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はじめに

FRBは3月3日、臨時のFOMCを開催して、50bpの利下げを決定した。利下げ自体は市場のコンセンサスになっていたが、3月FOMCも2週間後に近づいていただけに、臨時会合での利下げには意外感もある。いつものように意味合いを検討したい。

政策判断の背景

政策決定と同時に公表された声明文(本体は1パラグラフのみ)は、米国経済のファンダメンタルズが依然として強い点を確認した上で、コロナウイルスの問題が経済活動に対するリスクとなりつつあるため、デュアルマンデートの達成を支えるために利下げを行ったと説明している。

また、緊急に開催された記者会見(15分弱)の冒頭で、パウエル議長は、コロナウイルスの問題が、多くの国々の経済活動を毀損し、金融市場に大きな変動をもたらした点を指摘し、米国経済に対する影響の大きさや継続度合いは極めて不透明との理解を示した。

このため、米国経済の先行きに関するリスクは顕著に変化したと判断し、利下げを決定したことを説明した。また、今後についても、事態の推移と経済への影響を注視し、経済活動の維持に必要な政策手段を行使する考えを明示した。

これに対し記者からは、まず、FOMCメンバーの多くが先週までは景気への影響を判断することは時期尚早との考えを示唆していたこととの整合性に関する質問が示された。

パウエル議長は、従来から状況を注視してきた中で、ここへきて先行きのリスクが変化したと判断したと説明した。また、コロナウイルスの問題がいつまで続くは誰にも分らないと指摘した。

この点に関して別の記者は、コロナウイルスの影響は主として供給側に作用するとの見方がある点を示しつつ、政策判断の根拠をさらに確認した。

これに対しパウエル議長は、多面的な政策対応が必要であると指摘した上で、金融政策も経済活動を支えるための効率的な手段であると指摘した。つまり、サプライチェーンの修復には寄与しないが、金融環境を緩和的に維持し、家計や企業のセンチメントを強化することができるとの考えを示した。

また、別の記者がトランプ政権による政治的な圧力の影響を質したのに対し、パウエル議長は、FOMCが企業や非営利団体、研究組織から取得した情報も活用しながら、最善の分析と調査をもとに最善の判断を示していることを人々が理解することが重要と指摘し、政治的な考慮は全く行っていないと強調した。

さらに別の記者は、企業からの情報が今回の政策判断に与えた影響を確認した。

パウエル議長は、コロナウイルスの問題の影響が初期段階にあるとの見方を示し、旅行やホテルの関係者から懸念が示されていると説明した。また、経済指標には明確な影響が表れていないが、先行きのセンチメントなどに影響がみられると指摘した。

この点に関しては、クレジット市場への影響を通じて、企業や個人がデフォルトするリスクへの懸念も示されたが、パウエル議長は、そうした懸念を認識しているが、現時点では金融市場は正常に機能しているとの理解を示した。その上で、今後にそうした事態が生じれば、FRBは監督当局として、金融機関が借り手に適切に対応するよう措置をとるとした。

政策協調との関係

記者会見では、直前に公表されたG7財務相・中央銀行総裁会議の共同声明との関係も焦点になった。

まず、今回の利下げが国際協調の一環かどうか、および米国の財政政策は対応するのかという質問が示された。

パウエル議長は、共同声明が高いレベルでの協調であることを指摘しつつ、各中央銀行はそれぞれの組織の置かれた立場に沿って意味のある政策対応を行っており、FOMCによる今回の利下げもFRBの政策目標に即したものであると説明した。その一方で、財政政策については助言する立場にないとしてコメントを避けた。

共同声明との関係に関しては、別な記者も、政策対応の緊急性を示唆するものではなかったとの疑問を示した一方、さらなる金融緩和の可能性を質した。

これに対しパウエル議長は、G7諸国は、各々異なる経済状況の下で異なる政策目標に対して異なる政策運営を行っている点を確認した上で、G7として何をすべきか高いレベルで発言することに意味があると説明した。その一方で、事態の推移に沿って、今後はよりformalな協調がありうるとも付言した。

また、現時点では利下げ後の政策スタンスが適切との判断を強調しつつ、今後の政策対応については、声明文に即して、状況次第で政策手段を活用する方針を確認した。この点に関しては、他の政策手段も議論したかどうかを問う質問もあったが、パウエル議長はこれを否定した。

政策決定の意味合い

FOMCは、もともと、経済見通しのリスクが顕著に変化した場合には政策判断を変えるとしていたので、その点では今回の利下げは整合的である。

ただし、その根拠は必ずしも明らかでなく、逆に、FOMCは市場が知らない何らかの情報を持っているとの疑念を生む可能性もある。また、FOMCが市場の不安定性から景気の先行き懸念の拡大を読み取ったとすれば、FOMCと市場とが相互に不安を高めあうスパイラルに陥るリスクもある。

政策効果の面では、昨年のケースをみても波及経路は比較的明確であり、パウエル議長が強調するように相応に期待できる。ただし、今回の問題が供給側やセンチメントに主たる影響を及ぼすとすれば、緩和的な金融環境が所期の効果を発揮するのは、この問題から景気が回復する過程かもしれない。

国際協調の面では、パウエル議長の説明通り、各国によって具体的な対応が異なるのは当然であるし、具体的な対応によって共同声明の意味合いを下支えした点でFOMCの対応は意味がある。

一方、最も政策対応の余力があり、現時点でコロナウイルスの影響が最も小さい米国が50bpの利下げを迅速に行ったことは、日欧による政策対応のハードルを実質的に引き上げた面もある。

プロフィール

  • 井上 哲也のポートレート

    井上 哲也

    金融デジタルビジネスリサーチ部

    シニアチーフリサーチャー

    

    内外金融市場の調査やこれに関わる政策の企画、邦銀国際部門のモニタリングなどを中心とする20年超に亘る中央銀行での執務経験と、国内外の当局や金融機関、研究機関、金融メディアに構築した人脈を活かして、中央銀行の政策対応(”central banking”)に関する議論に貢献。そのための場として「金融市場パネル」を運営し、議論の成果を内外の有識者と幅広く共有するほか、各種のメディアを通じた情報と意見の発信を行っている。2012年には、姉妹パネルとして「バンキングパネル」と「日中金融円卓会合」も立ち上げ、日本の経験を踏まえた商業銀行機能のあり方や中国への教訓といった領域へとカバレッジを広げている。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。