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はじめに

FRBは、23日の臨時FOMCと臨時理事会で、金融市場の機能維持の第二弾の対策の導入を決定した。

資産買入れ

国債とMBSの買入れについて、円滑な市場機能と政策効果の波及の支持に必要な金額を購入することとし、絶対額による上限を撤廃した。また、買入れ対象として、MBSと同じくGSEが発行するCMBSを新たに加えた。FOMCの声明文は、これらの市場の問題に対応することで、家計や企業に対する資金の流れを支持するための措置であると説明している。

PMCCF

Primary Market Corporate Credit Facility(PMCCF)は、FRBNYが特別目的会社(SPV)を新設し、これに貸出を行う(条件は未公表)ことで、SPVが新発債の購入または新規貸出を行う。

対象はBBB-(または同格)以上の米国法人および米国で主たる事業を行う企業の発行する満期4年以内の債券に限定する(貸出も同じ)。また、基準日(2019年3月22日)から1年間の債券残高または借入残高の最大値に対し、格付に応じて110~140%を乗じた額を1先当りの上限とする。買入れ利回りは市場条件に順じ、1先当り100bpの手数料を徴収する。開始日は未定ながら、2020年9月末で新規買入れを終了する。

本措置の背景は、クレジット市場のストレス上昇につれて社債市場も不安定化していたことである。SPVによる買入れを通じて他の投資家による不安を払拭し取引を促すことで、社債の円滑な発行や借換えを通じて企業の資金繰りを支えようとした訳である。

SMCCF

Secondary Market Corporate Credit Facility(SMCCF)は、FRBNYが特別目的会社(SPV)を新設し、これに貸出を行う(条件は未公表)ことで、SPVが市場から社債と社債ETFを購入する。本措置はPMCCFの流通市場版で、背景や趣旨は同じである。

対象はBBB-(または同格)以上の米国法人および米国で主たる事業を行う企業の発行する残存期間5年以内の債券、または米国の投資適格社債に投資するETFに限定する。また、基準日(2019年3月22日)から1年間の債券残高の最大値の10%、またはETFの残高の最大値の20%を1先当りの上限とする。買入れ利回りは市場条件に順じ、買入れ開始は未定ながら、2020年9月末で新規買入れを停止する。

TALF

Term Asset-Backed Securities Loan Facility(TALF)は、FRBNYが特別目的会社(SPV)を新設し、これに貸出を行う(期間3年以外の条件は未公表)ことで、SPVがABSの購入を行う。

対象は米国法人または外国銀行の支店の発行するABS(syntheticを除く)のうち、2020年3月23日以降に発行された最上位格付のもので、裏付資産はauto loan, student loan, credit card債権、equipment loan, SBA保証付loanなど8種に限定する(全ての裏付資産について、元債務者は米国法人に限定)。なお、hair cutはセクターや期間、historical volatilityに準じて後日公表される。買入れ条件は、原資産に政府保証のないものについては、①残存2年未満はLibor2年+100bp, ②残存3年以上はLibor3年+100bpとする。買入れ開始は未定ながら、2020年9月末で新規買入れを終了する。

その他の措置

既に導入が決定しているMMLFの対象として、地方債の一部と銀行CDが加えられた。また、CPFFについても対象が一部拡大されたほか、買入れ条件が緩和された。

今回の対応の意味合い

資産買入れについては、既にメディアの間で「再現なき量的緩和」との評価がなされているが、FOMCは米国債の市場機能の支持に主眼があるとしており、長期金利の抑制を通じた景気対策としての「量的緩和」とは異なる印象を受ける。

買入れ額に上限を設けていないのも、少なくとも3月末にかけてのストレスが高い局面では、市場の売り圧力を受け止めるといったアナウンスメント効果を狙ったものかもしれない。

社債の買入れは、世界金融危機の際にも実施されなかったので目新しい措置であり、今回の市場機能に対するストレスを考えると合理性もある。

一方、実質的に大企業を支援する措置であるだけに、政治的には議論を呼ぶ可能性もある。FRBの公表文が「多数の雇用者を抱える企業の支援」と表現しているのも、こうしたリスクを意識したものであろう。過剰介入という批判を避ける上では、債券の保有期間にコールオプションを付与するといった工夫も必要かもしれない。

なお、FRBは公表文で、SBAと連携して中小企業向けの貸出プログラムを導入すると予告している。そうした措置は、対象企業の点では受け入れられやすいかもしれないが、中央銀行が広範な民間企業の資金調達に直接関わることには違和感もある。米国の場合、有力な政府系金融機関が存在しないという問題はあるが、リスク管理などのノウハウを考えても、他の手段を考えることも必要であろう。

TALFは、FRBの公表文が明示的に説明するように、世界金融危機の際に導入された措置の焼き直しである。今回は証券化商品がストレスのコアではないが、クレジット市場全体のストレスの高まりによる影響を受けている、ないし影響が及ぶ恐れがあることは事実である。適格な裏付資産は経済活動に不可欠なものであるだけに、前回のような批判を受ける恐れは少ない。

前回の措置と併せて改めて感ずるのは、米国における市場ベースでの金融仲介の重要さである。FRBは、金融緩和の効果を適切に波及させるためにも、金融システムの安定を維持するためにも、資本市場やシャドーバンキングの機能を監視し、維持することが極めて重要である。

これに対して、それを支える体制や権限が十分かどうかは、今回の問題が収束した後に改めて考える必要があるかもしれない。世界金融危機の経験を通じて手に入れた政策手段は有効だが、それだけに依存すればモラルハザードも生ずる。これも金融政策の枠組みの見直しに加えてほしい論点である。

プロフィール

  • 井上 哲也のポートレート

    井上 哲也

    金融デジタルビジネスリサーチ部

    シニアチーフリサーチャー

    

    内外金融市場の調査やこれに関わる政策の企画、邦銀国際部門のモニタリングなどを中心とする20年超に亘る中央銀行での執務経験と、国内外の当局や金融機関、研究機関、金融メディアに構築した人脈を活かして、中央銀行の政策対応(”central banking”)に関する議論に貢献。そのための場として「金融市場パネル」を運営し、議論の成果を内外の有識者と幅広く共有するほか、各種のメディアを通じた情報と意見の発信を行っている。2012年には、姉妹パネルとして「バンキングパネル」と「日中金融円卓会合」も立ち上げ、日本の経験を踏まえた商業銀行機能のあり方や中国への教訓といった領域へとカバレッジを広げている。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。