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はじめに

FRBは今回(9月)のFOMCで25bpの利下げを決定した。パウエル議長は、前回(7月)と同じく「保険」としての意味合いを説明するとともに、経済のファンダメンタルズは堅調であるとし、連続的な利下げが必要な局面ではないとの見方を示した。

景気と物価の見通し

まずは景気と物価の見通し(SEP)を確認しておきたい。

2019~21年にかけての実質GDP成長率の見通し(median)は、+2.2%→+2.0%→+1.9%と、前回(6月)に比べて2019年と21年がともに0.1%ppとわずかながら上方修正された。また、今回新たに示された2022年の見通しは+1.8%とされた。

「長期」の成長率見通しは+1.9%に据え置かれたので、メインシナリオとしては今後数年にわたって潜在成長率付近で推移すると予想していることを意味する。

2019~21年にかけてのコアPCEインフレ率の見通し(median)は、+1.8%→+1.9%→+2.0%と前回(6月)と不変であった。2022年の見通しも+2.0%とされたので、メインシナリオとしては今後数年にわたって目標近傍で推移すると予想していることになる。

パウエル議長も質疑応答の中で、米国経済が前回(6月)の見通しに概ね沿った線で推移していると説明したほか、今回(9月)の声明文における景気や物価の評価も、設備投資と輸出について「軟調」っから「弱まった」へと評価を変えた以外は、前回(7月)と同じ表現が用いられている。

政策決定

今回(9月)のFOMCは利下げを決定したが、焦点となっていたF政策金利の見通し(median)は、2019~22年の各年末について1.9%→1.9%→+2.1%→2.4%とされた。

新たな政策金利(レンジの中央値)は1.875%であることや、「長期」の政策金利が2.5%で不変であったことを考えると、利下げは今回で一段落し、2021年以降に緩やかな利上げを通じて中立金利に近づくのがメインシナリオとなっていることを意味する。

ただし、FOMCメンバーの間での見方の相違は相応に大きい。今回(9月)のdot chartをみると、2019年末の政策金利についても、 1.625%(25bpの利下げ)を予想する向きが7名、1.875%(現状維持)が5名、2.125%(25bpの利上げ)が5名と3つのグループに分かれている。

なお、2020年末の政策金利は、1.625%が8名と増える一方で、 1.875%が2名、2.125%が6名、2.375%が1名となり、連続利下げを予想する向きは皆無である一方、1回程度の利上げは可能と考える向きが相応に存在することを意味する。

ちなみに、「長期」の分布については、前回(6月)と概ね同様で2.5%に見方が集中しているが、それより下方と考える向きが1名から3名へ増加しており、引続き下方修正の可能性が示唆される。

政策決定を巡る議論

質疑応答では、まず、今回の利下げの趣旨に関する質問が目立った。パウエル議長は、米国経済は堅調に推移しているが、貿易摩擦や海外経済の減速などによる下方リスクは引続き大きいため、そうしたリスクが顕現化した場合の影響を軽減するための「保険」としての意味合いを込めたものであると説明した。

記者からは、貿易摩擦の米国経済に対するインパクトに関するFRBスタッフの分析や、市場の不安定性によって Financial Conditionがタイト化している可能性などが指摘され、経済の先行きに関するリスクマネジメントの重要性や緩和バイアスの可能性などの観点から、今回(9月)のFOMCが示した「現状維持」の方針に対する疑問が目立った。

パウエル議長は、今回の利下げの「保険」としての意味を確認するとともに、今後も金融市場を含む様々な動きが米国経済に与える影響を注視するとともに、下方リスクが明確になれば連続利下げのような対応も必要になるとの理解を示した。同時に、今後の政策はdata dependentであり、予め決められたパスを辿るわけではない(no preset course)点を確認した。

さらに記者からは、海外経済の状況は前回(7月)に比べて悪化しているとの懸念や、パウエル議長がジャクソン・ホールなどで貿易摩擦への対応はFRBとして未経験な課題と述べたことが取り上げられ、より踏み込んだ政策対応の必要性が示唆された。

これに対しパウエル議長は、欧州や中国の経済が軟調であり、そうした影響が米国の貿易や生産に波及していることを認めつつも、家計の活動を中心に米国全体としてみれば経済が堅調に推移しているとの見方を確認した。

貿易摩擦に関しては、政策対応が難しい時期にさしかかっている(challenging time)とした上で、貿易摩擦自体はFRBの職務ではなく、金融政策は米国経済への影響に対応すべきであって、金融緩和は金利感応度の高いセクターの活動を刺激するとともに、経済主体のマインドを下支えする点で効果をもつと説明した。

一方で、一部の記者からは、利下げに伴うバブルのリスクや将来の緩和余地の喪失といった懸念も示された。前者に関してパウエル議長は、家計と企業のバランスシートは健全であるが、一部の企業でレバレッジが上昇している点を認めた一方、そうした問題はストレスの原因というより、他の原因に伴うストレスを増幅するリスクが大きいという意味で、状況を注視すると応じた。

後者に関しては、緩和余地を確保するために政策対応を先送りすることは望ましくないとの理解を確認するとともに、仮に政策金利が下限(ELB)に達した場合も、フォワードガイダンスや資産買入れといった既に効果が実証されている手段を活用しうると説明し、マイナス金利の活用には否定的な姿勢を維持した。

金融調節のありかた

今回の記者会見では意外に多くの記者がレポ金利の高騰を取り上げ、FRBの対応を質した。

FOMCはFFレートのレンジ内への誘導に予てから苦労しており、今回もIOERやレポオペの金利を30bp下げるといった微調整を講じている。もっとも、少なくとも直接的には、法人税や国債といった規模の予測が可能であった要因によって今回の事態が生じた点で、パウエル議長も準備需要が過小評価であったことを認め、今後も機動的な資金供給で対応する方針を確認した。

プロフィール

  • 井上 哲也のポートレート

    井上 哲也

    金融デジタルビジネスリサーチ部

    シニアチーフリサーチャー

    

    内外金融市場の調査やこれに関わる政策の企画、邦銀国際部門のモニタリングなどを中心とする20年超に亘る中央銀行での執務経験と、国内外の当局や金融機関、研究機関、金融メディアに構築した人脈を活かして、中央銀行の政策対応(”central banking”)に関する議論に貢献。そのための場として「金融市場パネル」を運営し、議論の成果を内外の有識者と幅広く共有するほか、各種のメディアを通じた情報と意見の発信を行っている。2012年には、姉妹パネルとして「バンキングパネル」と「日中金融円卓会合」も立ち上げ、日本の経験を踏まえた商業銀行機能のあり方や中国への教訓といった領域へとカバレッジを広げている。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。