YCCの目標金利が金融仲介に与える影響を少なくとも意識している可能性がある。その意味では、執行部のスタンス如何であるが、将来のどこかで政策対応に関するコンセンサスが形成される可能性も示唆される。
もちろん、YCCの目標金利に対してどのような意図で修正を加えるとしても、問題は市場の反応の抑制である。この点に関しては、FRBもECBも相当に苦労した訳であり、全てが成功であった訳でないことも明らかある。
あくまでも結果論ではあるが、市場との対話を行う上では、日銀がYCCの副作用論を持ち出した2017年の晩秋から冬は必ずしも好適な環境ではなかった。米欧で長期金利が反発し始め、米ドル相場も対ユーロを中心に下落していたからである。こうした環境の下では、グローバル投資家は日銀による金融政策の正常化という単純化したシナリオを描きやすかった訳である。
総括的検証
今回の記者会見では、数名の記者がQQEの枠組み自体の見直しを行う可能性を質した。こうした質問は、QQEの先駆けとなった日銀と政府との「共同声明」から5年を迎える中で、QQEの効果や副作用を整理すべきとの考えに基づくものであったようだ。
黒田総裁はこうした提案をもちろん拒否し、2016年の秋に実施した総括的検証の結果として現在のYCCが運営されている点を改めて強調した。おそらく、国内の市場関係者もこうした考えを概ね支持するであろう。
ただし、現在の枠組みの下でも、例えば政策金利と資金供給量の双方の政策変数が並存している事実は、買いオペ金額の微修正に対する反応が示すように、市場との円滑なコミュニケーションの妨げとなることも考えられる。総括的検証では積み残された点について政策委員会が今後も議論を深めることは、黒田総裁が留任されるか交代されるかに拘らず、依然として重要であるように思われる。
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