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はじめに

パウエル議長は、金融政策の半期報告に関する議会証言(下院金融サービス委員会)で、政策金利の調整において、経済の動向を見極めるのに良い位置にあるとの理解を確認した。質疑応答では、複数の議員が、住居費の高騰や金融規制へのスタンスといった点も取り上げた。

金融・経済情勢の評価

共和党のフォスター議長は、冒頭発言と質疑の双方で、インフレが減速し、経済活動も底堅い点を強調したほか、関税引上げは米国を強固にするのに必要であると主張し、トランプ政権の経済政策の成果を強調した。

一方、共和党のマクレーン議員は、不法移民の排除は支持するが、移民の減少が建設、ホスピタリティ、農業の3分野で人手不足を招いているとし、人口動態の変化の下で経済成長を下押しするとの懸念を示した。パウエル議長は、移民政策がFRBの責務でない点を確認したほか、経済成長は生産性の動向にも依存する点を説明した。もっとも、AI等による生産性の上昇には時間がかかるとの見方も示した。

これに対し、民主党のベラスケス議員は、FRBが6月のSEPでインフレ見通しを上方修正、経済成長見通しを下方修正した理由を質した。パウエル議長は、SEPがFOMCメンバーの見通しを集約したものである点を説明した上で、FRBだけでなく民間エコノミストも関税引上げによるインフレ率の上昇を予想しているとした。

また、民主党のリカルド議員やウォーターズ副議長の質問に対して、パウエル議長は、前倒し輸入と在庫積上げによって小売業での販売価格の引上げは生じておらず、6月~7月のデータを注視する姿勢を示した。

もっとも、今後の価格転嫁には不透明性が残るとし、需要の価格弾力性の高い財で困難となる可能性を示唆した。この点では、民主党のウォーターズ副議長が、中小企業への負荷が集中するとの懸念を示し、パウエル議長も、大企業は扱う財やビジネスが多様であるため、コスト上昇に対応しやすい点を認めた。

さらに、民主党のベラスケス議員やハイムズ議員は原油価格の高騰のリスクを質した。パウエル議長は中東情勢の影響を評価するのは時期尚早とした一方、1970年代に比べて原油が経済活動や物価に占めるウエイトが低下したと指摘した。また、米国は国際価格の上昇に国内生産の増加で対応しうるが、事業者は過剰投資を恐れて投資に慎重であるとの見方も示した。

金融政策の運営

トランプ大統領が利下げ要求を強めているだけに、共和党側からFRBによる金融政策の妥当性を質す指摘が目立った。

フォスター議長は、FRBのウォラー理事のコメントを引用しつつ、早期の利下げが適切と主張したほか、ハイゼンガ議員もインフレの減速傾向や他国の利下げを指摘した。これに対しパウエル議長は、物価の動きをbackwardにみれば、政策金利を中立水準まで引下げることが妥当とした上で、関税引上げによるインフレ率の上昇が見込まれる点を指摘し、「様子見」の合理性を示唆した。

また、フィッツジェラルド議員は、FRBは昨年冬には現在と同様な経済環境の下で50bpの利下げを行ったと主張し、政治的な中立性に疑問を呈した。パウエル議長は、当時は労働市場の悪化が懸念される下で、金融政策の引締め過ぎの状態を修正する必要があったと説明し、現在は労働市場が底堅いとの見方を確認した。

さらにローラー議員は、FRBのボウマン副議長も早期利下げを示唆している点に言及し、同じく関税引上げの下にあった2018年に利下げしたこととの違いを質した。パウエル議長は、当時はインフレ基調が弱かった一方、今回は高インフレを経験した直後であり、インフレ期待の先行きに不透明性があるとした。

金融政策の運営に関しては、民主党側も含めて、住宅市場との関係を巡る議論もみられた。

共和党のホイジンガ議員やスタイル議員は、住宅ローン金利の負担の大きさを取り上げた一方、住宅価格の上昇によって賃料が高止まっている点に懸念を示した。パウエル議長は、住宅政策はFRBの職務でない点を確認した一方、賃料は下落傾向にあるが、契約更改の時間的ラグのため波及に長期を要するとした。

同じく、民主党のタリーブ議員も、金利の高止まりと住宅価格の上昇によりaffordabilityが低下している点に懸念を示した。パウエル議長も、住宅市場は構造的な供給不足の下にあるとの見方を示した一方、政策金利は需要の抑制を通じて価格安定に寄与していると説明した。

金融規制への対応

共和党のスタイル議員は、FRBが銀行監督においてreputation riskを除外するとした決定を評価し、早期に実現できたはずと指摘した。パウエル議長は、こうした規制によるde-banking(銀行以外の金融仲介)の問題を検討していたと説明した。

また、共和党のムーア議員は、バーゼルIIIの"end game"を事実上放棄したことを評価した。その上で、バーゼルIIIの国内への適用は国内規制の枠組みに即して行う方針かどうかを質したのに対し、パウエル議長はそうした方針に同意するとともに、FRBでの本件への対応はボーマン副議長が担うことを確認した。

さらに、共和党のフラッド議員はSLRの見直しを取上げ、米国債を比率の算定から除外すべきと主張した。パウエル議長は、SLRが銀行による米国債投資を阻害している可能性を認めたほか、コロナ期(2020年4月~2021年3月)とは異なり、今回は常態的な措置とする方向である点を示唆した。

このほか、暗号資産に関する議論もあった。

共和党のスタイン議員は、FRBが銀行による暗号資産関連の業務に関して規制緩和を実施したことの効果を質した。パウエル議長は、銀行はビジネスをより自由に行うことができ、暗号資産業界でも変化の兆しがあると指摘した。これに対し、民主党のゴットハイマー議員は、ステーブルコインの発行者は100%の裏付け資産を持つべきと指摘したが、パウエル議長は具体的なコメントを避けた。

なお、民主党のゴットハイマー議員は、中東情勢を映じたサイバーリスクの高まりの可能性を示唆した。パウエル議長は、FRB自身も標的となりうるとの認識を示し、関係機関と協力して対応する考えを示した。

プロフィール

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    井上 哲也

    金融イノベーション研究部

    

    内外金融市場の調査やこれに関わる政策の企画、邦銀国際部門のモニタリングなどを中心とする20年超に亘る中央銀行での執務経験と、国内外の当局や金融機関、研究機関、金融メディアに構築した人脈を活かして、中央銀行の政策対応(”central banking”)に関する議論に貢献。そのための場として「金融市場パネル」を運営し、議論の成果を内外の有識者と幅広く共有するほか、各種のメディアを通じた情報と意見の発信を行っている。2012年には、姉妹パネルとして「バンキングパネル」と「日中金融円卓会合」も立ち上げ、日本の経験を踏まえた商業銀行機能のあり方や中国への教訓といった領域へとカバレッジを広げている。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。