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はじめに

金融政策の現状維持を決定した5月のFOMCは、主として関税引上げの影響により、雇用の下方リスクと物価の上方リスクの双方が上昇したと評価し、今後の慎重な政策運営の方針を共有した。

物価情勢の評価

FOMCメンバーはインフレ率が2022年のピークから顕著に減速したが、2%目標に対して高止まっている点を確認した。また、今後のインフレが関税引上げによって押し上げられる可能性を指摘しつつ、その影響には高い不透明性があるとした。

この点について多く(many)のメンバーは、企業が一部ないし全部のコスト上昇を価格に転嫁する計画にあると指摘したほか、数名(several)のメンバーは、短期インフレ期待の上昇や過去の高インフレの経験によって、企業が価格を引き上げやすくなっている可能性を挙げた。

また、数名(some)のメンバーは、中間財への関税がインフレの持続的な上昇をもたらす可能性を指摘したほか、数名(a few)のメンバーはサプライチェーンの混乱がコロナ後と同様に持続的な影響をもちうると指摘した。

これに対し数名(several)のメンバーは、外交交渉による関税率の引下げ、家計による価格引上げの許容の低下、経済の減速、移民の減少による住居費の上昇の抑制、企業によるシェア拡大の意向といった要素がインフレを抑制しうると主張した。

経済情勢の評価

FOMCメンバーは、関税引上げが想定より顕著に大きくかつ広範と評価し、今後の動向や経済活動への影響には規模、広がり、タイミング、持続性の点で高い不透明性があるとの認識を示した。また、財政、規制、移民の各政策の変更とその影響が加わる下で、経済見通しには異例に高い不透明性があるとの理解を示した。

一方で、足元では経済が底堅く推移している点を確認した。数名(several)のメンバーは、第1四半期のGDP成長率の低下も、駆込み輸入の増加が在庫や支出の増加に反映していない点で計測上の問題を有することや、国内最終民需は力強く成長した点を指摘した。

このうち家計についてFOMCメンバーは、3月の消費支出が力強く成長した点を確認したほか、数名(several)のメンバーは、一部の駆込み需要を除けば、関税引上げの影響はマクロデータに現れていないと指摘した。

もっとも、他のメンバーはセンチメントの急速な悪化を指摘したほか、数名(several)のメンバーは、経済の不透明性の上昇や関税引上げの影響による価格上昇が、予備的貯蓄の増加に繋がる可能性を指摘した。さらに2名(a couple of)のメンバーは、金融市場のセンチメントの悪化も消費を抑制する可能性を指摘した。

これに対し数名(a few)のメンバーは、家計のバランスシートの強さ、エネルギー価格の低下、消費の財からサービスへのシフトなどが消費支出の下押しを抑制しうると指摘した。

この間、労働市場についてFOMCメンバーは、概ねバランスしていると評価し、雇用増は強く、労働参加率の安定や移民の減少の下で失業率と整合的な水準にあると評価した。もっとも、数名(some)のメンバーは、ヒアリング先企業で雇用の減少や停止の動きがあるとしたほか、FOMCメンバーは今後数か月に労働市場に下方リスクがあると評価した。

企業についてFOMCメンバーは、第1四半期に設備投資が回復した点を確認した一方、センチメントが急速に悪化し、多くの企業が設備投資の停止や先送りを行ったとした。数名(several)のメンバーは、投入コストの増加見通しとサプライチェーンに混乱への懸念のため、製造業のセンチメントが総じて弱い点を指摘した。

具体的な影響に関して、数名(a few)のメンバーは、小売業が関税引上げによるコスト上昇を懸念していると指摘したほか、数名(several)のメンバーは、マージンによるコスト吸収や輸入品の代替が困難な中小企業がもっとも脆弱との見方を示した。

さらに2名(a couple of)のメンバーは、価格下落により生産コストが見合わないため、エネルギー部門の成長が制約されると指摘したほか、数名(several)のメンバーは、政府の支出削減と移民の減少によって、病院や大学、NPOが影響を受けていると指摘した。

これに対し数名(some)のメンバーは、規制緩和、法人税減税、企業のバランスシートの相対的な強さ、外交交渉による関税率の引下げなどが、経済の下押しを緩和しうると指摘した。

金融政策の運営

FOMCメンバーは、インフレ率が依然としてやや高い一方、経済活動や労働市場は底堅いと評価した一方、経済見通しの不透明性が一層高まり、失業と物価の上方リスクがともに高まった点を考慮して、政策金利の現状維持を全会一致で決定した。

今後の政策運営については、現状の金融政策がやや引締め的である点も踏まえると、物価や経済の見通しに関する透明性が高まるまで待つのに良い位置(well positioned)にあると評価した。また、政府の一連の政策による経済への影響が明らかになるまで、慎重な対応(cautious approach)が適切とした。

リスクマネジメントの観点では、殆ど全員(almost all)のメンバーが、インフレが想定以上に持続するリスクを指摘した。その上で、インフレ率が目標を上回る状況が続いただけにインフレ期待の感応度が上昇した可能性も含めて、長期インフレ期待の安定を維持することの重要性を確認した。さらに、インフレがより持続的となり、経済成長や雇用が低下すれば、困難なトレードオフに直面するとの認識を示した。

もっとも、数名(several)のメンバーは、経済政策の最終的な内容や経済への影響は極めて不透明であると指摘したほか、数名(a few)のメンバーは、不透明性によって企業や家計の支出が抑制される可能性や、経済活動の下方リスクが顕在化した場合にはインフレ圧力も低下する可能性を指摘した。

これらの議論を踏まえて、FOMCメンバーは、今後の政策金利の変更の程度やタイミングを検討する上では、新たな経済データ、経済や物価の見通しの変化、それらのリスクのバランスを慎重に評価する方針を確認した。

プロフィール

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    井上 哲也

    金融イノベーション研究部

    

    内外金融市場の調査やこれに関わる政策の企画、邦銀国際部門のモニタリングなどを中心とする20年超に亘る中央銀行での執務経験と、国内外の当局や金融機関、研究機関、金融メディアに構築した人脈を活かして、中央銀行の政策対応(”central banking”)に関する議論に貢献。そのための場として「金融市場パネル」を運営し、議論の成果を内外の有識者と幅広く共有するほか、各種のメディアを通じた情報と意見の発信を行っている。2012年には、姉妹パネルとして「バンキングパネル」と「日中金融円卓会合」も立ち上げ、日本の経験を踏まえた商業銀行機能のあり方や中国への教訓といった領域へとカバレッジを広げている。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。