はじめに
FRBは、連邦議会でのCARES法の成立を受けて、既に公表済の分を含む一連の企業金融支援策を確定した(4月9日)。スキームの内容を確認しつつ、その意味合いを検討したい。
PMCCF(新発社債等の買入れ)
FRBNYが財務省とともにSPV(PMCCFと下記のSMCCFのためのもの)を設立し、社債(新規発行の全額または一部)の買入れとシンジケートローンへの参加を行う。社債およびシンジケートローンの適格発行体の条件は、①米国法人または事業や雇用の大部分を米国で行う法人、②3月22日時点でBBB-格以上とされ、 ③預金金融機関またはその持ち株会社、④CARES法による個別の支援先は各々対象外である。
買入れ対象は、適格発行体による満期4年以下の債券またはシンジケートローンであり、後者はシェア25%が上限である。また、 1先当りの買入れ(社債とシンジケートローンの合計)は、2019年3月22日から2020年3月22日の当該残存額の最大値の130%が上限である。社債の買入れは市場実勢+100bp、シンジケートローンは当該ローンの条件+100bpで行う。
財務省がSPVに拠出する資金のうち500億ドルがPMCCFのエクイティとされ、FRBNYの貸出を加えて(原則として)1対10のレバレッジなので、買入れ能力は5000億ドルとなる。買入れは2020年9月末で終了するが、FRBと財務省の合意により延長しうる。
SMCCF(既発社債等の買入れ)
FRBNYが財務省とともにSPV(SMCCFと上記のPMCCFのためのもの)を設立し、社債(既発債)と債券ETFの買入れを行う。社債の適格発行体は、①米国法人または事業や雇用の大部分を米国で行う法人、②3月22日時点でBBB-格以上とされ、③預金金融機関またはその持ち株会社、④CARES法による個別支援先は各々対象外とされた。
既発債の買入れは適格発行体による残存期間5年以下の債券が対象であり、米国法人または事業や雇用の大半を米国で行う法人を経由して行う。債券ETFの買入れは、米国上場で広範な米国社債に投資を行うものを対象とし、投資適格債への投資を行うETFを主力にしつつ、ハイイールド債への投資を行うETFも買入れ対象とする。
社債の1先当りの買入れは、①PMCCFと合計で双方のSPVの合計額の1.5%、②SMCCFのみで2019年3月22日から2020年3月22日の社債の最大残存額の10%を上限とする。社債ETFは各残高の20%が買入れの上限となる。既発債と債券ETFは市場実勢で買入れるが、後者は市場価格がNAVから顕著に乖離した場合は買入れを行わない。
財務省がSPVに拠出する資金のうち250億ドルがSMCCFのエクイティとされ、FRBNYの貸出を加えて(原則として)1対10のレバレッジなので、買入れ能力は2500億ドルとなる。買入れは2020年9月末で終了するが、FRBと財務省の合意により延長しうる。
MSNLF(中堅企業向けの新規貸出債権の買入れ)
地区連銀(公表時点で未特定)が財務省とともにSPV(MSNLFと下記のMSELFのため)を設立し、預金金融機関、BHCおよびS&Lから適格債務者向けの貸出債権の買入れを行う。適格債務者は、雇用者1万人以下または2019年の収入が25億ドル以下の米国法人または事業や雇用の大部分を米国で行う法人である。
買入れ対象となる貸出債権は、上記の金融機関が2020年4月8日以降に行った新規の無担保貸出で、①満期4年、②元利払いを1年間猶予、③SOFR+250~400bpの変動金利、④100万ドル以下、⑤未利用のクレジットラインに加えて供与される場合は、 i)25百万ドルまたはii)2019年のEBITDAの4倍のいずれか小さい方が上限、⑥ペナルティなしで期前償還が可能、という条件を満たす必要がある。
加えて、1)貸出を実行した金融機関に対する適格債務者の既存債務の返済に充当しない、2)適格債務者も既存債務の返済に優先的に充当しない、3)貸出を実施した金融機関と適格債務者との間での既存のクレジットラインの停止または削減を行わない、 4)適格債務者は雇用の合理的な維持に努める、5)適格債務者はCARES法に規定した報酬や自社株買い、配当に関する規定を順守するといった条件も満たす必要がある。
SPVはこうした貸出債権の95%を額面で購入し、残りの5%は貸出を実行した金融機関が保持する。SPVは100bpの手数料を徴収し、金融機関はこれを適格債務者に転嫁できる。また、SPVは金融機関に年間25bpのサービシング手数料を支払う。
財務省はMSNLFと下記のMSELFのためのSPVに750億ドルを拠出してエクイティとし、FRBNYの貸出を加えることで合計の買入れ能力を6000億ドルとしている。買入れは2020年9月末で終了するが、FRBと財務省の合意により延長しうる。
MSELF(中堅企業向けの追加貸出債権の買入れ)
地区連銀(公表時点で未特定)が財務省とともにSPV(MSELFと上記のMSNLFのため)を設立し、預金金融機関、BHCおよびS&Lから適格債務者向けの既存貸出に対する追加貸出債権の買入れを行う。適格債務者は、雇用者1万人以下または2019年の収入が25億ドル以下の米国法人または事業や雇用の大部分を米国で行う法人であり、MSNLFとの併用はできない。
買入れ対象となる貸出債権は、上記の金融機関が2020年4月8日以前に行った貸出に対する追加融資で、①満期4年、②元利払いを1年間猶予、③SOFR+250~400bpの変動金利、④100万ドル以下、⑤未利用のクレジットラインに加えて供与される場合は、 i)150百万ドル、ii)未利用のクレジットラインの30%、または iii)2019年のEBITDAの6倍のいずれか小さい方が上限、⑥ペナルティなしで期前償還が可能、という条件を満たす必要がある。
加えて、1)貸出を実行した金融機関に対する適格債務者の既存債務の返済に充当しない、2)適格債務者も既存債務の返済に優先的に充当しない、3)貸出を実施した金融機関と適格債務者との間での既存のクレジットラインの停止または削減を行わない、4)適格債務者は雇用の合理的な維持に努める、5)適格債務者はCARES法に規定した報酬や自社株買い、配当に関する規定を順守するといった条件も満たす必要がある。
SPVはこうした貸出債権の95%を額面で購入し、残りの5%は貸出を実行した金融機関が保持する。適格債務者は、追加融資の際に金融機関に対して100bpの手数料を支払う。また、SPVは金融機関に年間25bpのサービシング手数料を支払う。
既にみたように財務省はMSELFと上記のMSNLFのためのSPVに750億ドルを拠出してエクイティとし、FRBNYの貸出を加えることで合計の買入れ能力を6,000億ドルとしている。買入れは2020年9月末で終了するが、FRBと財務省の合意により延長しうる。
PPPLF(中小企業向け貸出のバックファイナンス)
地区連銀(特定の先でなく全先が対象)が、中小企業向け貸出を行う適格金融機関に対し、当該貸出を担保にバックファイナンスを行う。対象となる貸出は、CARES法に規定されたPPPローン(Paycheck Protection Program Loan)である。
PPPローンにより、原則として雇用者500人以下の中小企業や非営利法人、自営業者等が、2020年2月15日以前の契約に基づいて負担した8週間分の賃金、モーゲージ、レント、公共料金の相当額を借入れることができる。金利1%、期間2年(6か月は元利払いを猶予)の無担保貸出で、SBA保証が付されるほか、正規雇用の維持、賃金削減の25%以下への抑制等の条件を満たせば、満期における返済も免除される。
適格金融機関はPPPローンを実行する預金金融機関であり、各地区連銀は域内の金融機関にバックファイナンスを行う。なお、 FRBは対象先を拡大する可能性も示唆している。
バックファイナンスの期間は担保となるPPPローンと同じであるが、 PPPローンのデフォルトやSBAによる保証実行、上記のように返済免除となった場合は償還となる。バックファイナンスの金利は35bpで、手数料はない。PPPローンによる担保は額面で評価する。バックファイナンスの新規供与は2020年9月で終了するが、 FRBと財務省の合意により延長しうる。
TASLF(証券化商品のバックファイナンス)
FRBNYが財務省とともにSPVを設立して、ABSの発行体に対する貸出を行う。ABSの適格発行体は、下記の適格担保を有し、 Primary Dealerと取引のある米国法人または事業や雇用の大部分を米国で行う法人とされた。
対象となるABSは最上位格付を有し、ほとんどの資産を米国企業の債務に投資するもので、シンセティックが対象から除外されたほか、CMBSについては1)2020年3月23日以降に組成されたものと2)いわゆるSASBに加え、CRE CLOも対象外とされた。
適格担保(ABSの裏付資産)は、自動車ローン、学生ローン、クレジットカード債権、レント債権、設備ローン、保険料ローン、SBA保証付きローン、レバレッジローン、商業モーゲージである。これらについては、各々残存期間に即して最小5%から最大22%のヘアカットが設定された。
SPVは3年間の貸出を行うがその利回りは種類別に設定され、 CLOはSOFRの30日平均+150bp、SBA保証付きローンはFFレート誘導目標の最大値+75bp、その他政府保証のない裏付資産は、①平均残存2年未満のものは2年物OIS+125bp、②それ以上のものは3年物OIS+125bpとなった。このほか、SPVは10bpの手数料を徴収する。
財務省はSPVに100億ドルを拠出し、FRBNYの貸出を加えることで貸出能力は1000億ドルとなる。貸出は2020年9月末で終了するが、FRBと財務省の合意により延長しうる。
一連の制度の意味合い
一連の制度を概観すると、社債の買入れや証券化商品のバックファイナンスのように、クレジット市場の流動性の支持や改善を視野に入れた制度も含まれているが、全体としてみれば、コロナウイルス問題によって打撃を受けた部門に対する与信の維持に主眼が置かれていることがわかる。つまり、FRBによる政策対応の焦点は、市場流動性の最後の担い手(MMLR)から、金融仲介の下支えに移行しつつある訳である。
この点に関しては、FRBによる一連の措置の効果が直接的に及びにくいハイイールド債や新興国の債券などにおいては、依然として市場流動性には問題が残る(いわゆるCliff Effect)との懸念も少なくない。特に後者は、新興国経済に対する影響がこれから本格化する恐れがある点で注意すべき領域ではある。
ただし、FRBが投資適格の領域のリスクプレミアムを圧縮すれば、投資家によるリスクアピタイトの回復が条件ではあるが、search for yieldの回復に伴って、ABSのジュニア部分も含めて、よりリスクの高い領域にも政策効果が波及することも期待できる。
一方で、FRBがすべての規模の企業に対して各々に即した金融仲介の支援策を打ち出したことは改めて印象的であるが、各制度の内容には副作用の抑制に対する配慮も含まれている。
第一に、与信判断は全面的に民間に委ねられる。PMCCFやSMCCFによる社債やローンの銘柄選定は、Blackrockに委託され、MSNLFやMSELFにおける中堅企業向け貸出も民間銀行が行う。PPPローンによる中小企業向け貸出も、借り手の申請をもとに民間銀行とSBAが適否を判断する訳である。こうして、資源配分の歪みを抑える配慮はなされている。
第二に、FRBにとっての信用リスクを抑制する工夫もなされている。PMCCFやSMCCFによる社債やローンの買入れは投資適格に限定され、PPPローンによる中小企業向け貸出のバックファイナンスはSBA保証付きローンを担保としている。TASLFも含め、各制度を実行するSPVには財務省によるエクイティ資金が拠出される。ただし、MSNLFやMSELFによる中堅企業向け貸出の買取りには、規模や期間を含む再検討も必要かもしれない。
加えて、日銀やECB、BOEも、社債やCPの買入れを通じて実質的に大企業の資金繰りを支え、中堅中小企業を含む先に対する貸出を低利のオペによって促進してきたことを考えれば、FRBだけが異なる領域に踏み込んだ訳ではないと考えることもできる。
それでも今回のFRBは、MSNLFやMSELFのように中堅企業向けの貸出債権を銀行から直接買入れるとか、PPPLFのように自営業者のような零細企業向けの貸出を直接にバックファイナンスするといった点で、日欧よりも内容面で一段踏み込んだ措置を講じたことは事実である。
このような違いに関しては、米国の場合、日本やユーロ圏諸国のような大規模あるいは中小企業専門の政策金融機関が存在しないことを考慮に入れる必要がある。異なる文脈ではあるが、トランプ大統領は、貿易摩擦の初期に米国に輸出入銀行の創設を提唱したが、幅広い支持を得ることはできなかったことも思い起こされる。
CARES法が金融仲介の支援のために財務省に授権した4450億ドルのうち、本コラムで見た措置を含めて拠出が決まった分を除くと、2000億ドル程度の使途は未定であり、今後の政策対応余力となる。上記のような副作用の抑制策さえ適切に講じれば、かつ一時的であれば、FRBが実質的に政策金融機関の役割を果たすことが正当化されるのかどうか、今後も考えていきたい。
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