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はじめに

25bpの利下げを決定したECBの10月理事会では、景気回復の原動力を欠くとの厳しい見方が示される中、25bpの利下げは下方リスクの顕在化を防ぐ保険の意味合いを持つとした。

経済情勢の評価

理事会メンバーは、足元の経済活動が前回(9月)見通しよりやや弱いとの見方を共有した。

企業については、製造業が停滞し、サービス業も夏季の回復は一時的としたほか、設備投資の回復は遅く、輸出も弱いと評価した。また、設備投資の弱さは総需要に加え生産性にも影響するとの懸念を示したが、地政学リスクや構造要因による面も大きく、既往の金融引締めの影響だけでないとの指摘も見られた。

家計については、貯蓄率が高い点を取上げ、預金金利の高さや住宅借入金利上昇への対応、財政拡張の見通し(Ricardian効果)などの仮説を提示した。この間、労働市場は底堅いが、未充足求人が減少し、一部国で雇用削減が生じた点を確認した。

これらを踏まえて理事会メンバーからは、前回(9月)の見通しに沿った景気回復シナリオに疑問が示され、総需要の主要項目のいずれもが見通し通りに推移していないとの懸念が示された。

これに対し、実質購買力の上昇や既往の金融引締め効果の減衰に伴って消費や設備投資が回復するとの意見や、経済見通しの悪化が主としてソフトデータに依存していること、また域内国で経済成長にばらつきがあることも指摘された。

その上で、経済見通しのリスクは引続き下方に傾いていると評価し、企業や家計のセンチメントの悪化、地政学リスク、東西対立や海外経済の停滞による外需の減少、既往の金融引締めの効果を要因として挙げた。

物価情勢の評価

理事会メンバーは、インフレ率の減速が着実に進行し、中期的に目標へ収斂することへの自信を強めた。

その上で、9月のHICPインフレ率は前回(9月)の見通しを下回るものであり、2025年以前にインフレ目標に到達する、ないしは2025年にはインフレ目標を下回る可能性が示された。

これに対して、9月は変動の大きいエネルギー価格の影響が大きく、短期的な動向に過度に左右されるべきでないとの指摘や、サービス価格の上昇率は4%前後で推移し、インフレ目標への持続的収斂への勝利宣言は時期尚早との意見も示された。

また、サービス価格の先行きを見る上で賃金動向を監視する必要性を確認し、賃金上昇率は足元で減速したが、本年後半はなお高くかつ不安定との見方を示した。また、ECBの見通しでは2025年に3%以下に減速するとされるが、その大半はまだ実現していないとの指摘もあった。

理事会メンバーは、様々な指標をもとに中長期のインフレ期待が安定している点を確認した上で、インフレ見通しには上下双方のリスクがある点を議論した。

このうち上方リスクの要因としては、賃金や企業収益の増加、地政学リスク、異常気象、下方リスクの要因としては、企業や家計のセンチメントの悪化、既往の金融引締めの効果、海外経済の停滞を各々挙げた。また、経済見通しのリスクが下方に傾いている点がインフレ見通しのリスクに影響する可能性も指摘された。

金融環境の評価

理事会メンバーは、9月会合以降に短期金利が低下したが、金融市場では9月と12月に各々25bpという緩やかな利下げが予想されていたと指摘した。また、予想実質金利は短期ゾーンで低下したほか、中長期ゾーンは中立金利付近にあると評価した。

また、金融環境は依然としてタイトだが、9月の利下げは金融市場に円滑に波及し、企業や住宅向けの新規貸出金利が若干低下した点を確認した。一方、貸出金利の低下が緩やかである点は、ECBによる利上げ時に貸出金利の上昇が遅延したことの反映との見方も示された。

理事会メンバーは、銀行の貸出姿勢は依然としてタイトだが、企業の借入れ需要は2年振りにプラスに転じ、住宅借入の需要は、金利低下や住宅価格の好転を映じて引続き強い点を確認した。

金融政策の運営

理事会メンバーは、政策反応関数の3つの要素を順次検討した。

インフレ見通しに関しては、本年後半はエネルギー価格の水準効果でインフレ率が上昇するが、賃金上昇圧力の低下や既往の金融引締めの効果により2025年を通じて減速するとの見方を確認した。また、インフレの中期的な目標に向けた収斂(on track)とリスクの上下方向へのバランスに幅広く(broadly)合意した。

その上で、持続的な政策対応が必要となるほどのインフレの下振れ(undershoot)は生じにくいとの意見が示され、理由として構造要因による供給ショックの継続が挙げられた。これに対し、足元のサプライズによるインフレ見通しの低下は大きく、金融市場は下振れリスクをより意識しているとの反論があった。

次に、インフレ基調に関しては、広範な指標が前回(9月)時点と低下ないし不変であった点を確認した。その上で、国内インフレ率の高止まりがサービス価格の上昇による点も確認し、モメンタムは低下し最悪期は過ぎたとの見方と、今後の指標を注視すべきとの見方の双方が示された。また、賃金上昇率は、一時的な支払や契約のラグのため、本年中は不安定との見方が示された。

最後に、政策効果の波及については、既往の金融引締めの効果が経済活動を抑制し続けていることに概ね(generally)合意した。また、金融環境は依然としてタイトだが、足元での軟化や予想実質金利の低下によって、より早期に中立的状況になるとの見方も示された。加えて、貯蓄率や設備投資の動向を踏まえ、経済活動の金利感応度が計量モデルより強い可能性も示唆された。

これらの議論を踏まえて、理事会メンバーは、金融引締めの度合いをもう一段緩和することが適当との判断に基づき、執行部による25bp利下げの提案を全会一致で支持した。ただし、一部(a few)のメンバーは12月まで待つべきとも主張した。

その上で、今回(10月)の利下げではリスクマネジメントの観点が重要である点を幅広く(widely)確認し、インフレの下振れを防ぎ、経済のソフトランディングに向けた保険の意味合いを持つとした。

プロフィール

  • 井上 哲也のポートレート

    井上 哲也

    金融デジタルビジネスリサーチ部

    シニアチーフリサーチャー

    

    内外金融市場の調査やこれに関わる政策の企画、邦銀国際部門のモニタリングなどを中心とする20年超に亘る中央銀行での執務経験と、国内外の当局や金融機関、研究機関、金融メディアに構築した人脈を活かして、中央銀行の政策対応(”central banking”)に関する議論に貢献。そのための場として「金融市場パネル」を運営し、議論の成果を内外の有識者と幅広く共有するほか、各種のメディアを通じた情報と意見の発信を行っている。2012年には、姉妹パネルとして「バンキングパネル」と「日中金融円卓会合」も立ち上げ、日本の経験を踏まえた商業銀行機能のあり方や中国への教訓といった領域へとカバレッジを広げている。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。