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はじめに

Swiss National Bank(SNB)は、今回(3月)の理事会で25bpの利下げを決定し、政策金利は0.25%となった。声明文は、インフレ圧力の低さと下方リスクに対応する措置と説明しているが、物価見通しは、特に2025年中には極めて低いインフレが継続するとの見方を示している。

経済情勢の評価

まず、スイス経済にとって重要な影響を及ぼすユーロ圏経済について、Martin理事は、米国や中国が底堅いのと対照的に停滞していると評価した。これに対し、金融緩和が下支え効果を持つほか、欧州での財政支出の一層の拡大は中期的には景気刺激効果を持ちうると評価した。

世界経済全体については、緩やかな拡大が基本シナリオとしつつ、通商摩擦と地政学情勢によって急変しうる点で不透明性が高いとした。一方、物価については、エネルギー価格を主因に物価上昇圧力の高まりがみられるが、現在高止まっている基調的インフレ率については、欧州では今後に低下が見込まれる一方、米国では当面はこうした状態が続くとの見方を示した。

スイスの国内経済については、Tschudin理事が、サービス業と一部の製造業の好調さによって2024年第4四半期には堅調であった一方、失業率が若干上昇したことを確認した。

その上で、2025年第一四半期の実質GDP成長率が1~1.5%になるとの見通しを示した。これは、スイスの潜在成長率が1%台中盤にあるとの見方が多い点を考えるとやや弱めの数字と言える。 Tschudin理事は、実質賃金の上昇や金融緩和によって内需は恩恵を受けるとしつつ、海外経済の減速によって外需がマイナスの影響を受けるとの見方を示した。

物価情勢の評価

Schlegel議長は、CPIインフレ率が2月には前年比+0.3%に減速した点を確認しつつ、前回(12月)の見通しに沿って推移しており、減速の主因は1月に電力価格が引下げられたことにあるとの理解を示した。また、基調的なインフレ率は国内のサービス価格によって主たる影響を受けているとの理解も示した。

その上で、Schlegel議長は、今回(3月)のCPIインフレ率見通しは、前回(12月)とほとんど不変であると説明し、今回の利下げがなければインフレ率が一層低下したはずであると説明した。

具体的には、今回(3月)のCPIインフレ率の見通しのうち、2025年の各四半期+0.4%→+0.3%→+0.4%→+0.6%となり、前回(12月)に比べて各四半期が0.1pp上方修正された。

SNBの物価見通しは政策金利が見通し期間を通じて一定との仮定で作られており、前回(12月)見通しは政策金利が0.5%、今回(3月)見通しは政策金利が0.25%で各々横ばいとの仮定に基づくので、上方修正は利下げと整合的ではある。

もっとも、上方修正は極めて小幅であっただけでなく、2026年以の各四半期の見通しは前回(12月)から殆ど変わっていない。実際、SNBが同時に示した2025~26年の年間平均のCPIインフレ率見通しは+0.4%→+0.8%であり、前回(12月)に比べて2025年だけが0.1pp上方修正され、2026年は不変である。しかも、今回新たに公表した2027年の見通しも+0.8%となった。

つまり、SNBにとっては、不確実性の影響を除いても低インフレの中期的な継続が中心シナリオということになる。

金融政策の決定

Schlegel議長は、まず、既往の利下げの継続によって、中期のインフレ見通しが安定したとの評価を示したほか、前回(12月)の政策変更以降の物価の推移は想定通りであったとの理解を確認した。同時に、前節でみた中期のインフレ見通しが、SNBによるインフレ目標(0%から2%)の範囲内にある点も確認した。

一方、海外での経済と物価の不透明性が顕著に高まった点を認めた上で、スイスにとっては、インフレ見通しが非常に不透明であり、かつリスクは大きく(predominantly)下方に傾いているとの評価を示した。

従って、今回の利下げではインフレ圧力の低さと下方リスクを考慮したほか、利下げによって経済活動を支えていると説明した。今後についても、不透明性の高さを踏まえて経済情勢を注視し、適切な金融環境の維持に必要な措置を講ずるとした。なお、この点に関して声明文では、引続き、必要に応じて為替市場でも措置(為替介入)を活用する姿勢も明記している。

今後の政策運営

欧州市場では、SNBの利下げが打止めとの予想がみられる。

主な理由としては、第一に、インフレの基調が前回(12月)と変わっていないとすれば、今回(3月)の利下げには保険的な意味合いがあるとの理解である。併せて、今後の不透明性に備えて、今後は政策運営の柔軟性を確保したいはずとの見方もある。

より重要な第二の理由として、スイス経済との関係が密接であるユーロ圏経済の見通しの好転を指摘する向きもみられる。具体的には、ドイツに代表される域内国での財政拡大によって景気が回復することが、スイスにとっては、外需の回復とともに、ユーロ/スイス相場の減価を通じてインフレ圧力をもたらすとの見方である。

ただし、第一の要因のうち政策運営の柔軟性に関しては、既に政策金利が極めて低位となったことに加えて、SNBがインフレの下方リスクを重視している以上、合理性には疑問がある。

第二の要因も、 Martin理事が指摘したように実体経済面での波及には相応の時間を要する。また、為替市場では、ユーロ/スイス相場が今月前半に大幅に減価した後は、SNBによる今回(3月)の利下げを経ても、下げ止まりの様相も見せている。

その上で、SNBにとってより重要なことは為替介入をどの程度活用しうるかという点であるとみられる。現地報道によれば、 Schlegel議長はスイスのような開放小国では為替レートが重要との考えを確認したようだ。しかし、今回の局面ではトランプ政権による自国通貨安政策への批判という新たなリスク要因も存在する。

これらの点を踏まえると、SNBが今後も利下げに踏み切る可能性をアプリオリに排除することはできないように見える。

プロフィール

  • 井上 哲也のポートレート

    井上 哲也

    金融デジタルビジネスリサーチ部

    シニアチーフリサーチャー

    

    内外金融市場の調査やこれに関わる政策の企画、邦銀国際部門のモニタリングなどを中心とする20年超に亘る中央銀行での執務経験と、国内外の当局や金融機関、研究機関、金融メディアに構築した人脈を活かして、中央銀行の政策対応(”central banking”)に関する議論に貢献。そのための場として「金融市場パネル」を運営し、議論の成果を内外の有識者と幅広く共有するほか、各種のメディアを通じた情報と意見の発信を行っている。2012年には、姉妹パネルとして「バンキングパネル」と「日中金融円卓会合」も立ち上げ、日本の経験を踏まえた商業銀行機能のあり方や中国への教訓といった領域へとカバレッジを広げている。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。