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はじめに

ECBは今回(3月)の理事会でも25bpの利下げを決定し、預金ファシリティー金利は2.5%となった。声明文には「金融政策は有意に引締め的でなくなりつつある」との表現が加わり、ラガルド総裁は不透明性の高さを踏まえて、今後の政策運営におけるデータ依存の姿勢を強調した。

経済情勢の評価

ラガルド総裁は、「金融政策が有意に引締め的でなくなりつつある(meaningfully less restrictive)」下で、家計や企業の資金調達コストは低下し、借入れも増加していると指摘した。その上で、経済活動は緩やかに回復しているとの見方を示した。

内容面では、製造業が縮小を続け、設備投資と輸出が不透明性によって想定以上の影響を受けているとした。一方、サービス業は底堅く、消費は緩やかに回復しているとしたが、失業率は低位だが労働需要は減速していると評価した。

今回(3月)の執行部による実質GDP成長率見通しは、2025~27年にかけて+0.9%→+1.2%→+1.3%となり、前回(12月)に比べて2025~26年が各々0.2pp下方修正された。ラガルド総裁はその理由が、通商摩擦を含む政策の不透明性による輸出と設備投資の低迷にあると説明した。

経済見通しのリスクも下方に傾いているとの評価を維持し、通商摩擦の深刻化や地政学リスクによる不透明性の高まり、既往の金融引締め効果の残存等の要因を挙げた。

質疑応答では、複数の記者がドイツによる大規模な財政拡大策と欧州委員会による財政支出拡大の容認を取り上げた。ラガルド総裁は長い目で見て経済活動にプラスとの理解を示したが、内容やタイミング、資金調達方法等の面で未確定な面が多く、今回(3月)の執行部見通しには反映されておらず、今後の運営と影響を注視する姿勢を示した。

また、関税政策についてラガルド総裁は、個人的見解と断ったうえで、「強い立場(from a position of strength)」で交渉に臨むべきとの発言を行ったほか、理事会メンバーが報復関税の影響も含めて、投資や消費、雇用の判断を下押しするとの懸念を共有したと説明した。

さらに、ラガルド総裁は、別な記者の質問に対して、国防関連の投資が増大することは、典型的には技術革新を促進し、生産性を向上するとの見方も示した。これらの発言は、中央銀行総裁としては異例に踏み込んだ内容という印象も受けた。

物価情勢の評価

ラガルド総裁は、ディスインフレの過程が着実に進行している(well on track)との評価を維持し、インフレ率は既往の見通しに沿って推移するとの見方を示した。足元では、インフレ基調のほとんどの指標が2%目標への持続的な収斂を示している一方、国内インフレ率の高止まりは賃金や価格の調整の時間的ラグによる面が大きいとし、賃金上昇率が減速しているとした。

もっとも、今回(3月)の執行部によるHICPインフレ率見通しは、 2025~27年にかけて+2.3%→+1.9%→+2.0%となり、前回(12月)に比べて2025が0.2pp上方修正された。ラガルド総裁はその理由をエネルギー価格の動向を映じたものと説明した。実際、 2025年のHICPコアインフレ率の見通しは、+2.2%と0.1pp下方修正されている。

物価見通しのリスクについては、通商摩擦によるユーロ安、地政学的リスクや自然災害、域内での国防費やインフラ投資の拡大を上方要因として挙げた一方、輸出の低迷と「過剰生産能力を有する国(中国を指すとみられる)」によるユーロ圏への輸出圧力、既往の金融引締め効果をを下方要因として指摘した。

質疑応答では、今回(3月)の声明文で2025年中の2%目標の達成を示唆する表現が削除されたことが取上げられた。ラガルド総裁は直接的な回答を避けた一方、ECBが注目しているのはサービス価格、ひいては国内の基調的インフレであるとし、ディスインフレは継続との見方を確認した。

金融政策の運営

ラガルド総裁は、(ECBにとっての政策反応関数を構成する)3つの要素、つまり、物価見通し、インフレ基調の動向、金融政策の波及度合いの評価に照らして25bpの利下げを行ったと説明した。また、質疑応答の中で、ホルツマン総裁(オーストリア中銀)が棄権したが、残りのメンバーの全会一致であったと述べた。

その上で、今後の政策運営については、新たなデータに即して毎回の会合で判断する方針を維持し、政策金利の特定のパスにコミットしないことも確認した。

質疑応答では、複数の記者が今後に利下げを停止するかどうかを質したほか、ラガルド総裁が以前の記者会見の際に(利下げの)方向性は明確(direction is clear)と述べていたが、今回(3月)には言及していない点を挙げて、方針転換の有無を質した。

ラガルド総裁は、ECBが既に累計で150bpの利下げを行った結果、「金融政策が有意に引き締め的でなくなりつつある」と判断したことを説明したほか、銀行貸出金利の緩やかな低下と貸出の緩やかな増加がみられる点を確認した。

その上で、今回(3月)の理事会では、この点に加えて、ディスインフレの進行と数名のメンバーが「驚異的な(phenomenal)」と表現したほどの不透明性が確認されたと説明し、従って、今後の政策金利のパスをコミットしないことを確認した。

一方、別の複数の記者は域内国による大規模な財政拡大策による長期金利の上昇への影響やQTの運営を取り上げた。

ラガルド総裁は、これらの政策発表からごく短時間しか経過しておらず、市場の反応を注視していると説明した。加えて、現時点では全体的な金利上昇に関わらず、域内国国債の利回り格差に大きな変化は生じていないと評価した。また、ECBは財政拡大に伴う物価への影響に対応するのであり、財政資金の調達面の役割はEIBを含む専門機関が担うべきとの考えを強調した。

また、QTに関しては、APPによる保有資産の再投資やTLTROの償還が終了し、PEPPによる保有資産の再投資も停止している点を確認した上で、これらは円滑に進行しているほか、あくまでも第一義的な政策手段は政策金利の調整であると説明した。

プロフィール

  • 井上 哲也のポートレート

    井上 哲也

    金融デジタルビジネスリサーチ部

    シニアチーフリサーチャー

    

    内外金融市場の調査やこれに関わる政策の企画、邦銀国際部門のモニタリングなどを中心とする20年超に亘る中央銀行での執務経験と、国内外の当局や金融機関、研究機関、金融メディアに構築した人脈を活かして、中央銀行の政策対応(”central banking”)に関する議論に貢献。そのための場として「金融市場パネル」を運営し、議論の成果を内外の有識者と幅広く共有するほか、各種のメディアを通じた情報と意見の発信を行っている。2012年には、姉妹パネルとして「バンキングパネル」と「日中金融円卓会合」も立ち上げ、日本の経験を踏まえた商業銀行機能のあり方や中国への教訓といった領域へとカバレッジを広げている。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。