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はじめに

国際決済銀行(BIS)の支払・市場インフラ委員会(CPMI)は、金融市場インフラの満たすべき国際標準(PFMI)をStablecoinに適用する際の考え方の案を取りまとめ、パブリックコメントの募集を開始した。

金融市場インフラ(FMI)としてのStablecoin

BIS(CPMI)は、金融市場インフラ(FMI)を「資金の支払、証券やデリバティブ等の金融取引をクリアリング、決済ないし記録するための、参加機関によるmultilateralなシステム」と定義している。

そこで、Stablecoinの枠組み(SA)が「資金移転の機能(transfer function)」を有する点-システムの運営やcoinの移転、取引の認証等に関するルールを設定する点を含む-をもとに、FMIとみなされるとの理解を示した。従って、金融監督の「functional approach(同じビジネス、同じリスクに同じルールを適用)」に基づき、PFMIをSAにも適用すべきとの方針を示した。

もっとも、SAには従来のFMIと異なる特徴-①中央銀行マネーや銀行預金以外の決済手段を使用、②複数の主体が運営を分担、③分散的ないし自動的な技術を採用-がある点も認め、 PFMIをSAに適用する際の考え方を示すことが必要と説明した。

システミックに重要なSA

PFMIはFMIの中でシステミックに重要なものに適用される。その定義として、i)各国内で唯一ないし規模の面で主要なもの、ii)時間制約が強く、高額な支払を扱うもの、iii)他のシステミックに重要なFMIでの決済に関わる支払を扱うものと規定している。そこで、PFMIを適用するために、システミックに重要なSA(SISA)を定義する必要がある。CPMIは以下の案を提示している。

第一にSAの規模であり、利用者数や取引件数と金額、流通額の大きさである。第二にSAの利用者の属性や取引内容である。後者として、a)取引の時間制約、b)個別取引の規模、c)取引目的(クロスボーダー、金融取引、外為取引等)、d)SAおよび準備資産の通貨を挙げている。第三に相互依存性であり、他のシステミ ックに重要なFMIや金融機関、実体経済や政府との関係、SAのビジネスや構造と運営面での複雑さである。第四にSAに対する代替手段の存在如何である。

システミックに重要なSAに対する国際標準の適用

CPMIは、上記を満たすSISAに対し、PFMIの全ての関連する条項を適用すべきとした。その上で、先に見たようにSAが従来のFMIとは異なる特徴を有する点を踏まて、主として以下の4点に関し、適用に際しての考え方を示した。

最初のポイントはガバナンスである。 PFMIの原則2は、FMIが自身の責務や説明責任、取締役会や役員の役割や責務を明確に規定した文書を作成し、公表すべきことを規定している。加えて、 FMIの運営主体に対する他企業の所有関係にも、FMIがPMFIを順守することを妨げない組織構造を求めている。

一方、SAはガバナンスが分散し、運営主体が存在しないこともあるほか、従来のFMIのように環境変化に応じた設計や運営の変更が難しい場合もある。また、相互依存のため、あるSAのガバナンスは他のSAによる影響を受ける可能性がある。

このためCPMIは、SISAが、①自然人によって制御され責任能力のある法人に所有され運営されるなど、明確な責任と説明責任を果たしうる所有の構造や運営、②上記の原則2の順守に必要な所有と運営の構造、を検討すべきとした。

第二のポイントはリスクの包括的管理である。 PFMIの原則3は、 FMIが参加機関や利用者にリスクをもたらす点を踏まえ、リーガル、信用、流動性、オペレーション等のリスクを包括的に管理する枠組みを保有するよう求めている。

一方でSAは、通貨の発行や償還、利用者との取引などPFMIの対象外の機能も有し、FMIとしての機能との間でリスクを伝播しあう可能性がある。このためCPMIは、SISAに対し、FMI以外の機能やそのリスクを定期的に見直すよう求めている。

第三のポイントは支払のfinalityである。 PFMIの原則8は、finalityを「資産や金融手段の変更不能かつ無条件な移転、あるいは裏付取引の条件に即したFMIや参加者の責務からの解放」と定義している。finalityの明確さや確実さは決済リスクの削減に不可欠であり、取引日の終了までに決済を終えるべきとしている。

もっともSAは、決済や取引を技術的に巻き戻す可能性がある結果、法的なfinalityと技術的な決済に乖離が生じ、SAの運営に責任を有する法人が存在しない場合に問題は深刻になる。そこでCPMIは、SISAに、①台帳での資金移動が変更不能となり、技術的に決済が行われる時点の明確な定義、②技術的な決済と法的なfinalityとの乖離やそれに伴う潜在的な損失への対応に関する透明性の確保、を求めている。

第四のポイントは資金の決済である。 PFMIの原則9は、実用的かつ利用可能である場合は中央銀行マネーで資金決済を行うべきとし、民間銀行マネーを使用する場合は信用リスクと流動性リスクを最小化することを求めている。

一方、SAはStablecoin自体を決済手段として使用する。これらは、1)銀行預金、2)中央銀行預金、3)カストディアンに置かれた安全で流動的な準備資産に裏付けられているが、保有者の権利は契約や適用される法律、規制や監督に大きな影響を受ける。また、SAでは通貨の発行者と決済の提供者が異なる結果、利用者は複数のリスクに晒されるほか、「取付け」の際の準備資産のfire-saleはStablecoinの価値を毀損する恐れもある。

このためCPMIは、SISAで使われるStablecoinの信用リスクや流動性リスクを最小化するためのポイントを例示した。

具体的には以下の6点である。

  1. 保有者やSAの参加者の準備資産に対する権利や利益に関する明確さや執行可能性
  2. 準備資産の性質や十分さ
  3. 平時と緊急時の双方での準備資産の流動性資産への転換プロセスの明確さや頑健性、タイムリーさ
  4. 発行者や決済の提供者、準備資産のカストディアンの信認や自己資本、流動性へのアクセスやオペレーションの信頼性
  5. 発行者や準備資産のカストディアンへの規制や監督の十分さ
  6. 信用リスクや流動性リスクを抑制する手段の存在(コミットメントライン活用のための担保の保有、第三者機関による保証、発行者の破綻や価値減価の場合の損失分担の手続きなど)

 

プロフィール

  • 井上 哲也のポートレート

    井上 哲也

    金融デジタルビジネスリサーチ部

    シニアチーフリサーチャー

    

    内外金融市場の調査やこれに関わる政策の企画、邦銀国際部門のモニタリングなどを中心とする20年超に亘る中央銀行での執務経験と、国内外の当局や金融機関、研究機関、金融メディアに構築した人脈を活かして、中央銀行の政策対応(”central banking”)に関する議論に貢献。そのための場として「金融市場パネル」を運営し、議論の成果を内外の有識者と幅広く共有するほか、各種のメディアを通じた情報と意見の発信を行っている。2012年には、姉妹パネルとして「バンキングパネル」と「日中金融円卓会合」も立ち上げ、日本の経験を踏まえた商業銀行機能のあり方や中国への教訓といった領域へとカバレッジを広げている。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。