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はじめに

上院(銀行・住宅・都市問題委員会)での金融政策の半期報告に関するパウエル議長の議会証言では、共和党が金融規制の緩和を前向きに評価したのに対し、民主党は大規模減税によるインフレや格差拡大に懸念を示した点が目立った。

金融・経済情勢の評価

共和党のケネディ議員やリケッツ議員は、関税引上げの物価への影響が1回限りに止まる可能性を含めて、総じて限定的に止まるとの見方を示唆した。

パウエル議長は、1回限りの物価上昇が基本シナリオとしても、大規模な関税引上げは前例がなく、波及効果に不透明性が高いとの見方を示した。併せて、前回の関税引上げ時(2018年)とはインフレの環境が異なる点も指摘した。

また、共和党のハガティ議員は、AIの導入による生産性の上昇や大規模減税による設備投資の活性化に伴うディスインフレが、関税引上げのインフレ圧力を相殺すると主張した。パウエル議長は直接の回答を避けた一方、政府の政策全体による物価への影響を注視する姿勢を確認した。

一方、民主党のウォレン副議長は、冒頭発言で、関税引上げによるコスト負担が中小企業と中間層の家計に集中するとの懸念を示した。また、ウォレン議員は、6月のSEPの修正理由を質し、 パウエル議長も関税引上げが主因であると説明した。もっとも、民主党のヴァンホーレン議員が指摘した企業マインドの悪化については、4月をボトムに改善方向にあるとの見方を確認した。

大規模減税については、民主党側からの批判が目立った。ウォレン副議長やスミス議員は富裕層への恩恵による格差の是正と政府債務の増大に懸念を示した。パウエル議長は財政政策にはコメントしないとの立場を維持したが、政府債務が長期的に持続可能でないとの見方を確認した。

また、リード議員やワーノック議員は、金利上昇が財政赤字の悪化との悪循環を招くリスクや、米ドルの信任低下につながる恐れを指摘した。パウエル議長は、米ドルが国際通貨であることの重要性を確認した。その上で、米ドルの信認は市場で決まるとしたほか、長期的に米国経済に影響を与えうる要素との見方を示した。

これに対し共和党のケネディ議員がこの間の米ドル相場の下落の理由を質したのに対しては、パウエル議長は先行きの不透明性が高まる下で、米ドルの過剰評価が意識されたと説明した。

金融政策の運営

共和党のスコット議長は、冒頭発言で、コロナ禍後に物価が高騰した上に、その後の急速な利上げによって企業や家計が負担に苦しんだと指摘し、FRBに対する信認が低下したと指摘した。

一方、民主党のスミス議員がスタグフレーションのリスクを質したのに対し、パウエル議長は中央銀行にとって困難な事態だが、現在のメインシナリオではないと説明した。

また、FRBの独立性に関しては、民主党のリード議員が、トランプ大統領によるFRBへの政治的圧力に懸念を示したほか、独立行政機関の人事に関しては法的に保護されていると主張したが、パウエル議長はコメントを避けた。

この間、共和党側からはFRB本部ビルの更新工事に関して批判的なコメントが示された。スコット議長やラウンズ議員は、屋上テラスや役員用食堂、豪華なエレベーター等によって建設コストが肥大化しているとの報道や報告に言及しつつ、公的資金の不適切な使用として批判した。パウエル議長は、そうした事実はないと否定し、あくまでも歴史的な建物の更新が必要と説明した。

このほか、前日の下院での議会証言に続いて、民主党側は、ウォレン副議長やコルテスマスト議員が、行政改革によるBLS等の人員削減による経済統計の劣化に懸念を示した。パウエル議長は入手可能なデータで金融政策を運営することは可能とした一方、米国は経済統計の整備で世界をリードしてきた経緯があり、経済統計は政府や企業にとって重要との理解を確認した。

金融規制への対応

金融規制に関しては、共和党の議員がFRBによる金融規制の緩和を前向きに評価した。

スコット議長は、FRBがバイデン政権の下でNGFSに加盟したことを政治的として批判した一方、借り手の負担を軽減するため、銀行の自己資本規制を緩和すべきと主張し、特にコミュニティバンクへの対応を求めた。また、ボウマン副議長が、自己資本比率規制に関して包括的なアプローチを標榜している点を歓迎した。

パウエル議長は、バーゼル IIIとレバレッジレシオの対応に焦点を当てており、関係当局と対応を協議していると説明した。

また、ラウンズ議員やルミス議員も、FRBのレピュテーションリスクに関する監督には恣意性が高く、銀行の与信を阻害した批判した一方、ボウマン副議長が監督対象から除外すると決断したこと評価した。

一方、民主党からも、ウォーナー議員がストレステストに関する透明性の向上を求め、パウエル議長は本年後半には推計モデルやデータの公表を実現する考えを示した。

また、コルテスマスト議員が、CRAの改正による金融サービスへのアクセスの改善の重要性を指摘したほか、コミュニティバンクの課題を質した。パウエル議長は、CRAについては改正手続きの途上である点を説明したほか、コミュニティバンクは地域社会に不可欠だが、金融規制等のコストによって銀行数が減少している点を確認した。

このほか、下院に続いて暗号資産に関する議論もあった。

共和党のルミス議員は、バイデン政権下では暗号資産が金融安定の脅威との議論であったのに、足元でFRBがスタンスを大きく変えた理由を質した。パウエル議長は、当時は不正取引が多発したが、現在は業界が正常(mainstream)になったので、安全かつ健全な取引である限り銀行も自由にビジネスに取組むべきとの考えを示した。

なお、共和党のハガティ議員は、ステーブルコインの拡大に伴う準備資産需要の増加によって金利が低下するかどうかを質したが、パウエル議長は現時点で不透明との理解を示した。

プロフィール

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    井上 哲也

    金融イノベーション研究部

    

    内外金融市場の調査やこれに関わる政策の企画、邦銀国際部門のモニタリングなどを中心とする20年超に亘る中央銀行での執務経験と、国内外の当局や金融機関、研究機関、金融メディアに構築した人脈を活かして、中央銀行の政策対応(”central banking”)に関する議論に貢献。そのための場として「金融市場パネル」を運営し、議論の成果を内外の有識者と幅広く共有するほか、各種のメディアを通じた情報と意見の発信を行っている。2012年には、姉妹パネルとして「バンキングパネル」と「日中金融円卓会合」も立ち上げ、日本の経験を踏まえた商業銀行機能のあり方や中国への教訓といった領域へとカバレッジを広げている。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。