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はじめに

スティーブン・ミラン氏(CEA委員長)のFRB理事の任命公聴会(議会上院の銀行・住宅・都市問題委)では、民主党議員からFRBの独立性に関する強い懸念が示された。ミラン氏は、独立性の重要性を確認しつつも、政府との間でのcheck and balanceのためにFRBのガバナンス改革が必要と主張した。

冒頭説明

共和党のスコット議員(委員長)は、ミラン氏がトランプ政権による国内生産の増加や貿易赤字の縮小、歳入の増加に寄与したと評価し、重要局面にあるFRBの強化に資すると評価した。

民主党のウォーレン議員(副委員長)は、トランプ大統領によるFRBへの介入はクック理事の件を含めて不成功と主張し、足元で多くの価格が上昇している一方で、関税引上げやヘルスケアのカバレッジ削減等を見直していないと批判した。また、トランプ大統領がFRBを制御すれば家計や企業によるインフレ抑制への信認が喪失するとし、1970年代のニクソン政権を実例として言及した。

また、ウォーレン議員自身も利下げを求めてきたが、トランプ大統領のやり方とは異なるとし、公聴会ではFRBの独立性の毀損について議論すべきと主張したほか、委員会の民主党議員が公聴会の延期を求める書簡を提出したことも明らかにした。その上で、ミラン氏が関税引上げによって生活コストを上昇させたと批判した。

一方、ミラン氏は、CEA委員長としてトランプ大統領に財政や規制について助言し、それらは最大雇用と物価安定を目指すものだが、FRBとは異なる政策手段によると説明した。その上で、中央銀行の最も重要な職務はハイパーインフレと恐慌の防止にあるとの考えを示し、独立性がその成功の重要な要素であるとした。

また、任命されれば、議会が付託したマンデートに即した役割を果たすとし、自らの意見や判断はマクロ経済に関する自身の分析と長期的な責務(スチュワードシップ)に照らした最善さに基づくと主張した。そして、FOMCは独立的な組織であるとした。もっとも、FRBの業務は、流動性の調整や大手金融機関の監督などにも及び、バランスシートの最終的な構成も未解決の問題であるとした。

質疑応答における主な議論(共和党議員)

共和党のスコット議員(委員長)は、FRBの独立性は重要だが、厳密な意味は不明と指摘したほか、バー前副議長による金融規制の強化が家計や企業による与信へのアクセスを損なったと批判した。ミラン氏は、任命された場合の行動規範について冒頭説明の内容を確認した一方、バーゼル IIIに関する懸念に合意した。

ラウンド議員はCEA委員長とFRB理事との職責の違いを質し、ミラン氏は前者は政権の一部であり、後者は独立的な組織であると説明した。また、大統領は金融政策に関する意見を述べることができる立場にある(entitled)とした上で、FRBは幅広い意見を聞くことが重要とした。

その上で、トランプ大統領がミラン氏の経済に対する見方を支持してくれたことが指名につながったとの理解を示すとともに、FRBが気候変動対策に携わることはFRBの政治化の点で望ましくないとの考えを強調した。

一方、ケネディ議員は、金融政策に過度に注目すべきでなく、財政政策の効果も考慮すべきと指摘したほか、金融政策は長期金利に直接の影響を与えることは困難との考えを示した(筆者注:ミラン氏は冒頭説明で、連邦準備法に忠実に従う形で、FRBのマンデートに「適切な長期金利」を含めていた)。

その上で、ケネディ議員はミラン氏がトランプ大統領の操り人形(puppet)なのかと質問し、ミラン氏は独立的な思想によって行動し、FOMCのコンセンサスを重視すると回答した。そこで、ケネディ議員は、金融政策は「泥酔してゲームを行う(Vodka and Darts)」ことでない思考が必要であり、すべてのレトリックに耳を傾ける必要はないと指摘した。

質疑応答における主な議論(民主党議員)

民主党のウォーレン議員(副委員長)は、政治的な行為をそうでないと見せるために外部の力を使うのは邪悪なこと(sinister)だとするミラン氏の過去の論考を引用しつつ、①2020年の大統領選挙でトランプ氏は敗北したか、②トランプ大統領は2024年の大統領選挙に向けてBLSは虚偽のデータを公表したと主張しているが同意するか、と質問した。

ミラン氏は、①に直接的な回答を避け、②にはBLSが統計の質的劣化の問題に対処しなかったと批判した。また、関税引上げが物価を押し上げているとの批判には、相対価格の問題であり、インフレ率の顕著な上昇はないと反論した。

リード議員は、オバマ政権の際にはFRBの理事がすべて共和党政権による任命者だったが問題はなく、これが真の超党派の考え方であると指摘した上で、政権内部にいたミラン氏がFRB理事に就任することはトランプ大統領の代弁者になるとの懸念を示した。

ミラン氏は、就任したら政治的バイアスを除くとしたが、弁護士の助言に従い、CEA委員長の職務は無給の休職とする方針を示唆し、その理由として、(前任者の残りの任期を引き継ぐため)任期が(来年1月までの)数か月に過ぎないことを挙げた。

これに対し、リード議員は、技術的であれ政権の雇用者のままで独立性を求められるFOMCメンバーになることは、完全にばかげている(absolutely ridiculous)と激しく批判した。

一方、ミラン氏は(短期の任期の中で)FRBのガバナンス改革を行う考えを明示した。また、リード議員が最高裁が大領領によるFRB理事の解任を合法と判断した場合の対応を質したのに対しても、解任の適否はcheck and balanceの強化のためのガバナンス改革と一体で考えるべきと主張した。

キム議員は、FRB理事の就任後の地位について弁護士に意見を求めるべきでなく、自らから判断すべきと批判したのに対し、ミラン氏は(来年1月に再任されて)任期が延長されれば、CEA委員長を正式に辞任する考えを示した。

また、キム議員が、政権の意向を金融政策に反映させる点で、政権とFRBとの人事交流の活性化が必要とのミラン氏の過去の論考を引用した。これに対し、ミラン氏は、(連邦準備法に沿って)大統領は理事を解任しうるとした上で、ガバナンス改革の必要性を再度強調したほか、大統領の人事権や議会による公聴会の実施は、FRBが民主的組織であるために必要な要素であるとの考えを示唆した。

プロフィール

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    井上 哲也

    金融イノベーション研究部

    

    内外金融市場の調査やこれに関わる政策の企画、邦銀国際部門のモニタリングなどを中心とする20年超に亘る中央銀行での執務経験と、国内外の当局や金融機関、研究機関、金融メディアに構築した人脈を活かして、中央銀行の政策対応(”central banking”)に関する議論に貢献。そのための場として「金融市場パネル」を運営し、議論の成果を内外の有識者と幅広く共有するほか、各種のメディアを通じた情報と意見の発信を行っている。2012年には、姉妹パネルとして「バンキングパネル」と「日中金融円卓会合」も立ち上げ、日本の経験を踏まえた商業銀行機能のあり方や中国への教訓といった領域へとカバレッジを広げている。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。