&N 未来創発ラボ

野村総合研究所と
今を語り、未来をみつめるメディア

はじめに

パウエル議長は議会証言(下院金融サービス委員会)で、3月FOMCでの25bpの利上げの意向を確認した。一方で、ウクライナ情勢と対ロシア制裁が米国の金融経済に与える影響は極めて不透明と指摘し、今後の政策について経済指標や経済見通しの展開に応じて機敏に運営する必要性も強調した。

ウクライナ情勢の影響(実体経済)

米国経済全体への影響は現時点で不透明である中で、共和党のワグナー議員やルーカス議員はエネルギー価格への影響に焦点を当てた。これには、オバマ政権が環境問題等を理由にKeystone Pipelineの建設を差し止めるなど、国内のエネルギー政策を誤ったことが、今回の事態に対する脆弱性を増したとの批判を展開する意図がある。

パウエル議長は、ウクライナ情勢の深刻化以前からエネルギー価格に上昇圧力があった点を認めつつ、今回の事態で原油や天然ガスの価格にさらなる上昇圧力がかかることに懸念を示した。もっとも、インフレ率との関係では、価格水準と上昇率の問題を区別して考えることが必要とも付言し、インフレ率の加速に寄与し続けることには懐疑的な見方も示唆した。

ウクライナ情勢の影響(金融システム)

この問題のもう一つの焦点は、対ロシアでの金融制裁が金融システムに与える影響であった。民主党ではバルガス議員、共和党ではワグナー議員やルーカス議員などが取り上げ、FRBによる具体的な対応の内容や影響を質した。

パウエル議長は、ロシアの主要な民間銀行のSWIFTからの排除等の措置が前代未聞の強力な内容である点を指摘しつつ、本件に関する政策判断は財務省の責務であり、FRBは技術的な支援を行っていると説明した。一方で、FRB自身は米国の銀行に対してサイバー攻撃への対応を強化するよう求めていると付言した。

また、米国の銀行による対ロシアの直接の取引は大きくない点を確認するとともに、米国の銀行システムの流動性や自己資本は潤沢であり、今後のストレスに対しても十分な頑健性を有するとの評価を示した。同時に、主要国の中央銀行と密接な情報交換を続けているほか、Covid-19の対応として導入したドル資金のレポファシリティーが国際金融市場の安定に寄与すると説明した。

暗号資産への意味合い

ウクライナ情勢による金融面での影響に関しては、ウォーターズ委員長やフォスター議員、バルガス議員、マロニー議員など民主党側が、ロシアが金融制裁を回避するために暗号資産を活用しているとの疑念を示した。筆者は、今月のロイターへの寄稿(2月24日配信)で、デジタル時代の金融制裁のあり方を将来に向けた課題として取り上げたが、米欧のメディアはこうした問題が既に顕在化しているとの報道を展開している。

パウエル議長は、そうした報道が真実であるかどうかの情報を有していないと説明しつつ、通貨のような公共サービスには通信や交通と同じく一定の規制が必要との考えを確認した。一方で、対策としてCBDCの導入が有用かどうかとの問いに対しては、CBDCは不正な目的に使用されない枠組みを有するべきであるとしつつ、より幅広い観点から便益とコストを比較すべきと指摘した。

また、金融制裁の長期的な影響として、ロシアだけでなく中国等が米ドルを用いない独自の国際決済網を構築する可能性に関しては、米ドルの国際通貨としての地位は資本取引の開放や高い流動性を有する金融市場、法の支配といった要素に支えられており、そうした優位性は維持されるだけに、米ドルを中心とするエコシステムに変化が生ずるとは思えないと反論した。

インフレの原因と影響

ウクライナ情勢の影響がなくても既に高騰しているインフレの原因や影響についても、多くの議員が取り上げた。

民主党側は、ウォーターズ委員長やガルシア議員などが、バイデン大統領によるState of Unionの演説を引用しつつ、消費財を中心に大企業がコスト上昇を価格に転嫁している点を独占的地位の濫用であると批判した。また、住宅価格と賃貸料の上昇が生活費の負担を招いている点を強調し、低所得者向けの住宅供給の増加が必要との主張を展開した。

これに対しパウエル議長は、今回のインフレが供給制約だけでなく、需要の急回復による面もある点を確認した。また、住宅価格の上昇は、資材価格や賃金の上昇、需要の増加など多様な要因による一方、金利が上昇していけば価格の抑制に一定の効果を持つとの理解を示した。

一方で共和党側は、 マクヘンリー 議員やバー議員、 ラウダーミルク 議員などが、バイデン政権による数次にわたる財政出動がインフレを深刻化させたと批判し、こうした状況では、供給制約が緩和されてもインフレ圧力は低下しにくいとの懸念を示した。

これに対しパウエル議長は、Covid-19問題から経済を回復させるには政策対応が必要であった点を確認しつつ、財政政策の内容にはコメントしないとして直接的な評価を避けた。また、共和党のクストフ議員が、1970~80年代のような高インフレに陥るとの懸念を示したのに対し、パウエル議長は金融政策による総需要の抑制は可能であり、かつFRBによる物価安定の責務が明確化された点で当時とは状況が異なると説明した。

金融政策の運営

パウエル議長は、冒頭説明で、デュアルマンデートの達成を踏まえて3月FOMCで利上げを開始する方針を確認した。また、共和党の マクヘンリー 議員が、3月FOMCの具体的な展望を質したのに対し、パウエル議長は25bpの利上げが適切とした上で、保有資産の削減内容にも合意を得るとの見通しを示した。

同時に、冒頭説明では金融政策を今後の展開に即して機敏に運営する考えを確認したほか、 マクヘンリー 議員に対しても、ウクライナ情勢によってインフレ圧力とリスクセンチメントが変化しうる点を認め、その後も慎重に利上げを進める考えを示した。また、共和党のワグナー議員に対しては、今後の不透明性の高さを映じて複数の経済見通しを想定せざるを得ないと回答した。一方で、民主党のニコラス議員がBehind the curveのリスクを指摘したのに対し、パウエル議長は現時点では市場と適切に理解を共有していると反論した。

 

プロフィール

  • 井上 哲也のポートレート

    井上 哲也

    金融デジタルビジネスリサーチ部

    シニアチーフリサーチャー

    

    内外金融市場の調査やこれに関わる政策の企画、邦銀国際部門のモニタリングなどを中心とする20年超に亘る中央銀行での執務経験と、国内外の当局や金融機関、研究機関、金融メディアに構築した人脈を活かして、中央銀行の政策対応(”central banking”)に関する議論に貢献。そのための場として「金融市場パネル」を運営し、議論の成果を内外の有識者と幅広く共有するほか、各種のメディアを通じた情報と意見の発信を行っている。2012年には、姉妹パネルとして「バンキングパネル」と「日中金融円卓会合」も立ち上げ、日本の経験を踏まえた商業銀行機能のあり方や中国への教訓といった領域へとカバレッジを広げている。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。