&N 未来創発ラボ

野村総合研究所と
今を語り、未来をみつめるメディア

はじめに

米連邦議会の上下両院で実施された今般の公聴会は、コロナ対応としての危機対策の評価が目的であったが、債務上限への対応を巡る政治的な議論が中心となった。それでも、危機対策の実施面での課題や金融政策の正常化を巡る興味深い議論もあった。

債務上限への対応

上院(9月28日:銀行・住宅・都市問題委員会)と下院(9月30日:金融サービス委員会)の双方における民主党と共和党の各々の主張は、全体として米国で報道されてきた通りであった。

つまり、共和党側は、バイデン政権による更なる歳出拡大(3.5兆ドルの経済政策)を可能とするための措置であり、予算法案と債務上限の引上げを一体化すれば、Reconciliationによって単純多数決での議決が可能である以上、民主党が自らの責任で対応すべきと主張した。民主党側は、直近の債務上限に到達したのはトランプ政権による歳出拡張が主因であるとして、これまでの慣例に従って超党派で責任ある対応をすべきと主張した。

その意味でも、公聴会では危機対策としての財政支出が所期の効果を挙げたかどうかを議論すべきであったが、双方の委員会ともに質疑ではこの点が殆ど取り上げられず、イエレン財務長官とパウエル議長による冒頭説明が意義を強調したことが目立った。この点には、危機対策の多くの部分がトランプ政権下で成立したCARES法に基づいて執行された皮肉な構造も関係している。

一方で、イエレン財務長官とパウエル議長は、いかなる理由であれ連邦政府の歳出が止まれば、社会保障給付等の停止を通じて国民生活に深刻な影響を与えるだけでなく、国債に起因する広範な金利上昇を通じて経済活動を阻害し、長い目で見たドルの信認にも影響するなど金融経済に破壊的な影響が生ずるとして、繰り返し適切な対応を求めた。

財政健全化の観点では、上院のシェルビー議員がバイデン政権による所得税増税が自営業者に打撃をもたらすと指摘したほか、下院のムーニー議員は法人税率の引上げに懸念を示すなど共和党側の批判が目立った。イエレン財務長官は、前者は職種を通じた負担の公平化が重要と反論したほか、後者は最低基準に関する国際合意によって、米国企業の競争力は守られると説明した。

より長期的な観点で興味深かったのは、連邦債務の水準自体に関する評価である。上院のラウンズ議員(共和党)や下院のバッド議員(共和党)の質問に対しイエレン財務長官は、債務残高の対GDP比が歴史的な高水準にある点を認めつつ、長い目で見て正常化に向かうとの楽観的見通しを示した。加えて、金利負担(国債費)の水準の方がより重要であり、前会計年度は実質でマイナスに転じたほか、エコノミストの間では低金利環境が当面維持されるとの見方が強いと主張した。

危機対策の評価

本来の目的である危機対策の評価に関する議論は限定的であったが、下院では共和党(ワグナー議員等)と民主党(ウォルターズ委員長等)の双方が、バイデン政権のAmerican Rescue Plan法によって導入された不動産の賃貸料支援の執行が、顕著に遅延している点を批判した点が目立った。

イエレン議長は直近時点での歳出の執行残が8割超もある点を陳謝した上で、執行手続きの煩雑さや実際の執行に当たる地方政府の理解不足、支援額の算定のための損失評価の困難さなどを理由として指摘し、改善の努力を続けていると釈明した。

FRBに関しては、下院のダビッドソン議員(共和党)が、地方債買入れの実施が2先に止まった点に言及しつつ、連邦準備法13条(3)による対応の適切さを質した。これに対しパウエル議長は、同法に基づいて実施された一連の措置は金融仲介の維持に貢献したとの評価を確認した。加えて、財務省による(equity部分の)資金供与や各対策の条件設定は適切であったとの考えを説明した。

金融規制の運営

公聴会の趣旨を踏まえると、危機対策としての金融規制の一時的な緩和の評価も論点となるべきだったが、当方がカバーした範囲内(両委員会の冒頭約90分)では目立った議論がなかった。

一方で、米国メディアの多くが取り上げたのはウォーレン議員(上院・民主党)の主張である。つまり、ストレステストの運用の緩和(利益の社外流出抑制の緩和)、ファミリーオフィス(ヘッジファンドの一種)に対する不十分な監督、流動性比率規制の緩和等を挙げてパウエル議長の対応を批判した。

パウエル議長は、大手銀行の自己資本比率が極めて高い点やボルカールールは複雑すぎて執行に課題があった点を説明したが、 ウォーレン議員はパウエル議長を「危険人物」と評し、来年2月の再任への反対を明言した。しかも、直後に共和党のラウンズ議員が再任を支持すると明言するなど、パウエル議長がトランプ政権によって任命されたことを図らずも再認識させられる流れとなった。

インフレの評価

共和党側は、上院(トゥーミー議員やケネディ議員) と下院(ワグナー議員やバッド議員)の双方で、インフレ率の上昇が国民の生活を圧迫しており、かつそれが持続するリスクに懸念を示した。このような議論は、「過度な」金融緩和に対する共和党の批判的姿勢を背景としており、「正常化」を促す意味合いを有する。

パウエル議長は、その主因が供給制約にあり、FRBの金融政策では直接的に対応できない点を求めつつも、価格上昇は一部の財に限定されており、かつ来年にかけて問題は緩和していくとの楽観的な見方を示した。

その上でシェルビー議員(上院・共和党)はCovid-19の下でPhilips Curveに変化が生じているのではないかと主張し、物価と雇用のトレードオフの悪化の可能性を示唆したのに対し、パウエル議長はこうした可能性を否定するとともに、Philips Curveの関係が金融政策運営の支障になっている訳ではないと説明した。

ダイバーシティの促進

民主党の価値観に照らして当然ではあるが、上院のブラウン委員長やメネンデス議員、下院のウォルターズ委員長やビーティー議員など多くがこの点を挙げ、特にFRBの現状が問題視されたことは印象的であった。

パウエル議長は理事会とスタッフの双方ともにダイバーシティを推進することの重要性を認め、努力してきたことを説明したが、各議員からは実績が伴っていない点に批判的な指摘が目立った。

 

プロフィール

  • 井上 哲也のポートレート

    井上 哲也

    金融デジタルビジネスリサーチ部

    シニアチーフリサーチャー

    

    内外金融市場の調査やこれに関わる政策の企画、邦銀国際部門のモニタリングなどを中心とする20年超に亘る中央銀行での執務経験と、国内外の当局や金融機関、研究機関、金融メディアに構築した人脈を活かして、中央銀行の政策対応(”central banking”)に関する議論に貢献。そのための場として「金融市場パネル」を運営し、議論の成果を内外の有識者と幅広く共有するほか、各種のメディアを通じた情報と意見の発信を行っている。2012年には、姉妹パネルとして「バンキングパネル」と「日中金融円卓会合」も立ち上げ、日本の経験を踏まえた商業銀行機能のあり方や中国への教訓といった領域へとカバレッジを広げている。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。