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はじめに

ECBは今回(2月)の政策理事会で、金融政策の現状維持を決定した。もっともラガルド総裁は、今後のインフレ動向によって年内利上げもありうる点を明確に否定しなかったほか、次回(3月)会合で資産買入れのペースを再検討する可能性も示唆した。

経済情勢の評価

ラガルド総裁は、冒頭説明で、第1四半期はオミクロン株の感染拡大、供給制約の残存、エネルギー価格の高騰による消費や設備投資への影響によって景気が減速するものの、その後は雇用と所得の拡大を背景とする消費の回復、外需の増加等を背景に回復軌道に復するとの見方を示した。

また、先行きのリスクは上下に概ねバランスしているとして、上方リスクとして家計貯蓄の取り崩しの加速、下方リスクとして、コロナの今後の展開、地政学リスクの高まり、エネルギー価格の高騰や供給制約の長期化を挙げた。

物価情勢の評価

同じく冒頭説明でラガルド総裁は、現在の高インフレが当面続くとの見方を確認しつつ、エネルギー価格の寄与が過半を占めるものの、肥料や輸送コストの上昇によって食品価格に波及するなど、多くの財やサービスに影響し始めた点に注意を向けた。

また、現時点ではECBも市場も、本年中にはエネルギー価格の反落と供給制約の緩和によりインフレ率が減速すると予想しているが、そうした見通しの不透明性が高まったことも認め、先行きの上方リスクは前回(12月)会合時より高いと評価した。

もっとも、中長期のインフレ期待は依然として物価目標と整合的とみられるほか、賃金上昇が抑制されている点で二次的効果も生じていないとの理解も示した。

質疑応答では、今回(1月)会合での理事会メンバーによるインフレ警戒感の強まりを問う質問があり、ラガルド総裁は高インフレへの懸念が共有された点を認め、その内容や背景について徹底的に議論したと説明した。その上でラガルド総裁は、高インフレの中期的な展望を判断する上では新たなデータが必要であると指摘し、次回(3月)の政策理事会に示される見通しの重要性を示唆した。

また、ラガルド総裁は、今回(2月)のMPCで追加利上げと保有資産の縮小を決定したBOEとの比較に関する質問に答える形で、ユーロ圏と英国は賃金上昇率が構造的に異なるだけでなく、今回の英国はBrexitに伴う欧州出身労働者の帰国が、コロナによる労働力不足を一層深刻化させている点が、賃金上昇の顕著な違いにつながっているとの理解を示した。

さらに別の記者が、ウクライナ情勢の緊迫化がインフレ圧力を増すことに懸念を示したのに対し、ラガルド総裁は、エネルギー価格の一層の上昇を招く恐れを認めつつ、実質購買力や企業収益の圧迫を通じて消費や設備投資を下押しするリスクにも懸念を示し、次回(3月)会合での経済見通しでは地政学的リスクの影響を考慮する方針を示した。

なお、質疑応答では、ECBの執行部による物価見通しが連続して過小評価となっている点に懸念を示す向きもみられたが、 ラガルド総裁は見通しを作成する上での仮定やモデルは十分合理的と反論したほか、民間エコノミストの予想の多くも同様な結果に直面していると指摘した。その上で、執行部見通しは理事会メンバーによる議論のベースであり、前例のない経済状況では理事会での裁量的な判断が重要との考えを示した。

金融環境の評価

PEPPは予定通り3月末で終了するので相対的な重要度は低下したが、ラガルド総裁は、冒頭説明で金融環境が緩和的に維持されている点を確認した。

具体的には銀行貸出金利が歴史的低水準を維持する中、住宅貸付の需要が強いほか、企業向け貸付の需要も供給制約への対応も含めて回復しているとした。また、銀行の信用コストは抑制され、リスクテイク姿勢も適切に維持されていると評価した。

質疑応答では、ECBによる資産買入れの縮小が、域内国間での国債利回りのスプレッド拡大に繋がる懸念も示されたが 、 ラガルド総裁は財政政策の柔軟性は高まっているとして、そうした懸念を否定した。

政策判断

今回(2月)の政策理事会は金融緩和の現状維持を決定したが、冒頭説明には微妙な修正も加えられた。つまり、ECBとして中期のインフレ目標の達成のために全ての政策手段を行使する用意があるという表現から、「双方向に(in either direction)」という語が削除された。ラガルド総裁は、記者の質問に答える形で、もはや低インフレ環境ではない点を反映したと説明し、政策のバイアスが上方にある点を確認した。

質疑応答では、複数の記者が年内利上げを否定するスタンスを確認したが、ラガルド総裁は、そうしたコメントは12月時点の経済見通しを前提としたものと再三説明し、見通しが変われば変わりうる点を示唆した。また、利上げはフォワードガイダンスと物価見通しに即して決める原則を確認しつつ、フォワードガイダンスの達成に近付いている点も認め、3月や6月の政策理事会に示される新たな見通しの重要性が高まっている点を示唆した。

一方でラガルド総裁も、利上げ開始までにはAPPによる資産買入れの減速と終了を順次進める必要がある点(sequence)を確認した。加えて、以前よりも想定する間隔が短くなった可能性を認めつつも、資産買入れは利上げ開始の少し以前(shortly before)に終了することが、APPに関する現在のフォワードガイダンスである点も指摘した。

また、ラガルド総裁は、質疑応答の最後で特にコメントし、米国の総需要はコロナ前の3割増であるのに対し、ユーロ圏はようやくコロナ前の水準を回復した点を強調するとともに、主因が財政支出の相対的な大きさと、それによる消費拡大への影響にあるとの理解を示した。ラガルド総裁はそれ以上コメントしなかったが、 FRBの利上げにECBが追随するはずとの単純な思惑を抑制する意図があったと思われる。

その上でラガルド総裁は、4月以降の四半期ごとのAPPによる資産買入れ額やその減少ペースを次回(3月)の政策理事会で再検討する見通しを示唆した。一方で、前回(12月)会合の議事要旨でみられたPEPPの再投資期間(2024年末)の見直しを巡る議論は、今回の質疑では取り上げられなかった。

 

プロフィール

  • 井上 哲也のポートレート

    井上 哲也

    金融デジタルビジネスリサーチ部

    シニアチーフリサーチャー

    

    内外金融市場の調査やこれに関わる政策の企画、邦銀国際部門のモニタリングなどを中心とする20年超に亘る中央銀行での執務経験と、国内外の当局や金融機関、研究機関、金融メディアに構築した人脈を活かして、中央銀行の政策対応(”central banking”)に関する議論に貢献。そのための場として「金融市場パネル」を運営し、議論の成果を内外の有識者と幅広く共有するほか、各種のメディアを通じた情報と意見の発信を行っている。2012年には、姉妹パネルとして「バンキングパネル」と「日中金融円卓会合」も立ち上げ、日本の経験を踏まえた商業銀行機能のあり方や中国への教訓といった領域へとカバレッジを広げている。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。