&N 未来創発ラボ

野村総合研究所と
今を語り、未来をみつめるメディア

はじめに

FRBは今回(12月)のFOMCで25bpの連続利下げを決めた。パウエル議長は、米国経済が力強く成長している点を確認し、インフレが目標に向けて収斂する一方、労働市場の緩やかな減速を維持しうるとの考えを維持した。質疑応答では新政権の政策の影響も含めて、インフレの上方リスクに関する質問が多く示された。

経済情勢の評価

パウエル議長は、消費の拡大に加えて設備投資も回復するなど、経済活動が堅調である点を確認した。もっとも、来年以降は潜在成長率をやや上回るペースへ減速するとの見方も維持した。

今回(12月)改訂された2024~27年の実質GDP成長率見通しは+2.5%→+2.1%→+2.0%→+1.9%となり、前回(9月)に比べて、 2024年が大幅な上方修正(+0.5pp)となったほかは、25年が0.1ppの上方修正、27年が0.1ppの下方修正となった。パウエル議長は、労働市場で雇用増のペースが減速し、2019年よりも需給が軟化したが、失業率は依然として低位であると評価した

質疑応答では、2024年の経済全体の評価を求められたのに対し、 パウエル議長は景気後退を回避し、他の主要国の経済が減速する中で米国は良好な経済状況にあると説明した。

また、労働市場の状況に関する複数の質問に対しては、就職の難易度や離職率等からみて、労働需要は緩やかで秩序立った形で減退しているが、下方リスクは低下したとの見方を示した。また、連続利下げを行わなくても労働市場の維持は可能である一方、物価目標の達成には一定の軟化が必要との見方も示した。

物価情勢の評価

パウエル議長は、インフレ率は減速したが、足元でなお高い点を確認したほか、家計や企業、金融市場のインフレ期待は安定していると評価した。

今回(12月)改訂された2024~27年のPCEインフレ率見通しは+2.4%→+2.5%→+2.1%→+2.0%となり、前回(9月)に比べて、 2025年が大幅な上方修正(+0.4pp)となったほか、24年と26年が各々0.1pp上方修正された。またコアPCEインフレ率見通しも、+2.8%→+2.5%→+2.2%→+2.0%となり、前回(9月)に比べて、 2024~26年が各々0.2pp、0.3pp、0.2pp上方修正された。

質疑応答では、複数の記者が見通しの上方修正の背景や妥当性を質した。実際、今回のSEPでは、FOMCメンバーによるインフレのリスクに対する見方が、前回(9月)から大きく変化し、PCE総合とコアの双方に関して、上方リスクありとの回答が19名中15名と大多数になった(9月時点ではともに3名のみ)。

パウエル議長は、経済成長率の見通しを引き上げたことと整合的とした上で、財や除くサービスの価格はインフレ目標への収斂と整合的な動きを示しており、住居費についても時間はかかるが減速していくとの見方を示した。また、賃金上昇が物価圧力につながるリスクは低下したと評価した。

なお、一部の記者は、足元では実質賃金が増加したが、インフレ率の再加速によって減少に転ずるとの懸念を示した。パウエル議長は、インフレ率が短期的に上下しうる点を認めた上で、家計は実質賃金の増加率でなく水準を意識すると指摘し、過去の水準を回復するには数年単位の時間を要するとの見方を示した。

その上で、別の記者は新政権による関税引上げの影響を質した。パウエル議長は、2018年9月のFOMCに示した分析が参照例になるとしつつも、手法や持続期間、相手先やその反応など現時点では政策内容に不確定な要素が多いだけでなく、波及経路や相手国経済への影響も考えると、評価は時期尚早との考えを示した。また、別な記者が今回のSEPへの反映度合いを質したのに対し、数名のFOMCメンバーが初期段階の見方を反映したと回答した。

金融政策の運営

今回のFOMCは、FFレートの誘導目標を従来の4.5~4.75%から4.25~4.5%へと前回(11月)と同じく25bp引き下げた。

パウエル議長は、引締め度合いの調整によって政策金利はdual mandateの達成に向けて好適な位置にあり、目標達成のリスクはともに上下にバランスしていると評価した。また、今後も経済指標や経済と物価の見通しの推移、リスクバランスをもとに政策運営を各会合で議論して決定する方針を確認した。

今回(12月)改訂されたdot chartによれば、2025~27年の各年末の政策金利の見通しは3.9%→3.4%→3.1%となり、前回(9月)に比べて、各々0.5pp、0.5pp、0.2ppと明確に上方修正された。なお、事実上の中立金利を意味する「長期」の政策金利も3%になったほか、FOMCメンバーの見方が2.5%~4%に大きく拡散した。

質疑応答では、パウエル議長は、今回の利下げが議論の途上では現状維持との間で意見が拮抗していた(closer call)であった点を認めた(結果的にはHammackクリーブランド連銀総裁のみが現状維持を主張して利下げに反対)。その上で、労働市場の軟化を加速させる必要はない一方、物価の基調は減速傾向にあるとして、今回の25bp利下げが適切との判断を示した。

これに対しては、インフレリスクが上昇した中での利下げに疑問を示す指摘や、パウエル議長の説明からre-calibrationの表現がなくなったことの意味合いを質す向きがみられた。

パウエル議長は、まず、①経済活動が強い、②労働市場は軟化しているが下方リスクが小さい、③インフレ率はなお高い、④政策金利が中立水準に接近した、といった要因を踏まえると、引締め度合いの緩やかな調整が妥当との考えを確認した。また、コアPCEインフレ率が2.5%まで低下することは大きな前進であると反論したほか、re-calibrationは終了していないが、新たなフェーズには入っていると説明した。

さらに、別の複数の記者は次回(1月)FOMCを含めて、当面は利下げを停止する可能性や中立金利との関係を質した。

パウエル議長は、次回利下げの時期には具体的な言及を避けつつ、政策金利が中立水準に接近した以上、政策効果を見ながら調整ペースを緩やかにすることが適切との考えを確認した。

もっとも、中立金利は何もショックがない状況の下でマクロの需給がバランスした際の水準であるほか、推計モデルが多数併存するなど不確実性が高いとして、政策変更の時間的ラグも考慮しつつ見通しに取り込むことが必要との見方を示した。

プロフィール

  • 井上 哲也のポートレート

    井上 哲也

    金融デジタルビジネスリサーチ部

    シニアチーフリサーチャー

    

    内外金融市場の調査やこれに関わる政策の企画、邦銀国際部門のモニタリングなどを中心とする20年超に亘る中央銀行での執務経験と、国内外の当局や金融機関、研究機関、金融メディアに構築した人脈を活かして、中央銀行の政策対応(”central banking”)に関する議論に貢献。そのための場として「金融市場パネル」を運営し、議論の成果を内外の有識者と幅広く共有するほか、各種のメディアを通じた情報と意見の発信を行っている。2012年には、姉妹パネルとして「バンキングパネル」と「日中金融円卓会合」も立ち上げ、日本の経験を踏まえた商業銀行機能のあり方や中国への教訓といった領域へとカバレッジを広げている。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。