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はじめに

今回(8月)のFOMCは金融政策の現状維持を決定した。公表された声明文は、前回(6月)に比べて、景気や物価の現状評価を一段と前進させた以外は変わっていない。そこで、本コラムは秋以降の政策運営を展望する上で注目すべき点を整理したい。

景気と物価の情勢判断

その意味では、パウエル議長もバーナンキ氏やイエレン氏に比べて政策運営におけるストレスは相対的に低いとも言えるが、それでも新たな局面に即した新たな課題は存在する。

外部環境に関しては、景気と物価の順調な拡大の全てが金融政策の効果ではないことを確認する必要がある。第1四半期の実質GDP成長率が示唆するように、財政政策(税制改革)も個人消費と設備投資の双方に貢献している。本年初の現地での評価に比べると、こうした効果の持続力についてよりポジティブな見方が増えている面もあるが、(追加的な措置がない限りは)数年に亘って維持されるという性質のものではない。

その意味で当然ではあるが、米国経済の成長も財政政策の効果の減衰に伴って、中期的には少なくとも潜在成長率に向けて減速することが予想される。もちろんトランプ政権は、税制改革を含む様々な政策対応によって潜在成長率自体が上昇すると主張するであろうが、少なくとも現時点では現地のエコノミストや市場関係者からはそうした主張への同意はあまり聞かれない。

FRBにとっての問題は、こうした自然な景気の減速が利上げの継続の後に顕在化する結果、金融政策が景気減速の理由にされるリスクがある点であろう。

FRBによる金融政策の独立性に関しては、先にトランプ大統領がFRBによる利上げを「好ましく思わない」と指摘したことで注目が集まった。しかし、エコノミストと市場関係者の双方が懸念を示したことで、結局は政権サイドからも火消しが行われた訳であり、景気が力強く拡大する現時点では大きな問題とはならない。しかし、景気が減速すれば話は別であり、足許の景気拡大によって政権側の「期待値」が上昇してしまうと、より厄介なことになる。

FRBとトランプ政権との関係については、米国内では貿易摩擦に着目した議論もみられる。つまり、米国経済が「力強く」拡大する結果として貿易赤字がむしろ拡大し、それを不満に思うトランプ政権がドル高に責任を転嫁し、最終的にFRBの利上げを批判するリスクへの懸念である。景気拡大が拡張的な財政政策の結果でもある以上、FRBにとって上記のような批判はとんでもない議論ではあるが、相応の可能性のあるシナリオではある。

もちろん、貿易摩擦に関しては、より悪いシナリオとして、報復合戦の結果として米国内の生産活動がマクロ的にも影響を受け、結果としてFRBの金融政策に圧力がかかることもリスクとしては想定しうる。しかし、貿易摩擦がそこまで深刻化するとは考えにくいし、米国の景気がこうしてファンダメンタルに減速するのであれば、FRBにとっては政治的圧力の有無に拘らず、利上げ戦略を見直すことは合理的となる。

政策運営のポイント

これらの要素による金融政策への影響をFRBの視点から捉えなおすと、中立的な政策金利の水準、および今回の利上げの最高到達点をどう判断するかという問題に帰着する。

つまり、FRBが目指す新たな均衡は、政策金利が中立的である下で、米国経済が潜在成長率で推移する状況である。この点に照らすと、足許の米国経済の拡大は、今回の声明文が明記するように依然として緩和的な金融政策にも支えられている訳であるが、問題は中立金利がどの程度なのかである。

金融危機を経て経済構造が変化し、しかもITの利用やサプライチェーンの変化が続く中で、その推計は従来以上に困難になっているが、現時点で米国の専門家は2%後半から3%前半といった水準を意識しているようだ(もちろん、これはトランプ政権が期待する潜在成長率の上昇とは整合的でない)。FRB自身も、6月FOMC時点で公表した見通しによれば、「長期」の政策金利のmedianは2.9%である。従って、FRBが現在の利上げペースを維持した場合、来年前半には政策金利が中立的なゾーンに入る。

一方で、同じ見通し(median)によればFRBは2020年末の政策金利を3.4%と予想しており、FRBは、若干ではあるが「引き締め」の領域まで利上げを続けることを想定している。

景気拡大局面の末期に景気や物価が過熱するリスクがあれば金融引き締めへ進むことに合理性はあるし、かつての「平時」には一般的であった。今回の米国に関しても、労働市場では失業率が「長期」水準を下回る状況が続くとみられるだけに、金融引き締めに合理性がある。しかし、上記の外部環境を踏まえると、マクロ経済全体にとって合理性を有するかどうか不透明である。

次回(9月)のFOMCについては、景気や物価の状況を見る限り、利上げは確実であろう。むしろ重要なことは、政策金利の中立水準とそれに照らした今後の政策運営をどう考えるかであり、またそれらを金融市場やトランプ政権に対して、どのようにコミュニケートするかという点である。

プロフィール

  • 井上 哲也のポートレート

    井上 哲也

    金融デジタルビジネスリサーチ部

    シニアチーフリサーチャー

    

    内外金融市場の調査やこれに関わる政策の企画、邦銀国際部門のモニタリングなどを中心とする20年超に亘る中央銀行での執務経験と、国内外の当局や金融機関、研究機関、金融メディアに構築した人脈を活かして、中央銀行の政策対応(”central banking”)に関する議論に貢献。そのための場として「金融市場パネル」を運営し、議論の成果を内外の有識者と幅広く共有するほか、各種のメディアを通じた情報と意見の発信を行っている。2012年には、姉妹パネルとして「バンキングパネル」と「日中金融円卓会合」も立ち上げ、日本の経験を踏まえた商業銀行機能のあり方や中国への教訓といった領域へとカバレッジを広げている。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。