&N 未来創発ラボ

野村総合研究所と
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はじめに

声明文で既に明らかなように、1月のFOMCでは、前回(12月)よりも景気拡大のモメンタムや持続性に自信を深め、今年のインフレ率も従来の見通しよりもやや加速するとの見方に傾いたようだ。なお、今回は、インフレの予測と政策運営への意味合いについての興味深い議論も行われた。いつものように内容を検討したい。

金融経済と物価の評価

FOMCメンバーは景気の拡大に自信を強めている(14ページ左段~右段)。個人消費については、所得と雇用、純資産の増加という好条件の下で拡大の継続を予想し、貯蓄率の低下も、強気なセンチメントや純資産の増加期待によるとの理解を示した。設備投資についても、企業経営者は、減税の恩恵を設備投資だけでなく、労働者や株主への還元、M&Aなどにどう振り分けるか検討途上にあるとの指摘もみられるが、海外経済の拡大もあって一層の拡大を見込んでいる。

雇用についても、prime-age workerの労働参加率やマクロの労働力率が低位に止まるとの構造問題への指摘もみられるが、地域を問わず労働力不足が顕在化し、非自発的パート労働の減少を含めて、失業指標の広範な改善が進んだことを確認している(14ページ左段)。

賃金に関しては意見の相違も窺われる(15ページ左段)。数名(several)のメンバーは企業での賃金上昇圧力を指摘したが、データからは広範な賃金上昇の加速が確認できないとの意見が大勢であった。また、数名(a few)のメンバーは、税制改革によるキャッシュフローの増加も、賃金構造自体の変化ではなく、一回限りのボーナス増加に終わるとの見方を示した。さらに、生産性上昇が低位に止まる限り、賃金上昇ペースの顕著な改善は見込めないとの指摘もあった。

その上でも多く(a number of)のメンバーは、雇用のタイト化の継続が賃金上昇の加速に繋がるとの見方を維持した。この点は、緩やかなインフレ率の加速という評価と整合的である(15ページ左段)。企業の価格決定力については、投入コストの転嫁が可能になったとの指摘があった一方、税制改革の恩恵を競争力強化を狙った値下げに活用する可能性を指摘する向きもみられた。

金融システムに関しては、資産価格の過大評価と非金融法人における負債の拡大が不均衡に繋がりつつあるとの見方が示された(15ページ右段)。世界的な株価の調整は、1月FOMC後である点を考慮すれば、前者に関する懸念は後退した可能性もある。ただし後者は、FRBとしてタイムリーな把握が難しいノンバンクによるレバレッジ拡大と一体化している可能性もある。その意味でも、中期的な金融規制の変更も考慮しつつ、金融システムのリスクと実体経済への意味合いについて、FOMCが定期的に見方(FRB版のFSR?)を公表すべきとの意見は興味深く思われる。

政策金利の運営

これらの議論に基づき、FOMCメンバーは緩やかな景気拡大の加速というメインシナリオを維持しつつ、今年の成長率が潜在成長率を超え、労働市場も一層タイト化するとの見方を示した(15ページ右段)。また、多く(a number of)のメンバーは前回(12月)に比べて自らの経済見通しを上方修正したとし、理由として国内外の足許の景気指標の強さ、緩和的な金融環境の維持、財政政策の効果などを挙げた。さらに、数名(several)のメンバーは、景気の短期的な上方リスクが高まったとして、緩やかな利上げのさらなる継続の可能性を示唆した。

物価に関しても、中期的にインフレ目標へ向かうとの見方を維持しつつ、数名(several)のメンバーがその確信を強めたと説明したほか、2名(a couple of)のメンバーも雇用の予想以上のタイト化の可能性を指摘した(16ページ右段)。だとすれば、利上げのペースも変化することになる。一方で、数名(some)のメンバーは、賃金と物価の上昇率の加速を示すデータは十分確認できないとして、実際のインフレ率が目標を下回り続ける可能性を挙げ、FOMCとして利上げに慎重な姿勢で臨むべきとの意見を示した。

なお、政策金利に関しては、数名(some)のメンバーが自然利子率が改善した可能性を指摘した点も興味深い。もっとも、自然利子率は多くの要素に依存することもあって、その見通しは不透明であり、生産性や人口動態、安全資産への需要といった要素を考慮すると、依然として低位に止まっているとの見方も示された。

インフレに関する分析

今回(1月)のFOMCでは、スタッフが提示したインフレに関する分析をもとに議論が行われた(9ページ右段~10ページ右段)。スタッフはPhilips Curveとともに、インフレ率の長期トレンドや長期のインフレ期待にも基づく計量モデルを示し、最近のインフレ率はモデル外の要素(医療費や携帯通信料の改定)に左右されたと説明しつつ、企業の競争環境やマークアップの影響は十分な証拠が得られなかったとした。また、モデルによる予測誤差は金融危機前より大きいが、長期平均の範囲内にあると説明した。

その上でスタッフは、金融政策がインフレに与えるチャネル-経済資源の稼働率と価格設定におけるインフレ期待-を取り上げ、前者は、自然失業率や潜在成長率の推計を含めて、正確な捕捉が困難になったとの見方を示すとともに、インフレとの関係が非直線的になったとの議論にも言及した。後者は、長期のインフレ期待が2%弱で安定しているとの見方を示すとともに、計量モデルやサーベイベースの推計は有用としつつも、インフレ期待の推計モデルを構築するのは困難と説明した。

FOMCメンバーによる議論では、Philips Curveの枠組みがインフレの動きと金融政策への意味合いを考える上で引続き有用との意見でほぼ一致した。また、近年に経済資源の稼働率とインフレの関係が把握しにくくなった背景として、低インフレの継続や稼働率指標の問題、相対価格の不安定化、企業の価格設定の柔軟化などを挙げた。インフレ期待については、各種の指標が不十分なだけでなく、その形成のメカニズムも理解できていないとしつつ、インフレ予想の鍵を握り、その安定が重要であると確認した。また、FOMCがインフレ目標へのコミットメントを維持することの重要性も確認し、2名(a couple of)のメンバーがインフレ目標のレンジ化、他の数名(a few)は物価水準目標の採用を提示した。

こうした議論がイエレン前議長の総括だったかどうかは不明で、直ちに政策運営を変える位置づけでもなさそうだ。しかし、今年の政策課題が循環的なインフレ圧力と構造的なインフレ抑制圧力とのバランスである以上、新議長にとって少なくとも有用な置き土産になったはずである。

プロフィール

  • 井上 哲也のポートレート

    井上 哲也

    金融デジタルビジネスリサーチ部

    シニアチーフリサーチャー

    

    内外金融市場の調査やこれに関わる政策の企画、邦銀国際部門のモニタリングなどを中心とする20年超に亘る中央銀行での執務経験と、国内外の当局や金融機関、研究機関、金融メディアに構築した人脈を活かして、中央銀行の政策対応(”central banking”)に関する議論に貢献。そのための場として「金融市場パネル」を運営し、議論の成果を内外の有識者と幅広く共有するほか、各種のメディアを通じた情報と意見の発信を行っている。2012年には、姉妹パネルとして「バンキングパネル」と「日中金融円卓会合」も立ち上げ、日本の経験を踏まえた商業銀行機能のあり方や中国への教訓といった領域へとカバレッジを広げている。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。