&N 未来創発ラボ

野村総合研究所と
今を語り、未来をみつめるメディア

はじめに

FRBは今回(6月)のFOMCで金融政策の現状維持を決定した。もっとも、本年の経済見通しを上方修正したほか、dot chartは、 2023年中の利上げ予想がFOMCメンバーの間で多数派となったことを示唆した。

経済情勢の判断

パウエル議長は、冒頭説明で、ワクチン接種の進展と財政支出による恩恵の下で、個人消費、住宅市場、設備投資が揃って力強く拡大し、本年の経済成長が数十年に一度の水準に達すると説明した。実際、今回のSEPでは、2021~23年の実質GDP成長率の見通しは+7.0%→+3.3%→+2.4%となり、前回(3月)に比べて2021年と23年が各々0.5ppと0.2pp上方修正された。

質疑応答では、2022年の減速への懸念も示されたが、パウエル議長は財政支出の減少が主因であると説明した上で、それでも3%台前半の高成長が可能との前向きな見方を確認した。

一方で、パウエル議長も冒頭説明の中で、雇用の拡大を歓迎しつつも、労働参加率の回復が進まない点や、業種や人種等の面で弱い領域に影響が残存している点に懸念を示した。このため、質疑応答では複数の記者が労働市場の見方を取り上げた。

パウエル議長は労働市場の改善が続くことへの自信を確認しつつ、労働参加率の低下は、①Covid-19による産業構造の変化に適応するためのスキル取得、②Covid-19感染への不安の残存、 ③学校等の閉鎖に伴う子弟養育の必要性といった要因によるとの見方を確認した。

また、労働市場の状況-特に「最大雇用」か否か-を単一指標で評価すべきでなく、Covid-19前には想定以上に雇用拡大が継続するなど構造変化の理解は容易ではないとしつつも、1)人口動態の変化も退職等を通じて労働参加率に影響している、2)賃金と物価との関係も変化している、といった見方を示した。

物価情勢の判断

冒頭説明でパウエル議長は、エネルギー価格の上昇や物価指数のバスケット変更に加え、経済活動の再開に伴う供給制約が予想以上に大きいことが、インフレ加速の要因であると説明した。もっとも、2022年以降は、前例のない経験であるため不確実性は残るとしつつも、供給増加が進むことでインフレ率は減速するとの見方を確認した。

質疑応答では、インフレ率の高騰が継続する可能性と、過剰供給でインフレ率が反転する可能性の双方が提起された。

前者についてパウエル議長は、CPIにおける木材や中古車の価格高騰は、時期に不透明性が残るが確実に解消するとの見方を確認したほか、雇用の改善も供給制約を緩和すると指摘した。後者については関連業界には懸念があるとしつつも、FOMCの焦点ではなく、足許の需要は非常に強いとの見方を確認した。

また、別の複数の記者は、足許の一時的要因が解消した後のインフレのメカニズムを質したのに対し、パウエル議長は(潜在成長率である)2%を超える経済成長を続ける限り需要が超過し、経済資源の利用率が上昇することが主因であると説明した。

その上で、インフレ率には上方リスクがある点を認めつつ、①グローバリゼーションや人口動態といった構造的な抑制要因も存在する、②景気の拡大も続くのでスタグフレーションのリスクは小さいといった見方も付言した。

さらに、インフレ期待に関しては、一部の記者がFRBNYサーベイの結果に言及し、安定的なアンカーの如何を質した。パウエル議長は、ガソリン価格が上昇すれば短期のインフレ期待は上昇しやすいとしつつ、政策運営の点では中長期の期待が重要であり、かつ幅広い主体の見方を考慮すべきとの考えを確認した。

その上で、Covid-19によって日欧のようにインフレ期待が低下することを懸念しただけに、足許での回復は歓迎すべき動きであり、インフレ期待のアンカーは政策目標の達成に不可欠との理解を確認した。

金融政策の運営

冒頭説明でパウエル議長は、今回(6月)のFOMCでは、最大雇用と物価安定の目標に向けて前進した点を確認しつつ、資産買入れのテーパリング開始にはなお遠い(a ways away)との評価であったと説明した。

これに対し複数の記者からは、前進の程度やその指標に関する質問が示されたが、パウエル議長は回答を避け、数値化することは不適切とした上で、今後のFOMC会合でも資産買入れのペースと構成(国債とMBS等のバランス)を議論する方針を確認した。

また、テーパリングに関する市場との対話に関する質問に対しては、前回(4月)のFOMC議事要旨に示された考え方に沿って、テーパリングを透明かつorderlyに行うことが重要である点を確認するとともに、市場の円滑な調整を促すため、十分以前に伝達する方針も併せて確認した。

一方、パウエル議長は、冒頭説明で、上記のように2023年の利上げ開始予想が多数派になった点にも言及し、これは決定や予定ではない点を確認するとともに、利上げを開始しても金融政策はなお緩和的である点を強調した。

質疑応答では、資産買入れよりも多くの質問が利上げに関して提示された。まず、複数の記者が、今回(6月)のFOMCがCovid-19の影響は収束したと評価したかどうかを質したのに対し、パウエル議長は、英国での変異種感染の再拡大に言及しつつ、リスクは残るとしつつも、FOMCメンバーが景気拡大の持続により強い自信を持ったとの理解を示した。

別の複数の記者は、今回(6月)のFOMCでの利上げ時期に関する議論の有無や「平均インフレ目標」の定義を質した。パウエル議長は、資産買入れの運営が先決であり、利上げについては議論していないと説明した。また、「平均インフレ目標」の導入の際には様々な文献を参照したが、特定の算式に従うことは不適切との判断に至ったと説明した。

利上げに関しては、FOMCメンバーの政策金利の「長期的」水準の予想が、2.5%に据え置かれている点も取り上げられた。パウエル議長は、中立的な政策金利の水準が上昇すれば、政策運営の自由度が高まる点を確認するとともに、Covid-19からの回復の中で、新規企業がビジネスに参入するなどの構造変化によって今後は上昇することへの期待を示した。

 

プロフィール

  • 井上 哲也のポートレート

    井上 哲也

    金融デジタルビジネスリサーチ部

    シニアチーフリサーチャー

    

    内外金融市場の調査やこれに関わる政策の企画、邦銀国際部門のモニタリングなどを中心とする20年超に亘る中央銀行での執務経験と、国内外の当局や金融機関、研究機関、金融メディアに構築した人脈を活かして、中央銀行の政策対応(”central banking”)に関する議論に貢献。そのための場として「金融市場パネル」を運営し、議論の成果を内外の有識者と幅広く共有するほか、各種のメディアを通じた情報と意見の発信を行っている。2012年には、姉妹パネルとして「バンキングパネル」と「日中金融円卓会合」も立ち上げ、日本の経験を踏まえた商業銀行機能のあり方や中国への教訓といった領域へとカバレッジを広げている。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。