はじめに
今回の政策理事会は、量的緩和を本年末で終了することを予定通りに決定した。金融政策の「正常化」に踏み出すところまで到達しただけに、ECBとしても本来は景気や物価の好転を力強く宣言したいところだが、それを許す環境ではないようだ。
経済見通し
今回の会見では、こうした状況を反映して、多くの記者が景気判断についての詳細な説明を求めた。
ドラギ総裁は、冒頭説明も含めて、経済活動を支えるファンダメンタルズ-家計の雇用や所得、純資産、企業の収益や設備稼働率など-は堅調に維持されているとの理解を示すとともに、そうした見方が政策理事会のコンセンサスであると説明した。
一方、足許で成長率が鈍化している背景は、一部の国や産業に関わる一時的要因だけではない点も認めた。また、具体的な中身については、地政学リスクの高まり、保護主義の台頭、新興国経済の不安定化、金融市場のボラティリティなどがあるとし、いずれか一つに帰することは難しいとした。
また、これらの中には、保護主義のように足許で改善の兆しが生じたものも含まれるが、いずれにしても短期間のうちに状況が大きく変化しやすいので、そのことが企業経営者の行動を慎重化させているとの理解を示した。これらの議論を踏まえ、ドラギ総裁は政策理事会の現在の見方が"continuing confidence with increasing caution"と表現できると総括した。
つまり、執行部による実質GDP成長率の見通しが2018~21年にかけて+1.9%→+1.7%→+1.7%→+1.5%となり、前回(9月)時点に比べて、2018~19年が各々わずかに(0.1%ポイントづつ)下方修正されただけに止まったほか、政策理事会としてのリスクバランスも中立に維持した一方で、ドラギ総裁は下方リスクが増えていることも認めた。
しかし、少なくとも今回の会見に出席した記者は、ECBのこうした判断に必ずしも納得せず、景気の先行きについてより慎重な見方を有している印象を受けた。
その一方で、記者からはECBの物価判断に対する疑念は殆ど示されなかった。理由は定かではないが、既に総合インフレ率が2%を明確に上回っているだけでなく、賃金上昇圧力の高まりによって、コアインフレ率も2%に収斂していくという政策理事会の見方が相応の説得力を有したのであろう。
ドラギ総裁が説明したように、賃金上昇はユーロ圏の国や産業を問わず多くの領域で明確になり、タイトな労働市場を考えると、そうした動きが短期間で反転するとは考えにくい。執行部によるHICP総合インフレ率の見通しも2018~21年にかけて+1.8%→+1.6%→+1.7%→+1.8%とされ、前回(9月)時点に比べて、2018~19年が各々わずかに(0.1%ポイントづつ)上下に修正されただけに止まった。
政策判断
上記のように、記者の多くは景気に対して慎重な見方にあったが、だからといって量的緩和の終了を踏みとどまるべきとの指摘はみられなかった。その理由については、インフレ率が明確に上昇していることに加えて、記者の懸念が足許の景気ではなく、主として先行きのリスクを問題にしていることが考えられる。
実際、記者の多くは、景気後退の際の政策対応や金融システムに対する資金供給の確保のあり方などを取り上げた。
これに対してドラギ総裁は、量的緩和の終了に際して、保有資産の再投資の継続に関するフォワードガイダンスを強化した点を説明した。つまり、政策理事会は再投資を利上げ開始のかなり後("for an extended period of time")まで続けることを声明文で明記した。なお、この点に関しては、一部の記者から市場は半年から1年と受け止めるとの指摘があったが、ドラギ総裁は別な質問に対し再投資が少なくとも2~3年は継続するとの見方を示唆した。
加えてドラギ総裁は、最初の利上げのタイミングに関する記者の質問に対し、金融政策の「正常化」は柔軟性を持って進めるとの考えを確認したほか、FRBに比べて緩和余地が乏しいとの指摘に反論しつつ、必要な場合には様々な政策手段を動員する用意があるとの考えを確認した。
その場合の具体的な政策手段に関しては、TLTROの後継となる中長期オペに関して、ドラギ総裁は、政策理事会メンバーの一部が今回も言及したが本格的な議論にはならなかったと説明した。また、マイナス金利政策については、現時点で大きな問題にはなっていないが、金融機関の収益に対する副作用に十分注意すると説明し、慎重なスタンスを示唆した。
これらと対照的に量的緩和については、ドラギ総裁はECBの政策手段としてtool boxに入っているとの考えを確認し、既に法的にも問題がクリアされたことや、当初懸念された独立性への影響もみられなかったとして、政策金利が低位な環境では活用の余地が大きいとのポジティブな見方を示した。
再投資の運営
量的緩和の終了から保有資産の削減までの間に必要となる再投資の運営方針については、ドラギ総裁は会見では殆ど説明せず、会見終了後に簡単な書面で公表された。
主な内容は、①公共債、社債、カバードボンド、証券化商品の各カテゴリー別に本年末時点の残高を維持する、②公共債の残高については、各国の出資比率に沿ったものとする(国債の償還は原則として同じ国債の買い入れで対応するが、徐々に円滑に出資比率に近づける)、③市場中立性やプレゼンスの安定化といった原則も維持する、④公共債以外の場合は市場規模を再投資の目安とする、といった点である。
このように、予想された通りではあったが、公表された方針はECBに対してかなりの裁量を残すものとなっている。この点を十分に推測したためか、会見では質問する記者も少なかった。
ECBによる再投資で最も厄介な点は、域内で財政ないし金融面で問題を抱える国が出現した場合の国債買入れの運営にある。ECBからすれば、この問題はESMの機能強化を含む「銀行同盟」の進展によって対応して欲しいところであり、ドラギ総裁もそうした考えを確認したが、政治的には主要国も欧州議会も厳しい状況にあることに変わりはない。
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