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はじめに

ECBは今回(1月)の理事会で25bpの利下げを決定し、預金ファシリティーの金利は2.75%となった。声明文は、本年中のインフレ目標の達成に自信を示す一方、経済活動が停滞し、リスクも下方に傾いていると評価しており、ラガルド総裁は今後の利下げの継続を示唆した。

経済情勢の評価

ラガルド総裁は、昨年第4四半期の経済活動が停滞し、当面はそうした状況が続くとの見方を示した。内容面では、製造業が縮小を続ける一方、サービス業は拡大し、消費は不安定と説明した。

先行きについては、景気回復の要素は残存していると述べ、労働市場の強さと所得の増加、資金調達環境の改善などが消費や投資を回復させるとの見方も示した。一方、輸出の回復については、「通商摩擦が深刻化しない限り」という注釈付きで、下支え材料に位置づけた。

もっとも、経済見通しのリスクは下方に傾いているとの評価を維持し、通商摩擦の深刻化、地政学リスクによる影響も含む家計や企業のマインドの慎重化、既往の金融引締め効果の残存等の要因を挙げた。

質疑応答では、経済見通しの妥当性が取り上げられ、ラガルド総裁は、昨年の実質経済成長率は停滞感を示しているが、長い目で見れば一昨年からの景気回復過程にあるとの評価を示した。

また、複数の記者が米国の関税政策の影響を質した。これに対しラガルド総裁は、ユーロ圏の景気回復にとって輸出の回復は主たる要素ではないとの考えを示した。一方で、関税引上げの具体的な対象国や内容、タイミング等が明らかになった時点で、経済見通しに影響を織り込むが、次回(3月)にそれが可能かどうかは不透明とした。

物価情勢の評価

ラガルド総裁は、ディスインフレの過程が着実に進行している(well on track)と評価し、インフレ率は既往の見通しに沿って本年中には2%目標の持続的な達成を実現するとの見方を示した。具体的には、当面はインフレ率は横ばいで推移した後、2%目標に収斂するとし、長期のインフレ期待も安定していると評価した。

内容面では、国内インフレ率の高止まりは過去の高インフレに対する賃金や価格調整の時間的ラグによる面が大きいとし、賃金上昇が減速しているほか、企業収益がコスト増加を部分的に吸収しているとの見方を示し、インフレ圧力の低下を示唆した。

物価見通しのリスクについては、明確なバイアスを示さず、上下双方の要素を指摘した。具体的には、上方要因として賃金や企業収益の想定以上の増加と異常気象や天候不順、下方要因として地政学的リスクの影響を含む家計や企業のマインドの慎重化、既往の金融引締めの効果の残存や海外経済の悪化を挙げた。その上で、通商摩擦の深刻化は、影響の方向が不透明な要素と位置付けた。

質疑応答では、域内国の賃金上昇率が高止まっているだけに、本年中のインフレ目標の達成を疑問視する指摘があった。 ラガルド総裁は、目標達成にとってサービス価格の動向がカギであり、従って賃金動向が重要である点を認めたうえで、1人当たりの雇用者報酬や契約賃金に関するECBのサーベイ結果など、関連するすべての指標が賃金上昇の減速を示唆しているとして、 ECBの見通しの妥当性を説明した。

また、米国の関税政策の影響については、世界貿易の流れが関税を回避するパターンへシフトするとか、相手国も報復関税を導入するといった可能性も考慮すると、ユーロ圏のインフレ率に対する圧力の方向自体が不透明であると指摘し、特に世界経済を下押しする可能性に懸念を示した。

金融政策の運営

ラガルド総裁は、(ECBにとっての政策反応関数を構成する)3つの要素、つまり、物価見通し、インフレ基調の動向、金融政策の波及度合いの評価に照らして25bpの利下げを行ったと説明した。また、質疑応答の中で全会一致の決定であったと述べた。

その上で、今後の政策運営については、新たなデータに即して毎回の会合で判断する方針を維持し、政策金利の特定のパスにコミットしないことも確認した。

これに対し、複数の記者が今後の政策運営の方向性を質した。ラガルド総裁は、ECBが既に累計で125bpの利下げを行ったことや、今回の会合では50bp利下げの議論は全く行われなかったことを確認した。

その上で、現時点でも政策金利は引締めの領域にあり、今後の方向は明確であると述べて、利下げの継続を示唆した。ただし、利下げのペースや程度については、今後のデータ次第であるとの考えを示し、次回(3月)には新たな経済見通しが得られることに言及した。

また、複数の記者が中立金利の推計を取り上げた。実は、ダボス会議に際してCNBCが行ったインタビューで、ラガルド総裁は推計値のレンジの上限を引き下げている(従来は1.75%~2.5%であったが、1.75%~2.25%と説明した)。

この間、金融市場は、本年末には政策金利(預金ファシリティーの金利)が2%近傍まで下落するとの見方に傾いていただけに、推計の下方修正は、金融政策の緩和度合いの評価に影響しうる意味合いを持っている点に注意する必要がある。

ラガルド総裁は、正確な推計は困難であり、政策運営のガイドラインではないとしつつ、発言の前提となったスタッフペーパーを2月7日に公表するので、詳細はこれを参照してほしいと述べた。また、今回の会合では、利下げの最終到達点について議論していないと説明した。

一方で、現時点では時期尚早ではあるとしても、政策金利が実際に中立金利に近づいた際には、計量モデルによる分析だけでなく、多様な経済データの収集やインテリジェンス(諜報活動)を活用しながら、政策決定を行う考えを示した。

このほか、別の記者からは域内国の国債利回りの上昇を懸念する指摘もあった。ラガルド総裁は、部分的には域内国の要因による面もあるが、主因は米国での長期金利上昇にあるとの見方を示したほか、現時点でECBの金融政策の波及に対する支障にはなっていないと説明した。

プロフィール

  • 井上 哲也のポートレート

    井上 哲也

    金融デジタルビジネスリサーチ部

    シニアチーフリサーチャー

    

    内外金融市場の調査やこれに関わる政策の企画、邦銀国際部門のモニタリングなどを中心とする20年超に亘る中央銀行での執務経験と、国内外の当局や金融機関、研究機関、金融メディアに構築した人脈を活かして、中央銀行の政策対応(”central banking”)に関する議論に貢献。そのための場として「金融市場パネル」を運営し、議論の成果を内外の有識者と幅広く共有するほか、各種のメディアを通じた情報と意見の発信を行っている。2012年には、姉妹パネルとして「バンキングパネル」と「日中金融円卓会合」も立ち上げ、日本の経験を踏まえた商業銀行機能のあり方や中国への教訓といった領域へとカバレッジを広げている。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。