はじめに
トランプ大統領が就任演説で取り上げた主要政策のうち、経済に関わる内容は、選挙戦の中で示された線を概ね踏襲したものであった。
移民政策
トランプ大統領は、主要政策に関する説明で最初に移民政策を取り上げただけでなく、南部の国境に緊急事態を宣言すると説明するなど、優先度の高さをアピールした。
具体的には、不法移民を禁止するだけでなく、不法滞在者の強制送還やバイデン政権下での「キャッチ・アンド・リリース」の停止などの強力な措置をとることを明言した。
トランプ大統領は、選挙戦中と同様に、犯罪カルテルを国際テロ組織に指定することや外国人ギャングを排除することに併せて言及することで、移民の増加が米国内の治安の悪化に結び付いているとのロジックを通じて移民政策の厳格化を合理化し、聴衆の大きな支持を得た。
これに対し、移民労働力が米国内の非熟練労働力の調整弁となっているのかどうか、あるいはそれが米国民の雇用を奪っているのかどうかという視点でのコメントはなかった。
具体的には、不法移民を禁止するだけでなく、不法滞在者の強制送還やバイデン政権下での「キャッチ・アンド・リリース」の停止などの強力な措置をとることを明言した。
トランプ大統領は、選挙戦中と同様に、犯罪カルテルを国際テロ組織に指定することや外国人ギャングを排除することに併せて言及することで、移民の増加が米国内の治安の悪化に結び付いているとのロジックを通じて移民政策の厳格化を合理化し、聴衆の大きな支持を得た。
これに対し、移民労働力が米国内の非熟練労働力の調整弁となっているのかどうか、あるいはそれが米国民の雇用を奪っているのかどうかという視点でのコメントはなかった。
エネルギー政策
トランプ大統領が次に取り上げたのはエネルギー政策であり、この点に関しても緊急事態を宣言すると説明し、優先度の高さをアピールした。
具体的には、米国は大量の石油と天然ガスを保有する世界でも稀有な国家であるとして、国内での採掘を促進し、国内備蓄を増強しつつ海外にも輸出する方針を示した。これに対し、バイデン政権下での「グリーンディール」政策やEVへの補助を停止すると明言した。この点にも聴衆の大きな支持を得た。
これらの政策に関するトランプ大統領のロジックの中に、エネルギー価格の引下げを通じてインフレを抑制するとの考えが含まれていたことが注目される。この点は、大統領選における民主党の経済政策への批判を意識したものとみられる。
同時に、こうした政策転換によって、エネルギー産業だけでなく、自動車産業とその労働者も米国内での自動車生産の増加を通じて守るとの考えを示したことも注目される。ただし、米国の自動車産業の現状を考えると合理的な判断であるとしても、長い目で見てR&Dを停滞させないようにすることも重要と思われる。
具体的には、米国は大量の石油と天然ガスを保有する世界でも稀有な国家であるとして、国内での採掘を促進し、国内備蓄を増強しつつ海外にも輸出する方針を示した。これに対し、バイデン政権下での「グリーンディール」政策やEVへの補助を停止すると明言した。この点にも聴衆の大きな支持を得た。
これらの政策に関するトランプ大統領のロジックの中に、エネルギー価格の引下げを通じてインフレを抑制するとの考えが含まれていたことが注目される。この点は、大統領選における民主党の経済政策への批判を意識したものとみられる。
同時に、こうした政策転換によって、エネルギー産業だけでなく、自動車産業とその労働者も米国内での自動車生産の増加を通じて守るとの考えを示したことも注目される。ただし、米国の自動車産業の現状を考えると合理的な判断であるとしても、長い目で見てR&Dを停滞させないようにすることも重要と思われる。
関税政策
トランプ大統領がその次に取り上げたのは関税政策であった。
トランプ大統領は、関税が米国民を豊かにする手段であると主張し、アメリカンドリームの復活につながるとした。そのために、国内の徴税を担うIRSに加えて、関税を含む海外からの歳入を担うERS(External Revenue Service)を新設すると説明した。
関税政策に関しては、大統領の就任演説とは別にルトニク新商務長官が行った演説も興味深かった。因みに、ルトニク氏は、 Cantor FitzgeraldのCEOであり、9.11の際にWTCにあった同社が壊滅的な打撃を受けたことや再建に際して様々な支援を受けたことを説明していた。
同氏は、過去10年間にわたって、外国のunfairな対応のために米国内で工場の閉鎖や雇用や賃金の減少を招いたとした上で、今後は、米国内でモノやサービスを販売したい外国企業は対価を支払うべきとの考えに基づいて、関税の合理性を主張した。さらに、同氏によれば20世紀初頭の米国ではこうした枠組みが実際に機能し、その結果、国内では所得税を賦課しなくても財政が維持できたと主張した。
米国の巨大な市場で恩恵を得たい企業は、米国経済に対して相応の対価を支払うべきというロジックが、中国が国内市場の開放を進める際に示したロジックと全く同じであることは、何とも皮肉な巡りあわせと言える。同時に、世界の消費に対する寄与の面で、中国の相対的な地位の低下を示唆している。
その上でルトニク氏が、海外企業がこうした負担を避けたいならば、米国に投資して工場を作るべきと主張したことも注目される。
そうだとすれば、関税政策には一定の交渉の余地があるとの見方が正しいことになる。一方で、米国への直接投資については経済安全保障とどう折り合わせるかという課題も存在するが、今回の演説ではルトニク氏はこの点に言及しなかった。
トランプ大統領は、関税が米国民を豊かにする手段であると主張し、アメリカンドリームの復活につながるとした。そのために、国内の徴税を担うIRSに加えて、関税を含む海外からの歳入を担うERS(External Revenue Service)を新設すると説明した。
関税政策に関しては、大統領の就任演説とは別にルトニク新商務長官が行った演説も興味深かった。因みに、ルトニク氏は、 Cantor FitzgeraldのCEOであり、9.11の際にWTCにあった同社が壊滅的な打撃を受けたことや再建に際して様々な支援を受けたことを説明していた。
同氏は、過去10年間にわたって、外国のunfairな対応のために米国内で工場の閉鎖や雇用や賃金の減少を招いたとした上で、今後は、米国内でモノやサービスを販売したい外国企業は対価を支払うべきとの考えに基づいて、関税の合理性を主張した。さらに、同氏によれば20世紀初頭の米国ではこうした枠組みが実際に機能し、その結果、国内では所得税を賦課しなくても財政が維持できたと主張した。
米国の巨大な市場で恩恵を得たい企業は、米国経済に対して相応の対価を支払うべきというロジックが、中国が国内市場の開放を進める際に示したロジックと全く同じであることは、何とも皮肉な巡りあわせと言える。同時に、世界の消費に対する寄与の面で、中国の相対的な地位の低下を示唆している。
その上でルトニク氏が、海外企業がこうした負担を避けたいならば、米国に投資して工場を作るべきと主張したことも注目される。
そうだとすれば、関税政策には一定の交渉の余地があるとの見方が正しいことになる。一方で、米国への直接投資については経済安全保障とどう折り合わせるかという課題も存在するが、今回の演説ではルトニク氏はこの点に言及しなかった。
安全保障政策
トランプ大統領が最後に取り上げたのは、安全保障政策であり、前回の大統領就任時である2017年と同様な平和を回復するとアピールした。
トランプ大統領が、平和は戦争の終結や不要な戦争の回避によっても達成されるとした点は一定の合理性を有するだけでなく、日本を含む同盟国の負担増を伴う一方で、米国の財政の健全化ないし柔軟性の向上に寄与する面がある。
一方、トランプ大統領は、パナマ運河が米国の資本と人材の大きな貢献によって建設されたにも関わらず、パナマ政府が米国の信認を覆し、実質的に中国企業に運営させているとの批判を展開した。その上で、パナマ運河を米国に取り戻すと主張して、聴衆の支持を得た。
その実現可能性はともかく、米国がパナマ運河の運営に対する影響力を増すことができれば、関税政策と同様に輸入相手国のコスト競争力に影響を及ぼすことは可能である。
トランプ大統領が、平和は戦争の終結や不要な戦争の回避によっても達成されるとした点は一定の合理性を有するだけでなく、日本を含む同盟国の負担増を伴う一方で、米国の財政の健全化ないし柔軟性の向上に寄与する面がある。
一方、トランプ大統領は、パナマ運河が米国の資本と人材の大きな貢献によって建設されたにも関わらず、パナマ政府が米国の信認を覆し、実質的に中国企業に運営させているとの批判を展開した。その上で、パナマ運河を米国に取り戻すと主張して、聴衆の支持を得た。
その実現可能性はともかく、米国がパナマ運河の運営に対する影響力を増すことができれば、関税政策と同様に輸入相手国のコスト競争力に影響を及ぼすことは可能である。
最後に
トランプ大統領が今回の演説では明示的に言及しなかったが、重視している経済政策のアジェンダとして、多様な経済活動に対する規制緩和がある。米国内では、特に製薬業界と金融業界が注目され、後者に関しては暗号資産も焦点となっているのは周知のとおりである。
トランプ大統領も、演説の最後で、米国にはambitionがあふれ、イノベーター、起業者、開拓者が存在することがアドバンテージであると主張した。日本を含むグローバルな金融市場や金融システムの推移にとっては、金融業界に対する規制緩和の内容やその影響に注目する必要がある。
トランプ大統領も、演説の最後で、米国にはambitionがあふれ、イノベーター、起業者、開拓者が存在することがアドバンテージであると主張した。日本を含むグローバルな金融市場や金融システムの推移にとっては、金融業界に対する規制緩和の内容やその影響に注目する必要がある。
プロフィール
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井上 哲也のポートレート 井上 哲也
金融デジタルビジネスリサーチ部
シニアチーフリサーチャー
内外金融市場の調査やこれに関わる政策の企画、邦銀国際部門のモニタリングなどを中心とする20年超に亘る中央銀行での執務経験と、国内外の当局や金融機関、研究機関、金融メディアに構築した人脈を活かして、中央銀行の政策対応(”central banking”)に関する議論に貢献。そのための場として「金融市場パネル」を運営し、議論の成果を内外の有識者と幅広く共有するほか、各種のメディアを通じた情報と意見の発信を行っている。2012年には、姉妹パネルとして「バンキングパネル」と「日中金融円卓会合」も立ち上げ、日本の経験を踏まえた商業銀行機能のあり方や中国への教訓といった領域へとカバレッジを広げている。
※組織名、職名は現在と異なる場合があります。