&N 未来創発ラボ

野村総合研究所と
今を語り、未来をみつめるメディア

はじめに

FRBによる前回(4月)のFOMCは金融緩和の現状維持を決定した。FOMCメンバーは、景気回復の力強さを確認するとともに、今後の会合で資産買入れペースの見直しに関する議論を開始する可能性を示唆した。

経済情勢の判断

FOMCメンバーは、財政と金融の双方の政策に支持され、経済活動の拡大が、消費や住宅、設備投資や生産といった幅広い側面で加速した点を確認した。

なかでも家計支出は、財政支援、緩和的金融環境、高水準の貯蓄とペントアップ需要の顕在化、ワクチン接種の拡大と感染抑制策の緩和といった要因によって、足許の拡大が今後も継続するとの見方が示された。

設備投資も力強い拡大が確認された一方、財や労働の不足、サプライチェーンの制約が生産拡大の支障となっている点も指摘された。また、地区連銀総裁からは、娯楽、旅行、宿泊等でも活動が回復し、経営者のマインドが好転しているとの報告が示された。

雇用も改善の継続を歓迎した一方、3月時点で依然として840万人の雇用が喪失し、人種や職種によって回復にばらつきが残る点も確認された。地区連銀総裁からは、早期退職やCovid-19への懸念、子弟の養育や失業保険の増加等を反映し、雇用の確保が困難化しているとの報告もあった。その上で、中期的には景気の拡大に伴う労働市場の改善が続くとの見方が共有された。

これらを踏まえ、経済見通しに関する不確実性は依然として高いが、リスクは従前と比べて大きくないと判断した。下方要因としては、変異種を含むCovid-19の感染による影響、上方要因としては、家計のペントアップ需要の顕在化やワクチン接種の加速、財政と金融面での支援が各々指摘された。

物価情勢の判断

FOMCメンバーは、昨年の原油価格下落の反動に加え、足許での原油価格の上昇やサプライチェーンの制約により、PCE総合インフレ率が当面は2%を超えるとの見方を示した。

その後は、こうした要因の減衰に伴いインフレ率も減速するとの見方が幅広く(generally)共有された。執行部も、賃金上昇の加速はCovid-19の影響が低賃金雇用に集中している結果であり、そうした要因を除くと年率3.1%(3月)と、Covid-19以前より低いとの試算を示した。また、FOMCメンバーは長期のインフレ期待が安定している点も確認した。

もっとも、多くの(a number of)のメンバーは、供給制約が短期で解消せず、結果としてインフレ率の高止まりが来年まで継続する可能性も併せて指摘したほか、数名(some)のメンバーは、こうした要因を背景とする物価の上方リスクを指摘した。

金融環境と金融システムの評価

前回(4月)のFOMCでは、執行部による金融システムの定例報告が行われた。

執行部は、株価の上昇やクレジットスプレッドの縮小といった要因により金融環境が一段と緩和する中で、社債やレバレッジローンの発行、新株発行が高水準で推移した点を確認した。この間、銀行も商工業貸出を積極化したが、そのスタンスはCovid-19前に比べて依然として慎重であり、大企業や中堅企業の資金需要も後退した点も指摘した。

企業の信用リスクは低格付企業での改善が継続し、足許で格付の引上げが引下げを上回っている点が指摘された。また、中小企業の資金調達環境も改善し、PPPの効果もあって足許の借入れはCovid-19前の水準に近いとの指摘もあった。

この間、資本市場での商業不動産の資金調達条件も緩和的で、不良債権率も総じて低下したが、宿泊や小売り関連は高止まっている一方、銀行経由の資金調達には変化がないとされた。また、銀行は居住用不動産の貸出姿勢を積極化し、格付の良好な借り手の資金調達条件は引続き緩和的との評価が示された。

消費者ローンも、格付の良好な借り手には緩和的な資金調達環境の下で、自動車ローンやカードローンを中心に足許で顕著に増加していることが報告された。この間、銀行も与信姿勢を積極化させたが、Covid-19前よりも依然としてタイトとの評価も示された。

これらを踏まえて執行部は、金融システムについて、先に公表されたFSRと整合的な形で、①リスクプレミアムは一段と低下、② 商業用不動産のバリュエーションは高く、居住用不動産の価格も上昇が継続、③企業や家計の脆弱性は後退、④銀行のレバレッジは低下したが、ヘッジファンドでは上昇、⑤MMFやミューチュアルファンドの流動性変換に伴う脆弱性が高い、といった点を指摘した。

これに対しFOMCメンバーは、大銀行の自己資本や貸倒引当金が潤沢である点や、企業や家計の債務に関する脆弱性が抑制されている点を評価した。

一方で、2名(a couple of)のメンバーは政府の支援(支払猶予)が企業や家計の実態を隠したリスクを指摘したほか、数名(several)のメンバーは資本市場でのリスクアピタイトが強い点に言及した。また、多くの(a number of)のメンバーが住宅価格のバリュエーションの高まりを指摘したほか、数名(some)のメンバーは上記のようなファンドの資金調達の脆弱性を確認した。

金融政策の判断

FOMCメンバーは、上記のように米国経済の回復が加速し、リスクも後退した点を確認する一方、物価や雇用に関する政策目標の達成にはまだ遠い(still far)との理解を踏まえて、金融緩和の現状維持を全会一致で決定した。

このうち、政策金利と資産買入れに関するフォワードガイダンスは、所期の効果を発揮していると評価したが、2名(a couple of)のメンバーは、インフレが政策変更を決定する前に歓迎されざるレベルに高まるリスクにも言及した。

なかでも資産買入れについては、「政策目標に向けた更なる顕著な前進」には「相応の時間(some time)」を要するとの見方を、多く(various)のメンバーが言及した。その上で、多く(many)のメンバーが、そうした決定を下す十分以前に、前進度合いの評価を対外的に示すことの重要性を指摘したほか、多く(a number of)のメンバーは、政策目標への迅速な前進が続いた場合、今後のいずれか(at some point)のFOMCで資産買入れペースの見直しに関する議論を始めることが適当となりうるとの考えを示した。

 

プロフィール

  • 井上 哲也のポートレート

    井上 哲也

    金融デジタルビジネスリサーチ部

    シニアチーフリサーチャー

    

    内外金融市場の調査やこれに関わる政策の企画、邦銀国際部門のモニタリングなどを中心とする20年超に亘る中央銀行での執務経験と、国内外の当局や金融機関、研究機関、金融メディアに構築した人脈を活かして、中央銀行の政策対応(”central banking”)に関する議論に貢献。そのための場として「金融市場パネル」を運営し、議論の成果を内外の有識者と幅広く共有するほか、各種のメディアを通じた情報と意見の発信を行っている。2012年には、姉妹パネルとして「バンキングパネル」と「日中金融円卓会合」も立ち上げ、日本の経験を踏まえた商業銀行機能のあり方や中国への教訓といった領域へとカバレッジを広げている。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。