はじめに
事前には金融市場に追加緩和との見方も根強かったが、今回(10月)の金融政策決定会合(MPM)は金融政策の現状維持を決定した。一方で、今回のMPMは「物価目標の達成に向けたモメンタム」の評価に基づき、新たな性質を有するフォワードガイダンスの導入を決定した。
景気と物価の見通し
今回(10月)のMPMは、経済見通しの四半期毎のレビューに際して、景気と物価の見通しを再び下方修正した。
まず 、2019~21年度の実質GDP成長率の見通しは、+0.6%→+0.7%→+1.0%となり、前回(7月)の見通し(+0.7%→+0.9%→+1.1%に比べて、見通し期間の前半を中心に一層低下した。本日(10/31日)公表された展望レポートの基本的見解は、海外経済の回復時期の後ズレを指摘している。
この見通しによれば、実質GDP成長率は2020年度までは潜在成長率を若干下回るペースで推移し、2021年度にそれを上回ることになる。従って、プラスのGDPギャップも一旦縮小した後、再び拡大することが含意されている。
こうしたGDPギャップの若干の縮小と原油価格の回復の遅延によって、物価見通しも下方修正された。つまり、2019~21年度のコアCPインフレ率の見通しは+0.5%→+1.0%→+1.5%となり、前回(7月)の見通し(+0.8%→+1.2%→+1.6%)に比べて、同様に見通し期間の前半を中心にやや大きめに低下した。
一方で興味深いことに、基本的見解はむしろ国内経済の底堅さを示唆している。中でも設備投資に対する前向きな評価が目立ち、都市開発関連や省力化、研究開発といった外需の影響を受けにくい投資が、災害復旧等に関する公共投資とともに堅調に推移し、設備投資の下支えとなるとの見方を示している。
加えて、執行部による暫定的な分析として、今回の消費税率引き上げに際しては、自動車や家電といった耐久財の駆け込み需要が、政府による対策もあって、特に前回(2014年)対比で抑制的であったことを示唆している。そうであれば、10月以降の反動減も抑制されることになる(これらは「「物価安定の目標」に向けたモメンタムの評価」と題する資料に、エッセンスが収録されている)。
このように、景気や物価の見通しを下方修正しつつ、国内経済に前向きな見方を示したこととの対照は、今回の記者会見で多くの記者に取り上げられることになった。実際、基本的見解では、海外経済の減速に伴う国内経済への波及は抑制されるとの見方も示されている。
さらに多くの記者は、下方リスクの根源である海外経済についても、前回(9月)のMPMの時点に比べて、米中摩擦に第一段階の部分的な合意の展望が生じたり、英国のEUからの合意なき離脱のリスクが低下したり、世界的なITサイクルに調整の兆しがみられたりするなど、足許で好転してきた点を指摘した。
黒田総裁も、足許でのこうした動きを確認するとともに、日本経済にとって望ましいことであるとした。一方で、これらに要因にもまだ不透明性が残るほか、より幅広く見れば新興国の経済状況(上記の参考資料には中国での経済対策の効果に関する分析も収められている)なども含めて不確実性は高いとして、海外経済に起因する下方リスクは依然として大きく、引続き注視すべきとの理解を示した。
新たなフォワードガイダンス
今回(10月)の声明文に加えられたフォワードガイダンスは、具体的には次の通りである:「政策金利については、「物価安定の目標」に向けたモメンタムが損なわれる惧れに注意が必要な間、現在の長短金利の水準、または、それを下回る水準で推移することを想定している」。
政策金利の更なる引下げの可能性を示唆している点でECB型のフォワードガイダンスに似ているが、日銀に固有の特徴もある。それは、政策金利の変更条件が、特定の経済指標の実績ないし見通しではなく、リスク認識という主観的要素とされた点である。
つまり、条件を満たしたかどうかはMPMだけが判断しうることになる。インフレ率の目標への収斂見通しを条件とするECBの場合も同様な課題は残るが、日銀の方が市場との理解の共有において難しい課題に直面することが考えられる。
技術的にはECBと同じようにインフレ見通しの目標への収斂といった客観的な条件を採用することも可能であったとみられる。しかし、インフレ目標への距離がユーロ圏以上に大きい日本の場合、こうしたフォワードガイダンスを導入すると、超長期にわたる低金利政策の維持という期待を招き、結果としてイールドカーブの一層のフラット化を招くリスクもある。この点は、日銀によるイールドカーブのスティープ化の動きとは少なくとも相容れない。
一方、今回(10月)の記者会見では、以前のようなカレンダー・ベースのフォワードガイダンスを放棄した理由を質す向きもみられた。これに対し黒田総裁は、海外経済の下方リスクは当面残存するとの見方を確認するとともに、新たなフォワードガイダンスによって金融政策の緩和スタンスを明確に示したかったとの説明を行った。
別の記者は、新たなフォワードガイダンスの導入に伴い、追加緩和の手段は目標金利の調整に限定されるかどうかを質した。黒田総裁はこれを否定し、実行する際の金融経済状況を踏まえて、手段の適切な組み合わせを判断する考えを示した。
この点に関しては、別の複数の記者がマイナス金利の深堀りの可能性やその条件を取り上げた。黒田総裁が予てマイナス金利の深掘りの余地を強調していたことに加えて、新たなフォワードガイダンスによって、実行可能性が明確に示されただけに当然の質問である。
黒田総裁は、欧州ではより深いマイナス金利が導入されていることや、日銀の当座預金は予て階層構造を採用している点を踏まえて、マイナス金利には深堀りの余地があるとの理解を確認した。
また、副作用があるという理由だけで政策オプションを放棄すべきでないとした上で、さらなるマイナス金利が金融仲介に影響を及ぼす可能性に理解を示しつつも、コストと効果に関する比較考量に基づいて政策を判断すべきと指摘し、マイナス金利の深堀りに対する柔軟な姿勢を強調した。
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