&N 未来創発ラボ

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はじめに

FRBによる今回(4月)のFSRは、刊行直前に生じた金融市場の不安定化について暫定的な評価を示しているほか、金融システムの中で脆弱性を有する領域についての理解を示している。

4月初の株価の下落

4月初の金融市場の不安定化のうち株式については、第1章「資産価格の評価」の中で、S&P500ベースのPERが長い目で見て高水準であったことや、エクイティ・プレミアム(株式益回りと10年国債利回りの差)が大きくマイナスであった点を挙げて、株価が過大評価であったとの理解を示した。しかも、執筆時点(4月14日)でも、PERは依然として過大と指摘している。

つまりFRBは、理由はともかく、株価下落を既往の過大評価の調整と理解していることになる。こうした楽観的な見方は、社債のクレジットスプレッドも拡大したが、長期的にみて抑制されている事実を指摘している点とも整合的である。

一方、株価下落の主導者については明示していないが、第3章「金融部門のレバレッジ」の中で、多くのレバレッジ投資家がボラティリティの上昇やマージン・コールに対応するためポジションを巻き戻したとの見方を示している。この点に関しては、FRBのサーベイ(SCOOS・3月)の結果にも言及しつつ、ヘッジファンドのレバレッジが高水準であった点も指摘している。

4月初の米国債利回りの不安定化

しかし、今回の金融市場の不安定化でより注目すべき動きは、米国債利回りの不安定化である。

まず、第1章「資産価格の評価」で、3月までに生じていた特徴として、①利回りの水準が長い目で見て高かった、②イールドカーブが若干スティープ化した一方、計量分析によるターム・プレミアムは長い目で見た平均付近にあった、③ボラティリティは長い目で見て高かった、ことを示した。

その上で、米国債の市場流動性について、on-the-run銘柄のベスト・クォートの規模を参照しつつ、既に長い目で見て低かった上に、4月初に顕著に下落したと評価した。もっとも、市場は機能し、過去のような顕著なストレスは生じなかったとも評価した。

この点にはいくつか注意すべき事実がある。

第一に、同じ第1章「資産価格の評価」で、S&P500先物のベスト・クォートの規模を参照しつつ、株式市場でも2020年以降は市場流動性が低位に推移していたと指摘している点である。市場流動性の低下の理由が両市場で異なる可能性は排除できないが、いずれにせよ、市場流動性がともに低位であることは望ましくない。

第二に、米国債市場が依然として二つに分断されている点である。第1章の図1.11と図1.12はともにon-the-run銘柄のベスト・クォートの規模を示しているが、前者はインターディーラー、後者はいわゆる投機筋が利用するとされるプラットフォームである。

筆者がコロナ禍前に米国当局に質問した際には、インターディーラーが市場流動性を維持すれば問題ないとの説明を受けることが多かった。実際、両者が共通して提示している10年債のon-the-runをみても、後者の方が影響が大きかったように見える。

それでも、第3章「金融部門のレバレッジ」では、ブローカー・ディーラーの米国債在庫が、新規発行の増加と投資家による需要減によって本年第1四半期に高水準に達し、この点が市場の不安定化の際に仲介能力を抑制したとの見方を示している。

米国債自体は同質の財である以上、二つのプラットフォーム間での裁定は相応に生ずるだけでなく、上記のように主要なプレーヤーの行動を通じてストレスは伝播しうる点に注意すべきである。

金融システムの漸弱性

今回(4月)のFSRには、米国の金融システムの安定性が改善した領域がいくつか指摘されている。

まず、第2章「企業と家計の借入れ」が指摘するように、企業や家計の債務残高はGDP比で低下を続けている。もちろん、中小企業に関しては金利上昇の影響、家計に関しては低所得層での負担増や自動車ローンと消費者ローンの延滞率の上昇といった動向も指摘している。それでも、景気循環の成熟局面にも関わらず過剰債務が存在しない点は、マクロ的には大きな意味を持つ。

また、近年のFSRで指摘された商業不動産も、需給の改善や銀行等による貸出条件の変更等によって状況に改善の兆しがあるとしたほか、CLOについても、EBITDAが相対的に高い企業への貸出を裏付けとする銘柄の発行が大きい点を取り上げている。

一方で、いくつか気になる点もある。

第一に、住宅価格の上昇は減速しているが、水準が過大評価になっている恐れである。第1章「資産価格の評価」は、住宅価格を帰属家賃、市場家賃のいずれで評価しても、2000年代前半と同様な高水準にあると推計している。住宅価格に調整が生じれば、資産効果を通じて消費を下押しする恐れがある。

第二に、銀行部門の保有証券の含み損が依然として大きい点である。第3章「金融部門のレバレッジ」は、AFSとHTMの合計で見た含み損が昨年第4四半期末で5000億ドル弱であるとしている。直ちにシステミックな意味合いを持つ訳ではないとしても、個別金融機関のレベルでは問題となりうる。

なお、銀行部門によるNBFIへの与信も緩やかなペースだが増加している。第3章「金融部門のレバレッジ」は、銀行のNBFIへの与信(実利用額ベース)は、プライベート・エクイティやプライベート・クレジットのファンド、SPEやCLO、ABSなどに相対的に多く振り向けられたとしている。

ただし、今回(4月)のFSRは、そうした与信が特定の領域に過度に集中していない点や不良債権比率も企業向け貸出より低いといった点を挙げて、大きな懸念ではないとの見方を示唆している。

資金調達のリスク

第4章「資金調達のリスク」は、急速な資金引出しに直面しやすいマネー類似の負債(runnable money-like liability)という概念(預金保険対象外の預金、MMF、レポ、CP、証券貸借)を示し、総規模が長い目で見て平均的な水準にあると評価している。

なお、ステーブルコインも急速な資金引出しに脆弱との見出しが示されているが、なぜか本文には対応する記述がなかった。

プロフィール

  • 井上 哲也のポートレート

    井上 哲也

    金融イノベーション研究部

    

    内外金融市場の調査やこれに関わる政策の企画、邦銀国際部門のモニタリングなどを中心とする20年超に亘る中央銀行での執務経験と、国内外の当局や金融機関、研究機関、金融メディアに構築した人脈を活かして、中央銀行の政策対応(”central banking”)に関する議論に貢献。そのための場として「金融市場パネル」を運営し、議論の成果を内外の有識者と幅広く共有するほか、各種のメディアを通じた情報と意見の発信を行っている。2012年には、姉妹パネルとして「バンキングパネル」と「日中金融円卓会合」も立ち上げ、日本の経験を踏まえた商業銀行機能のあり方や中国への教訓といった領域へとカバレッジを広げている。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。