はじめに
欧州中央銀行(ECB)は、前回(2020~21年)に続く金融政策戦略の評価の結果を公表した。政策運営の枠組みや手段に関する大きな変更はなかったが、インフレ目標の運営やリスク評価の活用の点で注目すべき変化もみられた。
本稿では、今回の評価に関する声明文と記者会見(ラガルド総裁とレーン理事が対応)をもとに概要を検討する。
本稿では、今回の評価に関する声明文と記者会見(ラガルド総裁とレーン理事が対応)をもとに概要を検討する。
今回の評価の問題意識や位置づけ
ラガルド総裁は、前回時点では低インフレの長期化が主要な問題であったが、その後に高インフレが生じただけでなく、地政学、デジタル、AI、人口動態、地球環境、国際金融等の面でインフレ環境が構造的に変化したとの認識を示した。
その上で、不透明で不安定な環境の下での経済の評価や政策の運営、政策手段の選択、政策判断等が今回のレビューの課題であったと説明した。質疑では国際金融の環境変化が取り上げられ、 ラガルド総裁は、NBFIの拡大、ユーロ圏への資本流入とともにステーブルコインの拡大に伴う今後の影響を挙げた。
なお、ラガルド総裁は、こうしたレビューを定期的に行うことが必要と説明した一方、質疑応答では、前回の金融政策戦略のレビューの方が包括的なテーマを取り上げたと説明したほか、今回は前回の内容を踏襲している点も少なくないと指摘した。
その上で、不透明で不安定な環境の下での経済の評価や政策の運営、政策手段の選択、政策判断等が今回のレビューの課題であったと説明した。質疑では国際金融の環境変化が取り上げられ、 ラガルド総裁は、NBFIの拡大、ユーロ圏への資本流入とともにステーブルコインの拡大に伴う今後の影響を挙げた。
なお、ラガルド総裁は、こうしたレビューを定期的に行うことが必要と説明した一方、質疑応答では、前回の金融政策戦略のレビューの方が包括的なテーマを取り上げたと説明したほか、今回は前回の内容を踏襲している点も少なくないと指摘した。
声明文のポイント(インフレ目標の位置づけ)
声明文の1.から3.はインフレ目標の位置づけを説明している。
このうち1.は、上記の問題意識を説明した上で、インフレ率が目標から上下双方に大きく乖離することを問題視し、より頑健な金融アーキテクチャー(banking union、capital markets union、digital euroなど)が金融政策の効果を支援するとした。質疑応答でも、 ラガルド総裁はインフレ目標からの上下双方向の乖離に対称的に対応する趣旨であると回答した。
3. では、ECBがHICPインフレ率を目標とすることを確認した一方、持ち家の帰属家賃の採用を引続き検討する方針を説明している。この問題は前回のレビューの宿題だったが、レーン理事が説明したように最終的な判断はEurostatに委ねられている。
このうち1.は、上記の問題意識を説明した上で、インフレ率が目標から上下双方に大きく乖離することを問題視し、より頑健な金融アーキテクチャー(banking union、capital markets union、digital euroなど)が金融政策の効果を支援するとした。質疑応答でも、 ラガルド総裁はインフレ目標からの上下双方向の乖離に対称的に対応する趣旨であると回答した。
2. は、ECBによる物価安定のmandateがリスボン条約で規定されている点を確認した一方、物価安定の目標を害することのない範囲で、均衡のとれた経済成長や競争的な市場経済の実現といったEUの目的に貢献することも同様に規定されている点を確認した。
3. では、ECBがHICPインフレ率を目標とすることを確認した一方、持ち家の帰属家賃の採用を引続き検討する方針を説明している。この問題は前回のレビューの宿題だったが、レーン理事が説明したように最終的な判断はEurostatに委ねられている。
声明文のポイント(政策反応関数)
声明文の4.から7.政策反応関数を説明している。
このうち4.はインフレ目標を0%より高めに設定することが、負のショックに対する政策金利のマージンを確保する上で重要との考えを確認したほか、ユーロ圏では、産業間の構造調整や名目価格の下方硬直性のため、インフレ率のバッファーが重要と指摘した。
5.は、2%目標を中期に達成することが物価安定であるとの定義を確認したほか、上下双方の乖離は等しく望ましくないと考える点で目標は対称的であると説明した。また、2%目標はインフレ期待の明確なアンカーを提供するとした。質疑では、レーン理事が、インフレ率の目標からの上方乖離は、価格や賃金の非直線的な上昇を生じうる点で問題であるとの認識を示した。
6. は、インフレ率が目標から大きくかつ持続的に乖離した場合に、 ECBが強力かつ継続的な政策対応を取ることを説明した。その上で、ディスインフレの場合には名目金利のELB、高インフレの場合は先にみた非直線性の各々を考慮する考えを示した。
一方で7.では、ECBがインフレ目標の中期的な達成を目指す点も確認し、従って、短期的な乖離や政策効果の波及の時間的ラグを許容する考えを示した。また、こうした判断の際には、乖離の原因や程度、持続性を考慮するとした。この点に関してレーン理事は、「中期的」とは具体的な時間を指すものではないとの考えを確認した。
このうち4.はインフレ目標を0%より高めに設定することが、負のショックに対する政策金利のマージンを確保する上で重要との考えを確認したほか、ユーロ圏では、産業間の構造調整や名目価格の下方硬直性のため、インフレ率のバッファーが重要と指摘した。
5.は、2%目標を中期に達成することが物価安定であるとの定義を確認したほか、上下双方の乖離は等しく望ましくないと考える点で目標は対称的であると説明した。また、2%目標はインフレ期待の明確なアンカーを提供するとした。質疑では、レーン理事が、インフレ率の目標からの上方乖離は、価格や賃金の非直線的な上昇を生じうる点で問題であるとの認識を示した。
6. は、インフレ率が目標から大きくかつ持続的に乖離した場合に、 ECBが強力かつ継続的な政策対応を取ることを説明した。その上で、ディスインフレの場合には名目金利のELB、高インフレの場合は先にみた非直線性の各々を考慮する考えを示した。
一方で7.では、ECBがインフレ目標の中期的な達成を目指す点も確認し、従って、短期的な乖離や政策効果の波及の時間的ラグを許容する考えを示した。また、こうした判断の際には、乖離の原因や程度、持続性を考慮するとした。この点に関してレーン理事は、「中期的」とは具体的な時間を指すものではないとの考えを確認した。
声明文のポイント(政策手段とリスクへの対応)
声明文の8.から9.は政策手段とリスクへの対応を説明している。
このうち8.は政策金利の調整が第一義的な手段であることを確認した一方、ELBに近づいた場合と政策効果の波及を維持する必要が生じた場合には、各々他の手段を採用する点も確認した。
前者の例としては、LTRO、資産買入れ(量的緩和)、マイナス金利、フォワードガイダンス、後者の例としてはTPIを挙げたほか、必要に応じて新たな手段も採用するとした。その上で、政策手段の選択や設計、実施においては、ショックに対する機動性と政策目的とのバランス(proportionality)に対する包括的な検討を行うことも説明した。
質疑では、今回のレビューの結果、量的緩和の実施に対するハードルが上がったとの指摘があったほか、非伝統的政策手段がtool boxに維持されている点を確認する向きがみられた。レーン理事は、ELBに接近した際にも、上記の4つの手段を効果や副作用等の面から比較して判断すると回答した。
9.では、政策判断の上で、経済や物価の最も可能性の高いパスとしての見通しだけでなく、シナリオ分析や感応度分析も適切に使用する考えを示した。また、その際には、経済と金融(monetary and financial)との相互依存を考慮することの重要性も指摘した。
質疑では、レーン理事が、2022年以降の高インフレに関して、低インフレへの回帰が基本シナリオであった中で、企業の価格設定行動に関するシナリオ分析が適切であった可能性を示唆した。ラガルド総裁も、インフレに関する不透明性が構造的に上昇している以上、シナリオ分析や感応度分析は有用と指摘した。
このうち8.は政策金利の調整が第一義的な手段であることを確認した一方、ELBに近づいた場合と政策効果の波及を維持する必要が生じた場合には、各々他の手段を採用する点も確認した。
前者の例としては、LTRO、資産買入れ(量的緩和)、マイナス金利、フォワードガイダンス、後者の例としてはTPIを挙げたほか、必要に応じて新たな手段も採用するとした。その上で、政策手段の選択や設計、実施においては、ショックに対する機動性と政策目的とのバランス(proportionality)に対する包括的な検討を行うことも説明した。
質疑では、今回のレビューの結果、量的緩和の実施に対するハードルが上がったとの指摘があったほか、非伝統的政策手段がtool boxに維持されている点を確認する向きがみられた。レーン理事は、ELBに接近した際にも、上記の4つの手段を効果や副作用等の面から比較して判断すると回答した。
9.では、政策判断の上で、経済や物価の最も可能性の高いパスとしての見通しだけでなく、シナリオ分析や感応度分析も適切に使用する考えを示した。また、その際には、経済と金融(monetary and financial)との相互依存を考慮することの重要性も指摘した。
質疑では、レーン理事が、2022年以降の高インフレに関して、低インフレへの回帰が基本シナリオであった中で、企業の価格設定行動に関するシナリオ分析が適切であった可能性を示唆した。ラガルド総裁も、インフレに関する不透明性が構造的に上昇している以上、シナリオ分析や感応度分析は有用と指摘した。
声明文のポイント(その他)
10. は気候変動が経済を通じてインフレに影響するとの見方を確認し、ECBのmandateの中でEUとしての目標達成に貢献すると説明した。もっとも、記者からはECBの役割は大きくないとの批判も示された。
11. はコミュニケーションの重要さを確認したが、具体的な対応には触れなかった。最後の12.は、次回のレビューを2030年に行う予定を示した。
プロフィール
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井上 哲也のポートレート 井上 哲也
金融イノベーション研究部
内外金融市場の調査やこれに関わる政策の企画、邦銀国際部門のモニタリングなどを中心とする20年超に亘る中央銀行での執務経験と、国内外の当局や金融機関、研究機関、金融メディアに構築した人脈を活かして、中央銀行の政策対応(”central banking”)に関する議論に貢献。そのための場として「金融市場パネル」を運営し、議論の成果を内外の有識者と幅広く共有するほか、各種のメディアを通じた情報と意見の発信を行っている。2012年には、姉妹パネルとして「バンキングパネル」と「日中金融円卓会合」も立ち上げ、日本の経験を踏まえた商業銀行機能のあり方や中国への教訓といった領域へとカバレッジを広げている。
※組織名、職名は現在と異なる場合があります。