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はじめに

金融政策の現状維持を決定した3月のFOMCでは、米国政府の関税政策による景気と物価への影響に関する高い不透明性が議論され、今後の政策金利の変更には慎重に対処すべきとの考え方が共有された。

物価情勢の評価

FOMCメンバーはインフレ率が過去2年に顕著に減速した点を確認した。もっとも、数名(some)のメンバーは足元のインフレ率が想定以上に高いとした。また、非住宅価格の上昇率の高止まりに加え、数名(some)のメンバーは企業が関税引上げを前倒しで価格に転嫁したことが財価格の上昇に影響している可能性を指摘した。

今後についてFOMCメンバーは、関税引上げによって、程度や持続性は極めて不透明であるとしても、2025年にはインフレ率が上昇する可能性が高いと判断した。

この点に関し数名(several)のメンバーは、ヒアリング先企業にとって関税引上げが想定以上であったとしたほか、数名(several)のメンバーは、投入コストが既に上昇しているとか、関税引上げによるコスト上昇を価格に転嫁する予定があるとの報告をヒアリング先企業から受けたと説明した。

これに対し、2名(a couple of)のメンバーは、コロナ禍後の超過貯蓄を失った多くの家計が値上げを受容しない可能性や、移民の減少によって賃貸や廉価な住宅への需要が低下する可能性など、インフレ圧力の抑制要因を挙げた。

これらを踏まえ、2名(a couple of)のメンバーは、持続的なインフレ圧力と関税引上げの一時的な影響を区別することが非常に困難になりうるとの見方を示した。その上でFOMCメンバーは、関税引上げの影響が持続的かどうかに関係する要素として、中間財への関税による生産の各段階での投入コストの上昇、サプライチェーンの再構築に関する複雑さ、相手国の報復関税、長期インフレ期待の安定を挙げた。

また、ほとんどすべて(almost all)のメンバーが、市場ベースとサーベイベースの短期インフレ期待の上昇を認識したが、多く(generally)のメンバーは長期インフレ期待の安定を確認した。

経済情勢の評価

FOMCメンバーは労働市場が概ねバランスしていると評価し、低位な失業率や賃金上昇率の減速、雇用増加の底堅さを挙げた。

もっとも、数名(several)のメンバーは、企業によるlay-off計画や経済的理由によるパート就労が増加している点を指摘した。また、大多数(majority)のメンバーは、連邦政府での雇用と予算の削減が契約企業、大学、病院、地方政府、NPO等の雇用に影響し始めたと指摘した。

さらに、多く(many)のメンバーは、ヒアリングやサーベイの結果によれば、企業が政策の不透明性を理由に雇用を停止しているとみられると指摘したほか、数名(several)のメンバーは、ヒアリング先企業には、移民政策の厳格化が労働供給を減少させ、一部の業種での賃金上昇を招くとの懸念があると説明した。

一方、FOMCメンバーは、経済活動は底堅いが消費支出の増加ペースに減速の兆しがあると評価した。この点に関して数名(several)のメンバーは、小売業や航空業による業績見通しの下方修正は、低所得と高所得の双方の階層での消費需要の減速を示唆すると指摘した。

その上でFOMCメンバーは、消費の抑制に繋がる要素として、多くのサーベイ結果が示唆するマインドの悪化や金融環境の悪化見通し、力強い雇用所得の増加や資産価格の顕著な上昇が継続しないとの見方を挙げた。

企業部門についても、ほとんど(most)のメンバーは、ヒアリングやサーベイの結果によれば、企業が政府の政策変更に関する不透明性を一層意識し、マインドの悪化を示していると指摘した。また、数名(several)のメンバーは、自動車産業が、相互連関かつクロスボーダーのサプライチェーンを有するだけに、関税引上げに伴う顕著なリスクに直面していると説明した。

もっとも、数名(several)のメンバーは、よりbusiness friendlyな規制や財政政策の変更、AI等による生産性上昇によって、先行きの収益に楽観的な見通しを有していると指摘した。

金融政策の運営

FOMCメンバーは、インフレ率が依然としてやや高い一方、経済活動や労働市場は底堅いと評価し、経済見通しの不透明性が極めて高い点を考慮して、政策金利の現状維持を全会一致で決定した。

今後の政策運営については、政府の一連の政策による経済見通しへの影響が高い点を確認し、慎重な対応(cautious approach)が適切とした。また、大多数(a majority)のメンバーは、多様な要因によるインフレ圧力が以前の想定以上であるとの見方を示した。

一方で、現在の政策スタンスはなお引締め的であり、物価や経済の見通しが明確になるまで待つのに良好な位置にある(well positioned)との評価を維持した。また、リスクマネジメントの観点では、ほとんどすべて(almost all)のメンバーが、物価のリスクは上方に、雇用のリスクは下方に傾いていると評価した。

FOMCメンバーは、インフレ率が高止まれば引締め的政策を維持する一方、雇用や経済が悪化すれば、金融緩和を行う方針を確認した。もっとも、数名(several)のメンバーは、インフレが持続的になる一方、経済や雇用が弱まることで難しいトレードオフに直面する可能性を挙げたほか、数名(several)のメンバーは高インフレが想定以上に持続する可能性を指摘した。

今回(3月)のFOMCではQTの減速も決定した。この点については、保有資産の削減を続ける方針には全員が賛成したが、今回の減速にはウォラー理事が反対した。

この点に関して、多数(many)のメンバーは、既定方針に沿った対応であり、最終的な資産規模に影響しない点を確認した。また、数名(some)のメンバーは政府預金の迅速な回復に伴う資金不足を避ける意味を指摘した。もっとも、数名(several)のメンバーはそうした理由の重要性を否定したほか 、多く(many)のメンバーは市場の混乱は既存の手段によって対応可能との見方を示した。

プロフィール

  • 井上 哲也のポートレート

    井上 哲也

    金融デジタルビジネスリサーチ部

    シニアチーフリサーチャー

    

    内外金融市場の調査やこれに関わる政策の企画、邦銀国際部門のモニタリングなどを中心とする20年超に亘る中央銀行での執務経験と、国内外の当局や金融機関、研究機関、金融メディアに構築した人脈を活かして、中央銀行の政策対応(”central banking”)に関する議論に貢献。そのための場として「金融市場パネル」を運営し、議論の成果を内外の有識者と幅広く共有するほか、各種のメディアを通じた情報と意見の発信を行っている。2012年には、姉妹パネルとして「バンキングパネル」と「日中金融円卓会合」も立ち上げ、日本の経験を踏まえた商業銀行機能のあり方や中国への教訓といった領域へとカバレッジを広げている。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。