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はじめに

ECBの1月政策理事会のAccountsによれば、景気や物価に対する見方の慎重化がメンバーの間で広く共有されていた一方、その意味合いについては、次回(3月)の政策理事会で新たな経済見通しを踏まえて再検討する方針であったことがわかる。

金融環境の判断

前回(12月)から今回(1月)の政策理事会の間には、金融市場のvolatilityが顕著に上昇しただけに、Coeure理事による執行部説明は通常よりやや詳しい内容をカバーした。

例えば、株価の不安定化は欧州に限った話ではないが、米国では株価自体のリスクプレミアムの上昇が主因であるのに対し、欧州の場合は企業収益の先行き期待の低下による面も大きいとの興味深い分析結果を提示した。

また、為替に関しては、重要なパートナーである英国の政治状況がポンド相場を通じて無視し得ないインパクトを与えるという、ユーロ圏固有の事情を示唆した。一方で、域内諸国間の国債利回りのスプレッドは比較的安定していた点も確認した。

また、米国と欧州の国債利回りの変動を要因分解した結果として、(1)実質金利や実質のリスクプレミアムは、昨年秋から現在に至るまで上昇を続けている、(2)しかし、インフレ期待がそれ以上に低下したことで、結果としては長期金利が抑制され、かつイールドカーブのフラット化も継続した、との推論を提示した。

そして、短期金融市場でのフォワードカーブは昨年秋以降に顕著にフラット化したほか、初回の利上げに対する予想も2019年秋から2020年春へ先送りされたことを説明した。

これらも踏まえPraet理事は、ユーロ圏の金融環境が足元で幾分か(somewhat)タイト化したとの認識を示した。もっとも、ECBによる政策運営は緩和的な金融環境を支えていると主張したほか、家計や企業の資金調達環境はなお緩和的であるとも指摘した。

なお、Praet理事は銀行の貸出姿勢も僅かにタイト化したとの見方を示した一方、金融市場の不安定化に見舞われてきた「域内のある大国」の動きによってその殆どが説明可能として、一部国に限定された事象との理解を示した。

経済活動の評価

Praet理事は、この間のユーロ圏の経済指標は予想よりも総じて弱く、それが予想より継続する可能性を示唆した。需要項目別では輸出の減速に懸念を示し、自動車を含む資本財の需要減が顕著であると説明した。

家計のファンダメンタルズに関しても、雇用や賃金が堅調に拡大しているとの評価を維持しつつ、足元で雇用拡大ペースが鈍化した可能性も指摘した。企業に関しては、収益や設備稼働率は引続き高水準であることを確認した。しかし、家計と企業ともセンチメントの悪化が続いたことも確認し、貿易摩擦やBrexitの不透明化と域内特定国の問題がともに作用しているとの理解を示した。

政策理事会メンバーも、こうした見方を幅広く(broadly)支持し、リスクバランスが下方にシフトしたとの見方で一致した。ただ、短期の経済成長見通しがこのように下方修正されたとしても、中期的にどのような意味合いを持つか明確に結論付けられないとして、次回(3月)の政策理事会において、新たな執行部見通しとともに再評価を行うべきであるとした。

この間、Praet理事は、総合インフレ率が原油価格やサービス価格の軟化を背景に頭打ちになったことを確認するとともに、コアインフレ率には明確な動意が見られないことを説明した。

政策理事会メンバーはこのような見方にも幅広く(broad)合意し、基調的インフレの指標も上方へのモメンタムが見られない点を確認した。また、後者に関しては、雇用がタイトになり賃金も明確に上昇しているのに、インフレ率になかなか波及しない点が再度取り上げられ、企業におけるマージンやマークアップの縮小は無限に続くわけではなく、タイムラグを伴いつつも最終的にはインフレを押し上げるとの見方を維持した。

政策運営の判断

今回(1月)の政策理事会では、ECBは金融政策の現状維持を決めただけでなく、フォワードガイダンスも不変に維持した。また、Praet理事は、足許の金融環境が金融市場の不安定化に関わらず、依然として緩和的に維持されているとの見方を確認した。

これについても、政策理事会メンバーは幅広く(widely)支持した。加えて、利上げや保有資産の再投資について、重層的で状態依存的なフォワードガイダンスが採用されている点を前向きに評価した。つまり、景気や物価の見通しが慎重化すると、初回の利上げ時期に関する見方も自然に後退することで、短期金利全体を押し下げる効果が出現する訳である。

その上でPraet理事は、金融政策に関するコミュニケーションを行う上で強調すべき点を列挙した。つまり、(1)経済指標は予想対比で弱く、短期的に成長モメンタムの低下が示唆される、(2)地政学的要因や保護主義のリスク、新興国や金融市場の不安定性に伴い、経済の先行きリスクは下方に移動した、(3)経済活動の拡大や緩やかなインフレの加速は、インフレ目標達成への自信を支えている、(4)インフレ率を高めるにはECBの金融緩和の継続が不可欠である、(5)インフレ率の目標への収斂を支持するためには、全ての政策手段を活用する用意がある。

政策理事会メンバーはこの点にも幅広く(widely)合意するとともに、様々な不確実性が存在する下で、経済指標が予想外に弱いことを認め、しかしインフレ目標の達成に向けた自信を維持するには、コミュニケーションを一層慎重に行うべきとの指摘も行った。

なお、(5)については今回(1月)の政策理事会でも政策手段に関して多くの(a number of)コメントが示された。特にPraet理事が、既存のTLTROの償還開始に伴って、金融機関の流動性に"cliff-effect"が生ずる懸念を示しただけに、TLTROの再開に関する議論が含まれていたことは想像できる。

もちろん、筆者も金融システムに課題を残す国が域内に残存する以上、セーフティネットの必要性には同意する。ただし、その国はマクロ的な負債の水準も相応に高く、銀行のリスクテイク能力にも支障があるとすれば、TLTROのような貸出促進策が所期の政策効果を発揮しうるかどうかは、まさに、慎重に検討する必要があるように思われる。

プロフィール

  • 井上 哲也のポートレート

    井上 哲也

    金融デジタルビジネスリサーチ部

    シニアチーフリサーチャー

    

    内外金融市場の調査やこれに関わる政策の企画、邦銀国際部門のモニタリングなどを中心とする20年超に亘る中央銀行での執務経験と、国内外の当局や金融機関、研究機関、金融メディアに構築した人脈を活かして、中央銀行の政策対応(”central banking”)に関する議論に貢献。そのための場として「金融市場パネル」を運営し、議論の成果を内外の有識者と幅広く共有するほか、各種のメディアを通じた情報と意見の発信を行っている。2012年には、姉妹パネルとして「バンキングパネル」と「日中金融円卓会合」も立ち上げ、日本の経験を踏まえた商業銀行機能のあり方や中国への教訓といった領域へとカバレッジを広げている。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。