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はじめに

FRBは今回(5月)のFOMCで政策金利の現状維持を決定した。パウエル議長は、失業率とインフレ率の双方の上方リスクが高まったとの認識を示したが、景気は底堅くインフレも目標をやや上回っているとして、政策金利の調整を急がず、関税引上げ等の影響を見極める姿勢を確認した。

経済情勢の評価

パウエル議長は、第1四半期の実質GDP成長率が関税引上げの駆け込み輸入によって減速したが、国内最終民需(PDFP)は昨年と同じく3%の伸びを維持したと説明した。内容別には、個人消費がやや減速した一方、設備投資は回復した点を指摘した上で、家計と企業のマインドが急速に悪化した点も確認した。

労働市場については、雇用者数の増加や低位な失業率に言及しつつ引続き強いとしたほか、賃金上昇率は減速したがインフレ率を上回り、全体として最大雇用の状況にあると評価した。

質疑応答では、複数の記者が第1四半期の実質GDP成長率の意味合いを質した。パウエル議長は、個人消費がやや減速したが、 PDFPの堅調さも含めて関税引上げの影響はまだ明確でないとした。一方、駆込み輸入だけでなく、多くの経済活動で今期以降に第1四半期の反動が生じうるとして、経済情勢の判断が難しいことも認めた。

別の複数の記者は、企業や家計のマインドが明確に悪化している点を指摘しつつ、ハードデータへの波及について質した。パウエル議長は、マインドの悪化が継続すれば、週ないし月といった期間でハードデータへ波及しうる点を認めつつ、現時点でそうした状況は生じていないとの見方を示した。また、コロナ禍後にも同様な乖離が生じたとも付言した。

物価情勢の評価

パウエル議長は、インフレ率が過去2年で顕著に減速したが、足元では2%目標に対してなお高いとの評価を維持した。この間、短期のインフレ期待が上昇し、家計や企業、エコノミストが関税引上げをその要因と指摘している点に言及した一方、長期のインフレ期待は安定を維持しているとした。

その上で、既に公表済の大幅な関税引上げが維持された場合、インフレ率を引上げ、景気を減速させる可能性があると指摘した。このうち前者は、物価水準の1回限りの上昇によって短期に止まる可能性がある一方、より持続的になる可能性もあるとした。

さらに、パウエル議長は、インフレ圧力の持続性は、関税引き上げの影響の大きさと、物価への波及に要する期間、長期インフレ期待の安定の如何に依存するとの考えを示すとともに、そうした状況を回避することがFRBの責務であるとした。

質疑応答では、最近のエネルギー価格や住居費の軟化、直近のCPIインフレ率の減速等を挙げて、インフレ圧力の低下を指摘する意見があった。パウエル議長は、これらの事実を認めつつも、先行きに関する不透明性が高いとの見方を確認した。

また、複数の記者が、中国からの輸入が急減し始めている点やサプライチェーンに混乱が生ずる恐れを指摘したが、パウエル議長はそうした問題への対応は政府の責務であるとしたほか、現時点ではハードデータに影響が表れている訳ではないと回答した。

その上で、パウエル議長は、政府は既に主要な相手国と関税に関する交渉を開始しており、FRBはその推移を見守ると説明した。

金融政策の運営

パウエル議長は、政府が4つの領域(通商、移民、財政、規制緩和)で政策変更を導入しつつあり、これまで公表された関税引上げは想定よりはるかに大きいとの見方を確認した。また、すべての政策は変化しつつあり、経済への影響も高度に不透明であるとした。

加えて、パウエル議長は、金融政策が経済がより透明になるまで待つ上で良い位置(well positioned)にあるとの考えを確認した一方、デュアルマンデートに緊張が生じる可能性も指摘した。その際は、各々の目標からの距離とそれらのギャップが埋まる時間的視野の違いを考慮して対応する方針を示した。

質疑応答では、利下げには労働市場のどんな変化が必要かを質す向きがみられた。パウエル議長は、特定の指標でなく、労働市場全体を評価する姿勢を確認した。また、昨年のJackson Holeでは労働市場の軟化を予想したが、実際には底堅く推移しているとも指摘した。

その上で多くの記者がデュアルマンデートのバランスを取り上げた。パウエル議長は、失業率とインフレ率の双方の上方リスクが上昇した点を確認し、インフレ率の2%目標への収斂も不透明になったと説明した。もっとも、経済成長は堅調で失業率も低く、インフレ率も減速傾向にあるとして、現時点でデュアルマンデートに緊張が生じている訳ではないとの見方を示唆した。

もっともパウエル議長も、経済活動の実績と見通しとの関係も不透明ではないかとの記者の指摘に合意し、仮にデュアルマンデートの間で緊張が生じた場合は、複雑かつ困難 (complicated and challenging)な判断が必要になると説明した。その上で、仮にそうした状況が生じた場合の対応は、上記のように、目標からの距離とギャップを埋める時間的視野の違いを考慮することも確認した。

これらを踏まえて一部の記者は、今後の利下げのペースを質した。パウエル議長は、今回のFOMCではそうした議論はなかったと説明し、今後の政策変更のスケジュールを示しうる状況にはないとした。

なお、質疑応答では、一部の記者がトランプ大統領による利下げ要求等も取り上げた。パウエル議長は、直接的にはコメントせず、FRBとしてデュアルマンデートの達成に専念する方針を確認した。また、議長の任期満了後の理事ポストについても、現在は議長職に専念するとしてコメントを避けた。

その上で興味深かったのは、パウエル議長がトランプ大統領の就任後に一度も面談していないとの指摘を認めた点である。さらにパウエル議長は、任期を通じて大統領との面談は常に先方のオファーであったと説明し、トランプ大統領か依頼がない点やパウエル議長が自発的に面談をオファーすることはない点を示唆した。

また、パウエル議長は、記者が財政政策の運営について質問した際にも、政府はFRBによる財政政策への助言を必要としてないと同様に、FRBも政府による金融政策への助言を必要としていないという皮肉を込めた回答で応じた。

プロフィール

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    井上 哲也

    金融イノベーション研究部

    

    内外金融市場の調査やこれに関わる政策の企画、邦銀国際部門のモニタリングなどを中心とする20年超に亘る中央銀行での執務経験と、国内外の当局や金融機関、研究機関、金融メディアに構築した人脈を活かして、中央銀行の政策対応(”central banking”)に関する議論に貢献。そのための場として「金融市場パネル」を運営し、議論の成果を内外の有識者と幅広く共有するほか、各種のメディアを通じた情報と意見の発信を行っている。2012年には、姉妹パネルとして「バンキングパネル」と「日中金融円卓会合」も立ち上げ、日本の経験を踏まえた商業銀行機能のあり方や中国への教訓といった領域へとカバレッジを広げている。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。