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はじめに

FRBは今回(1月)のFOMCで4会合振りに政策金利の現状維持を決め、声明文も政策目標の双方について上方修正された。一方、記者会見でパウエル議長は、トランプ大統領の経済政策の影響について、様子見(wait and see)の姿勢をとると表明した。

経済情勢の評価

パウエル議長は、昨年を通じて経済が力強く拡大し、消費が好調であるほか、設備投資も足元は軟化したが総じて堅調で、住宅投資も安定したと評価した。

労働市場も力強く、幅広い指標からみて状況はバランスしていると評価した。声明文も、前回(12月)の「労働市場は全体として軟化した」との表現が削除され、単純に「労働市場は力強い状況を維持した」に変更された。

質疑応答では、トランプ大統領による移民政策の影響が取り上げられた。パウエル議長は移民流入と雇用創出の各々の減速の効果が打ち消し、雇用のタイトさに大きな影響はないとの見方を示した。もっとも、建設を例に挙げて、一部の業種で雇用の確保に影響が生じる可能性も示唆した。

関税政策の影響については、一部の記者が前回のケースでは経済を下押しした点を指摘した。これに対し、パウエル議長は過去の実例や文献を参照することは有用としつつ、世界貿易における中国のプレゼンスが低下しているなど貿易パターンが異なると指摘し、前回とは状況が異なるとの見方を示唆した。

物価情勢の評価

パウエル議長は、インフレ率は過去2年で顕著に減速したが、足元では2%目標に対してなお高いとした一方、家計や企業、金融市場のインフレ期待は安定していると評価した。

もっとも、声明文は、前回(12月)の「インフレ率は2%目標に向けて前進した」との表現が削除され、単純に「インフレ率は幾分高どまっている」に変更された。

質疑応答では、トランプ大統領が国内での原油や天然ガスの掘削の促進によるインフレ抑制をアピールしている点が取上げられた。実際、パウエル議長の記者会見の直後にも、こうした趣旨のコメントをSNSで発信した。もっとも、これに対しパウエル議長はコメントを避けた。

一方、別の記者はコロナ禍後のインフレ圧力の急上昇とFRBによる政策対応の遅延を念頭に、過去の経験の重要さを質した。

パウエル議長は、政策運営は常に不確実性に直面しており、今回の局面が特別とは言えないと指摘しつつ、一般にtail riskを過小評価しがちであるとも述べた。もっとも、コロナ期に比べて、インフレや経済の初期条件は良好であると説明した。

なお、FRBは金融政策の長期的な運営方針(毎年1月に改訂)によって、概ね5年ごとに金融政策の戦略、手段とコミュニケーションについてレビューを行うことになっている。パウエル議長は、前回(2020年に結果を公表)から5年が経過することを踏まえてレビューに着手し、初夏には結果を公表すると説明した。

これに関し、パウエル議長は前回と同じく2%のインフレ目標自体はレビューの対象としない方針を明言した。質疑応答の中では、この間の政策運営において有用であったほか、国際標準であることがその理由であると説明した。

金融政策の運営

パウエル議長は、政策金利の据え置きに転じた点について、これまでの100bpの利下げは適切であったとしたうえで、現在の引締め度合いはかなり緩和され(significantly eased)、経済は力強さを維持しているとして、政策スタンスの調整を急ぐ必要はない(do not need to be in a hurry to adjust)との見方を示した。

質疑応答では、複数の記者が、上記のように経済と物価に関する現状評価が上方修正されたことを踏まえて、今後の利下げの可能性を質した。

パウエル議長は、インフレ率が2%目標に向けて収束しつつあるとの見方を変えたわけではないと強調した一方、経済も良好な状況にあるだけに、現状の政策金利が良い状態(well positioned)であるとの評価を示した。また、今後もインフレの基調に着目する方針を確認するとともに、労働市場に不要な圧力をかける必要はないとの考えを示した。

また、パウエル議長は実際のインフレ率が2%に達するまで次回の利下げができないという訳ではないと述べ、デュアルマンデートの達成に向けた動きが重要として、フォワードルッキングな政策運営を続ける方針を確認した。

さらに別の複数の記者は、今後に25bpの追加利下げがあっても金融政策は十分引締め的かという点を含めて、中立金利を取り上げた。

パウエル議長は、現在の政策金利は中立金利の推計値よりもかなり高い(pretty high)との評価を維持した一方で、正確な推計は難しいとして、政策スタンスの調整を急ぐ必要はないとの考えの合理性を強調した。

トランプ大統領の経済政策への対応に関しては、パウエル議長は、関税や移民、財政、規制緩和の領域に注目している点を認めつつ、具体的な政策内容が秋かになっていないとして、様子見(wait and see)の姿勢をとることを再三強調した。

また、複数の記者が、トランプ大統領がダボス会議でFRBに利下げを要求したことを取り上げた。実際、先にみたSNSでも、 トランプ大統領はこうした要求を再度発信している。

パウエル議長は、コメントを避けるとともに、本件についてホワイトハウスから直接的なコンタクトを受けたことはないと付言した。その上で、金融政策の独立性への影響を懸念する指摘に対しては、データと見通し、リスクを踏まえた適切な金融政策を運営することが信認に繋がるとの原則を説明した。

なお、金融市場の一部が想定していた「量的引締め(QT)」の停止については、今回(1月)には決定がなされていない。パウエル議長は、現在の超過準備の水準が引続き潤沢(ample)との評価を示しつつ、QTの停止について特定のスケジュールを想定している訳ではないと述べた。

プロフィール

  • 井上 哲也のポートレート

    井上 哲也

    金融デジタルビジネスリサーチ部

    シニアチーフリサーチャー

    

    内外金融市場の調査やこれに関わる政策の企画、邦銀国際部門のモニタリングなどを中心とする20年超に亘る中央銀行での執務経験と、国内外の当局や金融機関、研究機関、金融メディアに構築した人脈を活かして、中央銀行の政策対応(”central banking”)に関する議論に貢献。そのための場として「金融市場パネル」を運営し、議論の成果を内外の有識者と幅広く共有するほか、各種のメディアを通じた情報と意見の発信を行っている。2012年には、姉妹パネルとして「バンキングパネル」と「日中金融円卓会合」も立ち上げ、日本の経験を踏まえた商業銀行機能のあり方や中国への教訓といった領域へとカバレッジを広げている。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。