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はじめに

25bpの連続利下げを全会一致で決定したECBの12月理事会では、執行部の経済見通しに対する下方リスクが共有されたほか、議論の途中では50bpの利下げを支持する議論もあった。

経済情勢の評価

理事会メンバーは、前回(10月)会合以降に地政学リスクと米国の経済政策に関するリスクが顕著に上昇した点を確認した。

その上で、域内経済は第3四半期に拡大したが、足元でモメンタムが低下したと評価し、企業活動では製造業が減速し、サービス業も減速しており、設備投資は抑制的で、輸出も弱いと評価した。

理事会メンバーは、執行部の経済見通しを幅広く(broad)支持したが、米国の通商政策の影響が市場価格以外の経路では反映されていないと指摘した。一方、消費は想定より強く、小売部門のマインドも改善し、労働市場も底堅いとの反論が見られたほか、貯蓄率の反落による効果を期待する向きもみられた。

その上で、現在の景気は政府支出に支えられているが持続的ではないとし、利下げに関わらず設備投資の反応が鈍い点に懸念を示したほか、低成長の継続が物的ないし人的資本の蓄積に悪影響を及ぼすとの指摘もあった。

消費に関しては、域内最大国では貯蓄増加が金融所得によるため消費性向との関係が希薄である一方、総じてみれば貯蓄増加は不確実性の高まりによるとの議論があったほか、家計は実質所得の見通しに過度に悲観的との指摘があった。

この間、理事会メンバーは労働市場の底堅さを確認したが、雇用の増加ペースはGDPとの長期的な関係に回帰する形で減速するとの見方を示した。なお、歴史的な失業率の低さと賃金上昇の減速を踏まえて、ユーロ圏のNAIRUが低下したとの見方も示された。

また、執行部見通しが仮定する生産性の上昇に関しては、製造業の長期的な競争力の喪失といった構造的要因の下ではその実現が疑問との指摘もあった。その上で、人的ないし物的資本への投資を促すため、需給ギャップをプラスに維持することが重要との意見が示された。

これらの点を踏まえて、理事会メンバーは、経済見通しのリスクが下方に傾いていると評価した。その要因としては、通商摩擦の深刻化、家計や企業のマインドの悪化、地政学リスクの高まり、既往の金融引締め効果の強まりなどを挙げた。

物価情勢の評価

理事会メンバーは、足元の指標が2025年中のインフレ目標達成への自信を深めるものであった点に概ね(generally)合意した。

また、インフレ率の安定はエネルギー価格の想定以上の下落によるが、工業製品の価格も想定以上に下落したとの指摘があった一方、今後のエネルギー価格如何で物価見通しは変わりうるとの指摘があった。また、執行部の2027年見通しについては、ETSの影響(上昇圧力)が加味されている点や、自然災害の頻発を踏まえると上方リスクがある点への言及もあった。

その上で、今後のインフレ率にも、地政学リスクや経済活動の分断、気候要因や自然災害、米国の経済政策など、供給側の要因が重要との理解を示した。

さらに、理事会メンバーは、インフレ目標達成の職務は完遂されていない点を確認し、サービス価格の上昇率の高止まりを指摘するとともに、生産性上昇の停滞がULCに上方圧力を招くとの懸念も示した。これに対し、11月には前月比でサービス価格上昇率が大きく減速したとの指摘や、多くのサービス価格の改定が年初に行われるため不透明性が残るとの指摘もあった。この間、契約賃金の上昇率は減速したが、賃金上昇率は高く不安定との見方や、将来に向けて底堅く推移する可能性も示された。

これらを踏まえて、理事会メンバーは、物価見通しに対して、賃金や企業収益の想定以上の増加、地政学的リスクの高まり、気候要因や自然災害等の上方要因と、家計や企業のマインドの悪化、既往の金融引締め効果の強まり、海外経済の想定外の減速や通商摩擦の深刻化を下方要因として挙げた。

金融政策の運営

理事会メンバーは、政策反応関数の3つの要素を順次検討した。

インフレ見通しに関しては、2025年前半のインフレ目標達成に関して自信を深めた。もっとも、ディスインフレの最終局面で警戒を緩めるべきでないとし、生産性の推移や米国の経済政策、域内国の政治情勢や食品、エネルギー価格の推移など、上下双方の影響を持ちうる要因があることを確認した。

また、ECBは物価安定のみが政策目標(single mandate)であることを確認しつつ、景気減速はインフレの下押しとなる点や、インフレ率の目標に対する下振れ(undershoot)を生じかねない点も指摘された。

インフレ基調に関しては、殆どの指標がインフレ率の目標へのタイムリーな収斂と整合的である点を確認した。また、サービス価格についても、労働市場の軟化や足元の契約賃金の動きは労働コストの上昇圧力の低下を示すとした。

政策効果の波及については、政策金利だけでなく金融環境の面でも、依然として引締め的と評価した。特に、企業向けの実質新規貸出金利が歴史的高水準にあるほか、住宅ローンも金利の更改時に高金利が適用されている点が指摘された。もっとも、イールドカーブは中立圏にあるとの指摘もあった。

これらの議論を踏まえて、理事会メンバーは、執行部による25bp利下げの提案を全会一致で支持し、緩やかな利下げはディスインフレの確認の機会(check points)を増やすとの見方を示した。

ただし、数名(some)のメンバーは50bp利下げの可能性を提示し、景気見通しの悪化に対する保険の意味合いを主張した。これに対し多数のメンバーは、経済が潜在成長率付近で推移し、従ってインフレ率の上振れや下振れのリスクもない以上、25bpの利下げが適当と主張し、50bpの利下げはマインドに悪影響すると指摘した。さらに、Philips Curveがフラット化した以上、景気の鈍化に伴うインフレの下押し圧力も小さいとの主張もみられた。

その上で、理事会メンバーは、経済の減速の大半が構造要因によるとの理解を示し、金融政策の最大の貢献は、物価安定を通じて不透明性を抑制することであるとの見方を示した。

プロフィール

  • 井上 哲也のポートレート

    井上 哲也

    金融デジタルビジネスリサーチ部

    シニアチーフリサーチャー

    

    内外金融市場の調査やこれに関わる政策の企画、邦銀国際部門のモニタリングなどを中心とする20年超に亘る中央銀行での執務経験と、国内外の当局や金融機関、研究機関、金融メディアに構築した人脈を活かして、中央銀行の政策対応(”central banking”)に関する議論に貢献。そのための場として「金融市場パネル」を運営し、議論の成果を内外の有識者と幅広く共有するほか、各種のメディアを通じた情報と意見の発信を行っている。2012年には、姉妹パネルとして「バンキングパネル」と「日中金融円卓会合」も立ち上げ、日本の経験を踏まえた商業銀行機能のあり方や中国への教訓といった領域へとカバレッジを広げている。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。