&N 未来創発ラボ

野村総合研究所と
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はじめに

6月FOMCの議事要旨に関する欧米のメディアの報道は、貿易摩擦に関する懸念の高まりによって、企業が設備投資を控える動きがみられるとの指摘に焦点を当てている。しかし、議事要旨を全体としてみれば、むしろ、米国経済が第1四半期の弱さから顕著に回復し、さらに景気拡大が加速する可能性に関する議論が大半を占めている。

景気と物価の判断

景気判断(6ページ左段~右段)のうち、消費については、第2四半期入り後のデータが総じてモメンタムを取り戻し、良好な雇用やコンフィデンス、減税や緩和的な金融環境といった要因が維持されていることから、拡大の加速を期待する見方が示された。

設備投資についても、原油価格の上昇による恩恵を受けているエネルギー部門だけでなく、製造業やサービス業を含む幅広い産業でモメンタムが高まっていることが指摘された。さらに、エネルギーと建設の領域では労働を中心とする供給制約が顕現化しているとの興味深い指摘もみられる。

その上で、多くの地区連銀総裁からは、米国内外での貿易摩擦に関する不透明性の高まりが今後の設備投資に与える影響に対する懸念が示されたほか、一部の地区で実際に設備投資が縮小されたり延期されたりしたとの指摘がなされた。

ただ、スタッフによる景気判断では、対外的なリスクとしては欧州や新興国の一部での政治的な不安定性の高まりにむしろ焦点が当てられている。要するに景気に対するリスク評価(7ページ右段)に纏められているように、FOMCとしては、貿易摩擦に関する不透明性の上昇を認識しつつ、今後に企業のセンチメントや設備投資を下押しする可能性を警戒するスタンスにあるようだ。

労働市場(6ページ右段~7ページ左段)についても強気な評価が示された。雇用については、未充足求人と自発的離職の双方の増加が強さの象徴として挙げられているほか、数名(several)の地区連銀総裁から、労働力不足が賃金や待遇の改善に繋がっている点が指摘された。賃金についても、FOMCメンバーの多く(a number of)から、実際の失業率が長期失業率を下回る状況が続き、賃金上昇が加速するとの見方が示されている。

そして、物価(7ページ左段~右段)についても、良好な景気の下でPCEの総合とコアの双方が2%目標に接近していることを踏まえ、インフレ目標の達成に向けたパスにあるとの見方が示された。また、メンバーの多く(many)からは、経済資源の稼働率の高さやインフレ期待の安定を理由に、今後のインフレ率は中期的にも2%近傍で推移するとの見方が示された。

もっとも、景気に比べると物価に関する見方には相応のばらつきも窺われる。例えば、数名(a few)のメンバーからは、市場ベースのインフレ期待が2%を下回る状態が続いている点が指摘された一方、数名(some)のメンバーからは、経済が潜在成長率以上のペースで拡大し続けた場合のインフレ加速のリスクも示された。要するに、多く(a number of)のメンバーが認めたように、物価目標の達成を終えたというのは時期尚早ということであろう。

金融市場に関する議論

今回の議事要旨における金融市場に関する議論のウエイトは小さいが、興味深い論点としてイールドカーブの形状が取り挙げられている(7ページ右段~8ページ左段)。ポイントは、言うまでもなくフラットな形状が景気後退を示唆するかどうかである。

メンバーからは、イールドカーブがフラット化している背景として、利上げペースが緩やかであること以外に、市場における自然利子率に対する見方や長期インフレ期待の低下、FRBによる資産買入れの効果も含むタームプレミアムの長期的な低下、といった要因が挙げられた。その上で、数名(some)のメンバーは、将来の経済活動を予測する指標としてのイールドカーブの形状の信頼性が低下したとの見方を示したが、他の数名(several)のメンバーはそうした見方に対して疑問を示した。

この問題に関しては、さらに、現在の政策金利と市場が予測する数四半期先までの政策金利との差をもとに、景気後退の可能性を予測する分析をスタッフが示したとみられるが、数名(several)のメンバーからはイールドカーブの形状はより広範な指標から解釈されるべきとの意見が示されるなど、結論は得られなかった。

なお、米国の金融市場に関しては、最近のドル高の背景や影響も論点となりうるはずである。実際、スタッフによる景気判断では、欧州や新興国の問題がドル高を招いたとの理解が示されているほか、ドル高が継続した場合には外需や物価に相応の影響を与える可能性も指摘されている。しかし、FOMCメンバーによる議論では、上記のような景気に対する強気な見方の下で、相対的な注目度は低かったようだ。

政策判断

6月FOMCでは全会一致で利上げが決定された訳であるが、政策判断(8ページ左段~右段)に関する議論の中では、緩やかな利上げを継続することに関するコンセンサスも示されている。

景気拡大の継続に自信を深める中で緩やかな利上げを指向する理由としては、自然利子率の水準に不確実性が残ること、利上げによる経済への影響に時間的ラグがあること、金利水準が低い下ではネガティブなショックに対する政策対応の余地が乏しいことが挙げられた。加えて、先に見たように、数名(a few)のメンバーからは市場ベースのインフレ期待が2%を下回っている点が指摘されたほか、インフレ期待のアンカーのためにはオーバーシュートが必要との考えが示された。

また、6月FOMCでは、「金融政策スタンスは緩和的であり続ける」とのフォワード・ガイダンスを声明文から削除したが、この点に関しては、多く(many)のメンバーが実際の政策金利が来年のどこかで中立水準を上回ると認識する下で、今後のコミュニケーションのあり方を議論する中での結論であったことが示唆された。

中でも、フォワードガイダンスの削除がコミュニケーションを簡素化し容易にする(streamline and facilitate)との議論がみられた点は注目される。利上げが正常化から引締めに転じることで、金融経済への影響も徐々に大きくなるだけに、コミュニケーション の重要性も一層高まる。この点についてはパウエル議長が来年からすべてのFOMC後に記者会見を開く意向を示したことが注目されるが、単純に情報量を増やすという方向性だけを指向しているという訳ではなさそうだ。

プロフィール

  • 井上 哲也のポートレート

    井上 哲也

    金融デジタルビジネスリサーチ部

    シニアチーフリサーチャー

    

    内外金融市場の調査やこれに関わる政策の企画、邦銀国際部門のモニタリングなどを中心とする20年超に亘る中央銀行での執務経験と、国内外の当局や金融機関、研究機関、金融メディアに構築した人脈を活かして、中央銀行の政策対応(”central banking”)に関する議論に貢献。そのための場として「金融市場パネル」を運営し、議論の成果を内外の有識者と幅広く共有するほか、各種のメディアを通じた情報と意見の発信を行っている。2012年には、姉妹パネルとして「バンキングパネル」と「日中金融円卓会合」も立ち上げ、日本の経験を踏まえた商業銀行機能のあり方や中国への教訓といった領域へとカバレッジを広げている。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。