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はじめに

ECBは今回(7月)の理事会でも政策金利(預金ファシリティー金利)を2%に維持することを決定した。Lagarde総裁は経済活動が底堅い点を指摘するとともに、関税引上げの不透明性がリスクの大きな部分を占めると指摘し、早期の合意に期待を示した。

物価情勢の評価

ラガルド総裁は、第1四半期の経済活動が想定以上に強かった点を確認したほか、輸出の前倒しだけでなく、消費や設備投資も堅調であったと指摘した。

このうち企業は、サーベイによれば製造業とサービス業の双方で緩やかな活動の拡大が見込まれるが、関税引上げやユーロ相場の増価、地政学リスクにより設備投資の慎重さがみられるとした。家計は、労働市場の強さや実質賃金の増加、バランスシートの健全さに支持され、金融緩和も住宅市場を支えているとした。

一方、ラガルド総裁も、経済のリスクは依然として下向きである点を確認し、通商摩擦の深刻化やその不透明性、金融市場のマインドの悪化、地政学的対立などを要素として挙げた。

質疑応答では、米国の関税引上げが15%に止まった場合の経済への影響が取り上げられた。

ラガルド総裁は、交渉の合意は近いとの報道は承知しているが、なお不透明性は高いと指摘した。その上で、6月の見通しにおけるベースライン(相互関税10%を想定)は、足元の経済指標と整合的であるとの評価を示したほか、迅速な合意は不透明性の低下に繋がるとの期待を示した。

また、第1四半期の経済成長が強かった点についても、輸出の前倒しやアイルランドの寄与(知的資産への投資に関する扱いの関係で、しばしば大きな寄与が発生)による面はあるが、その他の部分では見通しに沿って推移したと評価した。

経済情勢の評価

ラガルド総裁は、6月のHICPインフレ率が2%であったことを確認するとともに、食品価格や財価格全体の上昇率がやや減速した一方、サービス価格の上昇率が若干増加した点を説明した。

また、インフレ基調の指標は中期の2%目標に概ね整合的であるほか、労働コストの上昇率の減速が続いており、生産性の改善の下でULCが低下しているとした。また、ECBの賃金トラッカーやサーベイによれば、企業も家計も賃金上昇率の減速を予想しているとし、長期インフレ期待も安定していると評価した。

もっとも先行きのリスクは平時より高いとの評価を維持し、下方要因として、ユーロ相場の増価、関税引上げによる外需の減少、過剰生産能力を有する国からの輸入圧力、金融市場でのリスク回避、上方要因としてサプライチェーンの分断、防衛費やインフラ投資の増加、異常気象を挙げた。

質疑応答では、ユーロ相場の増価の影響について、デギンドス副総裁がSintraでユーロ/米ドルレートが1.2を超えると事態が複雑化すると発言した点との関係も含めて質問があった。

ラガルド総裁は、ECBによって為替レートは政策目標ではないが、インフレ見通しに影響するのでモニターしているとの基本方針を確認した。また、デギンドス副総裁が、最近は「インフレの予想において為替レートを考慮する」とコメントしたとも指摘し、ECBによる為替レートへのスタンスは上記の方針で一致しているとした。

金融政策の運営

今回の声明文は、現在のインフレ率が中期目標である2%にあり、足元の指標も前回(6月)の見通しに概ね整合的である下で、政策金利の現状維持を決定したと説明した。

ラガルド総裁は、今後の政策金利に関して、①データに即して毎回の会合で判断する方針、②(政策反応関数を構成する)3つの要素、つまり、物価見通し、インフレ基調の動向、金融政策の波及度合いの評価に照らして行う方針、を維持すると確認した。

質疑応答では、経済活動は底堅いとの評価が本年秋の利下げの必要性を減退する可能性や関税引上げに合意すれば利下げを再開する可能性が取り上げられた。

ラガルド総裁は、中期的な2%インフレの達成がECBの政策目標である点を確認した上で、現在の見通しは、賃金上昇率の減速傾向や企業収益による(コスト上昇への)バッファーが存在することを含めて政策目標の達成を示唆している点で、金融政策が良い位置(in a good place)にあるとの考えを示した。

その上で、ECBは他の主要国の中央銀行と同じく、様子見(wait and watch)の状況にあると説明したほか、関税引上げに関する不透明性が家計や企業の行動に与える影響が、先行きのリスクの大きな部分を占めているとの見方を示した。

別の記者は、一部の理事会メンバーがインフレ率の目標に対する下振れ(undershooting)に懸念を示していると指摘した。

ラガルド総裁は、既に前回(6月)の見通しで、2026年のHICPインフレ率が、水準効果を含む様々な理由によって2%を下回ると予想している点を指摘した。

その上で、理事会メンバーは、インフレ目標からの小さな乖離によって判断が影響されるわけではなく、問題はインフレ率が中期的に下振れするかどうかであると指摘した。さらに、現時点で結論を示すことは困難との考えを示し、先行きに関してインフレの減速と加速の双方の要素があると説明した。

つまり、米国の関税引上げに関し、相互関税の税率だけでなく、自動車、鉄鋼、アルミに加えて、(欧州にとって重要な)薬品の税率如何や、関税引上げに直面した他国からの輸入圧力はディスインフレの効果を持つとした。一方で、通奏摩擦の深刻化による供給制約や、サプライチェーンの再構築はインフレ圧力を高めるとしたほか、これらの諸要素の水準効果も重要であるとした。

なお、別の記者は当座預金の減少を取り上げ、短期金融市場でのストレスの兆候が生じた場合のECBの対応を質した。
ラガルド総裁は、TLTROの償還の完了やAPPとPEPPによる保有債券の再投資停止によって超過準備は減少したが、現時点で当座預金は2兆ユーロを超えて潤沢であると評価した。また、今後は銀行券の還流と政府預金の減少の双方が、むしろ当座預金の想定以上の増加に寄与するとの見方を示した。

プロフィール

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    井上 哲也

    金融イノベーション研究部

    

    内外金融市場の調査やこれに関わる政策の企画、邦銀国際部門のモニタリングなどを中心とする20年超に亘る中央銀行での執務経験と、国内外の当局や金融機関、研究機関、金融メディアに構築した人脈を活かして、中央銀行の政策対応(”central banking”)に関する議論に貢献。そのための場として「金融市場パネル」を運営し、議論の成果を内外の有識者と幅広く共有するほか、各種のメディアを通じた情報と意見の発信を行っている。2012年には、姉妹パネルとして「バンキングパネル」と「日中金融円卓会合」も立ち上げ、日本の経験を踏まえた商業銀行機能のあり方や中国への教訓といった領域へとカバレッジを広げている。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。