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野村総合研究所と
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はじめに

金融政策の現状維持を決定した6月のFOMCは、物価や経済の見通しに関する不透明性は依然として高いとの評価を維持し、慎重な政策運営の方針を共有した。もっとも、関税引上げによるインフレ圧力の持続リスクが幅広議論された点も注目される。

物価情勢の評価

FOMCメンバーはインフレ率が2022年のピークから顕著に減速したが、2%目標に対して高止まっている点を確認した。また、サービス価格は減速したが財価格が上昇したように、ディスインフレにはばらつきがある点も確認した。

今後は、関税引上げがインフレ圧力を高めるが、時期や程度、持続性に高い不透明性が残るとした。また、多く(many)のメンバーは、関税引き上げ前の在庫やサプライチェーンを通じた効果の波及のため、最終財の価格に影響が生じるまでに相応の時間を要するとの見方を示した。

その上で、多く(many)のメンバーは、関税交渉が早期に成立する、サプライチェーンの調整が早期に完了する、企業収益でコスト上昇を吸収するといった動きがあれば、インフレへの最終的な影響は抑制されると指摘した。

価格転嫁については、数名(several)のメンバーが、家計や購買企業の受容度が低いとか、企業が市場シェアの拡大を狙う場合は抑制されるとした。一方、数名(a few)のメンバーはマージンの薄い中小企業は価格転嫁が大きいとしたほか、数名(several)のメンバーは、関税引上げの直接の影響はないが補完性の高い製品で価格引上げの可能性があるとの見方を示した。

FOMCメンバーは長期のインフレ期待が安定している点を確認したが、数名(several)のメンバーは、短期のインフレ期待の上昇が価格や賃金の設定に影響する可能性を指摘した。また、ほとんど(most)のメンバーが、関税引上げによるインフレへの影響がより持続的となるリスクを指摘し、数名(some)のメンバーはこれがインフレ期待の上昇に繋がるとの見方を示した。

経済情勢の評価

FOMCメンバーは経済が底堅く推移している点を確認した。また、経済成長率の継続を見込んだが、大多数(majority)のメンバーは今後の軟化を予想した。このうち家計については、数名(several)のメンバーが、足元の指標は消費支出が依然として強いことを示唆するとした一方、数名(several)のメンバーは、他の指標に軟化の兆しがあるとの見方を示したほか、多く(many)のメンバーがセンチメントの低迷を指摘した。

FOMCメンバーは、企業活動も引続き底堅いが軟化の兆しがあるほか、センチメントも低迷しているとした。また、数名(several)のメンバーは、ヒアリング先企業で大規模な新規投資を控える動きがあるとしたほか、数名(several)のメンバーは、製造業の受注や出荷に軟化の兆しがあると指摘した。

労働市場については、引続き力強く、最大雇用ないしその近傍にあると評価した。もっとも、数名(several)のメンバーは、雇用とレイオフの双方が減速していると指摘したほか、数名(several)のメンバーは、先行きの不透明性のために新規採用の停止の動きがみられるとした。さらに、数名(several)のメンバーは、移民政策が労働供給を抑制しているとの見方を示した。

これらを踏まえて、多く(many)のメンバーは、労働市場がこれから緩やかに軟化するとの見方を共有した。

金融政策の運営

FOMCメンバーは、インフレ率が依然としてやや高い一方、経済活動や労働市場は底堅いと評価した。また、経済見通しの不透明性は、関税の引上げ率の抑制によって減退したが、依然として高い点を考慮した上で、政策金利の現状維持を全会一致で決定した。

今後については、経済活動や労働市場が底堅く、現状の金融政策がやや引締め的である点を踏まえると、物価や経済の見通しに関する透明性が高まるまで待つのに良い位置(well positioned)にあるとの方針に概ね(generally)合意した。

その上で、ほとんど(most)のメンバーは、関税引上げによるインフレ圧力が一時的ないし抑制的に止まる、長期のインフレ期待が安定している、経済活動や労働市場の軟化が生じうるといった点に言及しつつ、本年中に幾分かの利下げを行うことが適切との見方を示した。

これに対し、2名(a couple of)のメンバーは、経済指標が自身の予想通りに推移すれば、次回のFOMCで利下げを考慮する余地があると主張した。一方、数名(some)のメンバーは、インフレ率が2%を超えている、短期のインフレ期待の上昇に伴うインフレの上方リスクがある、経済活動は底堅く推移するといった点に言及、本年中は現状維持が最も適当と主張した。

その上で、数名(several)のメンバーは、現在の政策金利が中立水準からさほど大きく上方に乖離している訳ではないとの見方を示した。

リスクマネジメントの点では、関税引上げのインフレ圧力が想定以上に持続した場合や、長期のインフレ期待の顕著な上昇が生じた場合は、より引締め的なスタンスを維持することが適切とした。逆に、労働市場や経済活動が顕著に減速する場合や、ディスインフレの継続の下でインフレ期待が安定している場合は、より緩和的なスタンスとすることが適切とした。

さらに、先行きに関する多様なシナリオを議論した上で、関税の引上げ率の推移が低下したこと、インフレやインフレ期待が望ましい動きを示していること、家計や企業の支出が底堅いこと、家計や企業のセンチメントの一部に改善がみられることなどに言及し、高インフレのリスクと労働市場の悪化の双方のリスクが減退したが、依然として高いとの見方に合意した。

もっとも、数名(some)のメンバーは、雇用のリスクよりインフレのリスクを引続き注目すべきと主張したのに対し、数名(a few)のメンバーは、労働市場に軟化の兆しがあるほか、金融引締めが続いた場合は一層の悪化の可能性があるとして、労働市場のリスクにより注目すべきと主張した。

これらを踏まえてFOMCメンバーは、物価と経済の見通しに関する不透明性が低下したとしても、引続き、慎重な政策運営が適切との見方に合意した。

プロフィール

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    井上 哲也

    金融イノベーション研究部

    

    内外金融市場の調査やこれに関わる政策の企画、邦銀国際部門のモニタリングなどを中心とする20年超に亘る中央銀行での執務経験と、国内外の当局や金融機関、研究機関、金融メディアに構築した人脈を活かして、中央銀行の政策対応(”central banking”)に関する議論に貢献。そのための場として「金融市場パネル」を運営し、議論の成果を内外の有識者と幅広く共有するほか、各種のメディアを通じた情報と意見の発信を行っている。2012年には、姉妹パネルとして「バンキングパネル」と「日中金融円卓会合」も立ち上げ、日本の経験を踏まえた商業銀行機能のあり方や中国への教訓といった領域へとカバレッジを広げている。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。