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はじめに

スイス国立銀行(SNB)は今回(12月)の理事会で政策金利を50bp引下げ、0.5%とすることを決定した。シュレーゲル総裁は、基調的インフレ圧力がさらに低下した点を指摘した一方、声明文からは今後の更なる利下げを明記する表現が削除された。

物価情勢の評価と見通し

シュレーゲル総裁は、CPIインフレ率が、財価格とサービス価格の双方の下方寄与によって足元で想定以上に減速(11月は+0.7%)した点を確認した。

その上で、先行きについては、短期的には石油製品や食品価格の低下によって前回(9月)見通しよりも低下するが、その後は今回の50bp利下げの効果もあって前回(9月)見通し並みに推移するとの見方を示した。

2024~26年のCPIインフレ率の新たな見通し(政策金利は0.5%で横ばいと仮定)は+1.1%→+0.3%→+0.8%となり、前回(9月)に比べて、2024~25年が各々0.1ppと0.3ppの下方修正、2026年が0.1ppの上方修正となった。もっとも、シュレーゲル総裁も、国内サービス価格の上昇圧力が残存している点に言及し、2026年にはインフレ率が底打ちするとの見方を維持している。

物価情勢の評価と見通し

テュディン理事は、第3四半期の実質GDP成長率が想定通りに緩やかなものに止まったと評価し、サービス生産の拡大はやや強かったが、製造業の生産が減少したことを確認した。この間、失業率はやや上昇し、雇用の増加は低調に止まったと説明した。

その上で、先行きについては、2024年は1%程度の成長に止まるが、その後は海外経済の成長が緩やかでも、スイスの経済成長率は幾分かは高まるとの期待を示した。具体的には、2025年の実質GDP成長率は1~1.5%の範囲になるとの見方を示した(筆者注:9月時点では1.5%程度だった)が、その下では失業率がやや上昇し、設備稼働率も幾分低下する可能性が高いとした。

一方、マーティン副総裁は、世界経済が第3四半期に減速した点を確認し、米国は底堅いが、ユーロ圏の改善は限定的で、中国も長期的に見て成長が緩やかと評価した。また、各国で製造業が停滞している一方、サービス業が経済活動に寄与しているとした。

この間、エネルギー価格の低下を主因に多くの国でインフレ率が目標近傍になったが、コアインフレ率は依然として高いと整理した。今後も海外では基調的インフレの減速は続くが、経済成長は緩やかな状況が続き、消費の回復が景気の下支えになるとの期待を示した。

その上で、足元で経済見通しの不透明性が高まった点を確認し、特に米国の経済政策の先行きと欧州での政治情勢の不透明化を挙げたほか、地政学的リスクの高まりと一部国でのインフレの高止まりの恐れにも言及した。

政策金利の引下げ

今回(12月)の声明文は、基調的なインフレ圧力が足元でさらに低下した点を指摘し、利下げはこうした動向を踏まえたものと説明している。また、インフレ率が中期的な物価安定の範囲に止まるのに必要な際には、金融政策を調整するとの考えも明記した。

一方で、前回(9月)の声明文にあった「今後(coming quarters)には更なる利下げ(further rate cuts)を行う」との表現は、今回は削除された。この点に関して、欧州市場では既に様々な見方が示されているが、シュレーゲル総裁が会見直後に行ったインタビューを踏まえると、先行きの不透明性が極めて高い中で柔軟性を確保することが趣旨であったことが推測される。

実際、同インタビューでは、今回の50bp利下げについて、利下げを後ずれさせることには意味がないとして、前倒しでの金融緩和という意図があった点を説明したほか、必要であれば、定例会合(筆者注:SNBの理事会は四半期に1回)の間でも政策変更を行う用意があるとした。

その上で、ポイントはSNBの政策金利の最低到達点であるが、現地報道によれば、シュレーゲル総裁は、質疑応答の中でマイナス金利の可能性は低下したと説明した。その意味では、政策金利の下げ余地は最大で50bpになり、現在の市場予想と概ね一致することになる。

もっとも、同様に現地報道によれば、シュレーゲル総裁は、今回の利下げでは不十分であれば更なる利下げを行うだけでなく、マイナス金利も選択肢となるとの考えも示した。その意味でも、上記のようにSNBとしては今後の政策に関する柔軟性の確保を重視していることが窺われる。

政策決定の意味合い

シュレーゲル総裁は中立金利の水準には言及していないが、欧州市場では0.5%~1.5%程度との見方があるだけに、今回の利下げによって政策金利は中立水準の下限付近まで低下したことになる。従って、ここから先の利下げは、いずれにしても金融緩和としての意味合いを有する。

今後の利下げは、先にみたCPIインフレ率の見通しを踏まえると当然かもしれないが、SNBの物価安定の定義は0~2%とかなり広めに設定されている点にも注意する必要がある。

その意味では、2025年のインフレ率が+0.3%になっても、一応は目標の範囲内であることになる、先にみたように、実質GDP成長率が1%台代前半であれば、失業率の上昇や設備稼働率の低下は小幅に止まるとすれば、潜在成長率近傍にあることを意味するので、その意味でも追加利下げを急ぐ必要はないともいえる。

こうしたインフレ目標の枠組みは、先行きの不透明性が高く、海外の状況如何ではインフレ率に上方リスクが残る下で、SNBが上記のように政策運営の柔軟性を確保しようとする上で一定のメリットをもたらしているものと思われる。

それでも、スイスのように対外開放度が高く、かつユーロ圏との経済関係が極めて強い国にとっては、米国の経済政策や欧州の政治情勢に加えて、ユーロ圏経済の影響も重視せざるを得ない。

実際、SNBとECBの今回の利下げ後に、スイスとユーロ圏との政策金利の差が2.5%になっても、ユーロ/スイス相場に下落圧力が残り、従って、輸入ディスインフレのリスクが強く残るとすれば、SNBは金融緩和バイアスを維持せざるを得ないことになる。

プロフィール

  • 井上 哲也のポートレート

    井上 哲也

    金融デジタルビジネスリサーチ部

    シニアチーフリサーチャー

    

    内外金融市場の調査やこれに関わる政策の企画、邦銀国際部門のモニタリングなどを中心とする20年超に亘る中央銀行での執務経験と、国内外の当局や金融機関、研究機関、金融メディアに構築した人脈を活かして、中央銀行の政策対応(”central banking”)に関する議論に貢献。そのための場として「金融市場パネル」を運営し、議論の成果を内外の有識者と幅広く共有するほか、各種のメディアを通じた情報と意見の発信を行っている。2012年には、姉妹パネルとして「バンキングパネル」と「日中金融円卓会合」も立ち上げ、日本の経験を踏まえた商業銀行機能のあり方や中国への教訓といった領域へとカバレッジを広げている。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。