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はじめに

カンザスシティ連銀主催のジャクソンホール会議でのパウエル議長の講演は、今後のFOMCでは、リスクマネジメントの観点から、更なる利上げか政策金利の維持かを慎重に決める方針を確認した。

物価情勢の評価

パウエル議長は、金融引締めによる総需要の減速と、総供給の回復の双方によってインフレ率が減速している点を確認しつつ、こうしたプロセスはまだ作用し続ける必要があるとした。

その上で、PCEインフレ率の2022年初以降の加速がもっぱらウクライナ情勢に伴うエネルギーと食料品価格の高騰に起因していたと説明した。また、これらの要素は、今後も世界情勢によって不安定であり続ける可能性を示唆するともに、インフレの先行きに対してミスリーディングな意味合いを持ちうると指摘した。

このため、PCEコアインフレ率に焦点を絞ることの重要性を示唆した上で、足元の減速を歓迎しつつも、こうした傾向がどの程度続くか、あるいは基調的インフレ率がどの程度で安定するかには不透明性が残るとの見方を強調した。

そして、物価安定に向けた要素を、いつものようにコア財と住居サービス、コアサービスの3つに分けて議論した。

まず、コア財のインフレ率は、耐久財を中心に急減速しており、金融引締めと需給の不均衡の緩やかな緩和の双方が作用していると説明した。もっとも、足元でもコア財のインフレ率はコロナ前より高い点にも懸念を示した。

住居サービスに関しては、利上げ開始直後から、住宅建設着工や住宅販売、住宅価格に影響が生じ、賃貸料の上昇率も減速を続けている点を確認した。その上で、住居費の減速には、従前の例と同じく時間的なラグがあるだけに、足元でようやくデータに反映され始め、今後も影響が継続するとの見方を確認した。

最後にコアサービスについては、コアPCEの半分以上のウエイトを有する重要な要素である点を指摘した上で、インフレ率の減速が緩やかに止まっている点を確認した。その理由として、グローバルなサプライチェーンや金利環境に対する感応度が相対的に低い点と、労働集約的であるためタイトな労働市場に影響されている点を挙げた。

その上で、コアサービスについても、引締め的な金融政策が需要と供給の不均衡とを時間をかけて改善するとの期待を示した。

経済情勢の見通し

パウエル議長は、コロナ関連の歪みの解消がインフレ率を下押しし続けるとしても、今後は引き締め的な金融政策がより重要な役割を果たすとの考えを示した。また、インフレ目標の達成には、トレンド以下の経済成長率と労働市場の幾分の軟化が必要との見方も確認した。

その上で、まず、金融環境のタイト化が経済成長見通しの低下に繋がっていると指摘した、具体的には、昨年のジャクソンホール会合以降に、2年の実質金利は約250bp、長期の実質金利は約150bp上昇したほか、銀行の貸出姿勢はタイト化し、銀行貸出の増加率も急減速したと説明した。

そして、金融環境の広範なタイト化が工業生産や住宅投資の減速といった通常の反応を招来した点も確認した一方で、想定したほどには経済活動が減速していないとの見方も示した。

具体的には、GDP成長率が予想と長期トレンドの双方を上回って推移し、特に消費支出が強い点を指摘したほか、住宅部門も18か月にわたる急減速の後、足元で回復の兆しを見せている点にも言及した。

その上で、トレンド以上の経済成長が続けば、インフレ抑制にリスクが生じ、金融政策の更なる引締めが必要になるとの考えを示した。

一方、労働市場でも需給の不均衡が緩和しつつあるが、依然として不十分との理解を示した。このうち労働供給は、prime-ageの労働参加率の上昇や移民の回復等によって改善した点を確認した。労働需要も、未充足求人が高水準ながら減速し、雇用者数の増加ペースの減速や労働時間の横ばい化などの面で減速した点を確認した。

こうした需給の緩和が広範な指標で見た賃金上昇率の減速に寄与しているとの理解を示しつつ、インフレ率の減速によって、実質賃金はむしろ増加している点に注意を示した。

これらを踏まえ、労働需給の緩和は今後も継続するとの期待を示したが、それが停滞すれば金融引締めが必要となる点も付言した。

リスクマネジメントによる政策運営

パウエル議長は、中期的にインフレ率を抑制するには、十分に引き締め的な金融政策を維持すること必要としつつも、引締めの十分さをリアルタイムに把握することは困難との考えを示した。

その理由として、①実質(政策)金利はプラス、かつ中立金利の代表的な推計よりも十分高いが、中立金利の正確な把握は困難、 ②金融引締めが経済活動と物価に影響を及ぼす時間的ラグには不確実性が存在、③今回の局面では総需要と総供給の不均衡が物価と労働市場の動向に影響、の3点を挙げた。

このうち②については、既に大幅な利上げと保有資産の削減を実施しただけに、今後に顕著な影響が生じうるとの見方を示した。また、③については、失業の増加を伴わずに未充足求人が減少したり、インフレ率の労働需給への感応度が高いといった今回の局面に固有の現象を指摘した。

パウエル議長は、これらの要素によって、金融政策の引締め過ぎのリスクと不十分な引締めとなるリスクのバランスをとることが困難になっているとの見方を示した。

このため、政策運営におけるリスクマネジメントの考慮が重要になったとの理解を強調し、今後のFOMC会合では、経済データの全体像と、経済見通しおよびそのリスクを評価する方針を確認した。その上で、更なる利上げを行うか、政策金利を現状のまま維持するかについては、こうした評価に基づいて慎重に決定する姿勢を示した。

 

プロフィール

  • 井上 哲也のポートレート

    井上 哲也

    金融デジタルビジネスリサーチ部

    シニアチーフリサーチャー

    

    内外金融市場の調査やこれに関わる政策の企画、邦銀国際部門のモニタリングなどを中心とする20年超に亘る中央銀行での執務経験と、国内外の当局や金融機関、研究機関、金融メディアに構築した人脈を活かして、中央銀行の政策対応(”central banking”)に関する議論に貢献。そのための場として「金融市場パネル」を運営し、議論の成果を内外の有識者と幅広く共有するほか、各種のメディアを通じた情報と意見の発信を行っている。2012年には、姉妹パネルとして「バンキングパネル」と「日中金融円卓会合」も立ち上げ、日本の経験を踏まえた商業銀行機能のあり方や中国への教訓といった領域へとカバレッジを広げている。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。