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野村総合研究所と
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はじめに

11月のFOMCは資産買入れのテーパリングを決定したが、今後の経済情勢次第ではテーパリングのペースを加速させる可能性も既に議論されていた点が注目される。

経済情勢の評価

FOMCメンバーは、ワクチン接種の進捗と経済対策の効果によって経済の拡大が続いていると概観した。また、第3四半期にはCovid-19の感染再拡大のためペースが減速したが、足許では感染抑制に伴ってモメンタムが回復していると評価した。

このうち家計は、バランスシートの健全さや緩和的な金融環境にも支えられて消費需要が強く、Covid-19の感染再拡大に伴う支出構成のシフトの遅延もあって、消費財の需給バランスを一層タイト化しているとの見方を示した。

この間、企業のサプライチェーン問題や労働不足は広範な部門に拡大し、製造コストの上昇や在庫の払底を伴っていると指摘した。このため多くの企業が販売価格の引上げや受注の拒否、サプライチェーンの再構築や高価な輸送手段の採用等の対応を余儀なくされ、供給制約が想定以上に長期化するとの判断を示した。

また、FOMCメンバーは労働市場の改善の継続を確認し、地区連銀総裁からは、新規雇用や雇用継続の困難さが指摘されたほか、賃金引上げとビジネスの自動化といった対応の現状が示された。一部のメンバーは、退職や未充足求人、賃金上昇率をもとに労働需給が極めてタイトとの理解を示したほか、労働参加率の低下も、構造的な低下による可能性とCovid-19に伴う要因による可能性の双方の見方が示された。

その上で、実体経済に関する不確実性は、労働市場や供給制約を中心に引続き高いと評価し、上方リスクとして家計貯蓄の取り崩し、下方リスクとしてCovid-19の感染再拡大が挙げられた。

物価情勢の評価

FOMCメンバーは、総じて(generally)インフレ率上昇が一時的要因によると評価しつつ、インフレ圧力の緩和には想定以上の時間を要すると判断した。また、Covid-19の感染再拡大が、供給制約の悪化と財需要の下支えを通じてインフレ圧力を強めた可能性を指摘したほか、エネルギー価格や名目賃金、賃貸価格の上昇も要因として挙げた。

インフレ圧力は供給制約の緩和に伴い2022年に減速するとの見方が概ね(generally)維持されたが、その不確実性が高まったとの認識を示した。多く(many)のメンバーが、インフレ圧力が長期化しうる要素として、Covid-19以前からの平均でもインフレ率が2%を超えた点や企業がコスト上昇を販売価格に転嫁する可能性、名目賃金の労働需給への感応度が上昇する可能性、緩和的な金融環境の影響などを挙げた。

これに対し、他の数名(some other)のメンバーは、物価上昇はCovid-19に起因する面が多く、供給制約とともに解消するとの見方を示したほか、賃金と価格の関係など物価の構造には変化がなく、インフレ率を中期的に2%に低下させる要因が既に作用し始めているとの考えを示した。

その上で、多く(a number of)のメンバーが、足許のインフレの高騰によって家計の長期インフレ期待がインフレ目標と整合的でない水準に上昇し、中期的なインフレ目標の達成を困難化するリスクを指摘した。2名(a couple of)のメンバーが、サーベイベースと市場ベースの双方の指標の上昇を指摘した一方、他の数名(several others)のメンバーは、中短期の指標は足許のインフレ率に反応しやすく、そうした感応度には変化がないと指摘したほか、TIPS利回りによるより長期の指標はインフレ目標と整合的な水準に安定していると反論した。

これらを踏まえ、先行きのリスクについては、財需要の強さや労働市場のタイトさを含む上方要因が指摘された。

金融環境の評価

11月のFOMCは執行部による金融環境の評価が示される会合であり、FOMCメンバーからも若干の議論があった。2名(a couple of)のメンバーは、銀行の自己資本や流動性が頑健であり、住宅価格の上昇に拘らずモーゲージ与信の条件が緩和されていない点を評価した。

別の2名(a couple of)のメンバーは、広範な資産におけるバリュエーションの高さや銀行によるノンバンク向け与信の拡大、CCPにおける担保資産の流動性の顕著な低下といった点を金融システムの潜在的な脆弱性として指摘した。また、支払・決済システムへのサイバー攻撃に備えることの重要性や、Stablecoinによる資金の満期構成の変換のリスクなども指摘された。

金融政策の判断

FOMCメンバーは昨年12月に決定した条件-政策目標の達成に向けた更なる顕著な前進-が物価と雇用の双方で満たされたとし、資産買入れのテーパリング開始を全会一致で決定した。

ペースについては、国債を100億ドル/月、MBSを50億ドル/月とすることを概ね(generally)支持したが、数名(some)のメンバーは資産買入れの終了を早期化させるべく、幾分早いペースへの支持を表明した。この点に関しては、テーパリングの開始は利上げ開始に対する直接的なサインでなく、利上げ開始には別の厳格な条件の達成が必要と指摘がなされた。

もっともFOMCメンバーは、現在の不確実な経済環境の下ではリスクマネジメントの観点から政策運営の柔軟性が重要であると強調した。数名(some)のメンバーが、合計150億ドル/月以上のペースで減額することが、インフレ圧力に対する政策金利の調整余地を拡大すると主張した。また、多様(various)なメンバーは、インフレ率が中期目標を上回り続ける場合、資産買入れの減額ペースを調整し、想定より早く利上げを行うよう備えるべきと指摘した。

一方で、多く(a number of)のメンバーは、サプライチェーンや生産、Covid-19の先行きに引続き不透明性が高い下で、供給制約の展開やその労働市場や物価に与える影響などを慎重に評価する上で忍耐強い(patient)な姿勢が引続き重要と指摘した。もっとも同時に、長期の物価安定や雇用の目標達成にリスクを生ずるインフレ圧力に対応するため、躊躇なく適切な対応を採る考えも付言した。

 

プロフィール

  • 井上 哲也のポートレート

    井上 哲也

    金融デジタルビジネスリサーチ部

    シニアチーフリサーチャー

    

    内外金融市場の調査やこれに関わる政策の企画、邦銀国際部門のモニタリングなどを中心とする20年超に亘る中央銀行での執務経験と、国内外の当局や金融機関、研究機関、金融メディアに構築した人脈を活かして、中央銀行の政策対応(”central banking”)に関する議論に貢献。そのための場として「金融市場パネル」を運営し、議論の成果を内外の有識者と幅広く共有するほか、各種のメディアを通じた情報と意見の発信を行っている。2012年には、姉妹パネルとして「バンキングパネル」と「日中金融円卓会合」も立ち上げ、日本の経験を踏まえた商業銀行機能のあり方や中国への教訓といった領域へとカバレッジを広げている。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。