はじめに
欧州中央銀行(ECB)によるSintra会合(いわばジャクソンホール会合のECB版)のPolicy Panelでは、当面の金融政策についてラガルド総裁や植田総裁が様子見の姿勢を示唆した一方、パウエル議長は7月FOMCでの利下げを否定しなかった。
また、政策運営における中立金利の役割やECBによる金融政策戦略の評価が提起したシナリオ分析の活用、米ドルへの信認や準備通貨としての役割などの論点でも様々な意見が示された。
また、政策運営における中立金利の役割やECBによる金融政策戦略の評価が提起したシナリオ分析の活用、米ドルへの信認や準備通貨としての役割などの論点でも様々な意見が示された。
物価情勢の評価
ラガルド総裁は、インフレ率は2%目標に達したが、今後には上下双方のリスクがあるとの見方を確認した一方、パウエル議長は、経済活動が減速する下でインフレ率は2%近傍にあるが、関税引上げによるインフレ率の上昇はこれから顕在化するものの、そのタイミングが不透明との見方を示した。
ベイリー総裁は、インフレ率の上昇は主として公定価格の引上げによるが、二次的効果を注視していると説明したほか、関税引上げの影響を判断するのは時期尚早とした。
植田総裁は、総合インフレ率は3年続けて2%を超えているが、基調的インフレは2%以下との見方を確認した。その上で、今後のインフレは、①賃金とともに緩やかに上昇する基調的インフレ、②現時点で不透明な関税引上げの影響、③年末にかけて減衰する食品を中心とする供給ショックの3要素に依存するとした。
ベイリー総裁は、インフレ率の上昇は主として公定価格の引上げによるが、二次的効果を注視していると説明したほか、関税引上げの影響を判断するのは時期尚早とした。
植田総裁は、総合インフレ率は3年続けて2%を超えているが、基調的インフレは2%以下との見方を確認した。その上で、今後のインフレは、①賃金とともに緩やかに上昇する基調的インフレ、②現時点で不透明な関税引上げの影響、③年末にかけて減衰する食品を中心とする供給ショックの3要素に依存するとした。
金融政策の運営と中立金利の役割
ラガルド総裁は、データ依存かつ会合ごとの議論に基づいて決定する方針を確認した一方、パウエル議長はFOMCメンバーの多数が年内の利下げを予想している点を指摘した上で、7月利下げも選択肢として排除しない考えを示唆した。
ベイリー総裁は、現在の政策スタンスは引締め的であり、緩和方向に向かうとの考えを示した一方、過去の景気循環に比べて企業や家計の負債が小さく、金融引締めの影響が抑制された可能性を示唆した。また、植田総裁は、今後の政策運営は物価に関する上記の3要素の推移如何との考えを示した。
この間、中立金利については、パウエル議長が現在の政策スタンスが穏健(modestly)に引締め的との評価だけを示したのに対し、ラガルド総裁は良い概念であるが、実際の政策金利が近傍にある下では意味がないとの理解を確認した。また、中立金利の推計値がGFC以前より上昇したと説明した一方、ショックのない均衡で成立する概念として、現状では運営指針として有用でないとした。
ベイリー総裁も、推計が極めて不確実である点で中立金利の議論には慎重との考えを示した。植田総裁も現在の政策金利が中立水準より低い点を確認した上で、中立金利の推計のレンジは極めて大きく、「R*は曇天の中で政策運営を導く」というパウエル議長によるかつてのジャクソンホール会合のでの表現を引用した。
ベイリー総裁は、現在の政策スタンスは引締め的であり、緩和方向に向かうとの考えを示した一方、過去の景気循環に比べて企業や家計の負債が小さく、金融引締めの影響が抑制された可能性を示唆した。また、植田総裁は、今後の政策運営は物価に関する上記の3要素の推移如何との考えを示した。
この間、中立金利については、パウエル議長が現在の政策スタンスが穏健(modestly)に引締め的との評価だけを示したのに対し、ラガルド総裁は良い概念であるが、実際の政策金利が近傍にある下では意味がないとの理解を確認した。また、中立金利の推計値がGFC以前より上昇したと説明した一方、ショックのない均衡で成立する概念として、現状では運営指針として有用でないとした。
ベイリー総裁も、推計が極めて不確実である点で中立金利の議論には慎重との考えを示した。植田総裁も現在の政策金利が中立水準より低い点を確認した上で、中立金利の推計のレンジは極めて大きく、「R*は曇天の中で政策運営を導く」というパウエル議長によるかつてのジャクソンホール会合のでの表現を引用した。
シナリオ分析の活用
今回のSintra会合に際してECBが公表した金融政策戦略の評価における重要な結論は、政策運営におけるシナリオ分析の活用やその対外的コミュニケーションである。
ラガルド総裁は、コロナ、ウクライナ戦争、関税引上げ等に関して、既にシナリオ分析や感応度分析を活用し、かつそれらを公表してきた実績を確認するとともに、こうしたアプローチは長期的な問題が金融政策に与える影響を考える上で有用とした。
これに対しパウエル議長は、毎回のFOMCで執行部による6~7種のシナリオを議論しているが、これまではその公表には慎重であった点を確認するとともに、この点が今回の金融政策レビューのポイントである点も説明した。
ベイリー総裁は、関税引上げの影響に関してシナリオ分析を活用したが、政策判断が誤った場合の理由を把握しやすいといった内部的な意義が大きく、対外的なコミュニケーションには課題も大きいとの理解を示した。
植田総裁も、日銀内では多様なシミュレーションを行っているが、展望レポートでは質的な評価のみを公表している点を説明した一方、リスクマネジメント的な政策運営を行う上でリスク評価は有用との考えも確認した。李総裁(韓国銀行)は、シナリオに関するコンセンサス形成が難しい点を指摘し、中心見通しとは別の位置づけが望ましいとの考えを示した。
ラガルド総裁は、コロナ、ウクライナ戦争、関税引上げ等に関して、既にシナリオ分析や感応度分析を活用し、かつそれらを公表してきた実績を確認するとともに、こうしたアプローチは長期的な問題が金融政策に与える影響を考える上で有用とした。
これに対しパウエル議長は、毎回のFOMCで執行部による6~7種のシナリオを議論しているが、これまではその公表には慎重であった点を確認するとともに、この点が今回の金融政策レビューのポイントである点も説明した。
ベイリー総裁は、関税引上げの影響に関してシナリオ分析を活用したが、政策判断が誤った場合の理由を把握しやすいといった内部的な意義が大きく、対外的なコミュニケーションには課題も大きいとの理解を示した。
植田総裁も、日銀内では多様なシミュレーションを行っているが、展望レポートでは質的な評価のみを公表している点を説明した一方、リスクマネジメント的な政策運営を行う上でリスク評価は有用との考えも確認した。李総裁(韓国銀行)は、シナリオに関するコンセンサス形成が難しい点を指摘し、中心見通しとは別の位置づけが望ましいとの考えを示した。
米ドルへの信認や準備通貨としての役割
ラガルド総裁は、ユーロ相場の上昇に関し、実体経済に対する見方の変化を映じて、国際資本フローがユーロ建て資産に向かっているとの認識を示した。李総裁も、韓国企業が米ドル下落に備えてヘッジ比率を上げているとした。
さらにラガルド総裁は、投資家が透明性や安定性を有する代替的な資産を指向しているとの見方を示し、2025年がおそらく変曲点(pivotal)になるとの見方を示した。これに対し、ベイリー総裁は、準備通貨と安全資産の各々の需要は異なる可能性を示唆した一方、植田総裁は、長い目で見て欧州や中国の経済発展が準備通貨の変化をもたらす可能性があるとし、その際には資本市場の役割が重要とした。
また、李総裁は、GFCの際に米ドルスワップ網が有効であった点を確認した一方、自国の問題による米ドルの調達難には自力で対応しうるようにすることが重要と指摘した。これに対しパウエル議長は、国際的な分断の下でも、FRBが米ドルのスワップ網を適切に運営する方針に変化はないと説明した。
さらにラガルド総裁は、投資家が透明性や安定性を有する代替的な資産を指向しているとの見方を示し、2025年がおそらく変曲点(pivotal)になるとの見方を示した。これに対し、ベイリー総裁は、準備通貨と安全資産の各々の需要は異なる可能性を示唆した一方、植田総裁は、長い目で見て欧州や中国の経済発展が準備通貨の変化をもたらす可能性があるとし、その際には資本市場の役割が重要とした。
また、李総裁は、GFCの際に米ドルスワップ網が有効であった点を確認した一方、自国の問題による米ドルの調達難には自力で対応しうるようにすることが重要と指摘した。これに対しパウエル議長は、国際的な分断の下でも、FRBが米ドルのスワップ網を適切に運営する方針に変化はないと説明した。
中央銀行総裁としての課題
パウエル議長は、政治的な圧力の下でも政策目標の達成に専念すると説明したほか、ラガルド総裁もパネリスト全員が同じであると説明し、会場から拍手が起こった。
その上でパウエル議長は、経済と金融が安定した状態で後任に引き継ぐことが責務だと説明した。植田総裁は、一昨年のパネルディスカッションで職務の多忙さを指摘した点を踏まえて、現在はこうした状況に慣れたとしつつ、基調的インフレ率が2%に収斂することを待つ状況にあるとした。
これに対し、ラガルド総裁はAIの活用を取上げ、メリットの偏重、倫理的指針の欠如やデータの全体性などの面で懸念が残るとした。一方、ベイリー総裁は金融安定の面で脆弱性が多い点、 李総裁は世論が高成長を指向する点を懸念であるとした。
その上でパウエル議長は、経済と金融が安定した状態で後任に引き継ぐことが責務だと説明した。植田総裁は、一昨年のパネルディスカッションで職務の多忙さを指摘した点を踏まえて、現在はこうした状況に慣れたとしつつ、基調的インフレ率が2%に収斂することを待つ状況にあるとした。
これに対し、ラガルド総裁はAIの活用を取上げ、メリットの偏重、倫理的指針の欠如やデータの全体性などの面で懸念が残るとした。一方、ベイリー総裁は金融安定の面で脆弱性が多い点、 李総裁は世論が高成長を指向する点を懸念であるとした。
プロフィール
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井上 哲也のポートレート 井上 哲也
金融イノベーション研究部
内外金融市場の調査やこれに関わる政策の企画、邦銀国際部門のモニタリングなどを中心とする20年超に亘る中央銀行での執務経験と、国内外の当局や金融機関、研究機関、金融メディアに構築した人脈を活かして、中央銀行の政策対応(”central banking”)に関する議論に貢献。そのための場として「金融市場パネル」を運営し、議論の成果を内外の有識者と幅広く共有するほか、各種のメディアを通じた情報と意見の発信を行っている。2012年には、姉妹パネルとして「バンキングパネル」と「日中金融円卓会合」も立ち上げ、日本の経験を踏まえた商業銀行機能のあり方や中国への教訓といった領域へとカバレッジを広げている。
※組織名、職名は現在と異なる場合があります。