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野村総合研究所と
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はじめに

ECBは今回(9月)の理事会でも政策金利(預金ファシリティー金利)を2%に維持することを決定した。ラガルド総裁は関税交渉の合意による不透明性の低下を歓迎するとともに、経済活動は底堅く、インフレ率が目標近傍で推移するとの見方を維持した。政策運営の先行きに対する明言は避けたが、欧州メディアは当面の現状維持との理解を示している。

経済情勢の評価

ラガルド総裁は、年前半の成長率が0.7%となり、輸出の前倒しと反動だけでなく、消費や設備投資が堅調であったと指摘した。

また、サーベイによれば製造業とサービス業の双方で企業活動の続いているほか、域内国の国防費やインフラ投資の増加が設備投資を促進するとした。家計も労働市場の強さに加え、高貯蓄の取り崩しによって消費を支えるとの見方を示した。

その上で、年後半は高関税、ユーロの増価、国際競争の激化によって成長が減速するが、来年はそうした効果が減衰するとの見通しを示した。実際、今回(9月)の執行部による実質GDP成長率の見通しは、2025~27年にかけて1.2%→1.0%→1.3%となり、前回(6月)に比べて、2025年が0.3ppの上方修正、2026年が0.1ppの下方修正となった。

ラガルド総裁は、先行きのリスクが上下によりバランスしたと評価し、下方要因として通商摩擦の悪化、金融市場のセンチメントの悪化、地政学的対立を、上方要因として国防費やインフラ投資の想定以上の増加、企業のセンチメントの改善、地政学的対立の緩和を挙げた。

質疑応答では経済活動の底堅さが取り上げられた。ラガルド総裁は、消費や設備投資が第2四半期も(アイルランドを除くベースで)堅調であった点を指摘し、2025年の成長見通しを上方修正した点を強調した。その後も、15%に達する貯蓄率の低下や労働市場の強さ、財政拡張により成長が維持されると説明した。

また、リスク評価の変更に関しては、下方リスクのうちでEUによる報復関税の可能性と関税の不確実性が消滅したとの理解を示した一方、先行きのリスクがない訳ではないと説明した。その上で、金融政策レビューの結果、ECBの政策運営では中心シナリオだけでなくそのリスクを議論することになった点も強調した。

物価情勢の評価

ラガルド総裁は、8月のHICP総合インフレ率が2.1%、同コアが2.3%であったこととともに、財価格の上昇率は横ばいであったが、サービス価格の上昇率はわずかに減速した点を確認した。

インフレ基調の指標は中期の2%目標に概ね整合的である点も確認したほか、労働コストの上昇率の減速が続き、ECBの賃金トラッカーやサーベイによればこうした傾向が続き、生産性の上昇もインフレを抑制するとした。ただし、2027年のETSの導入により、エネルギー価格は不安定化するとの見方も付言した。

今回(9月)の執行部によるHICP総合インフレ率の見通しは、 2025~27年にかけて2.1%→1.7%→1.9%となり、前回(6月)に比べて、2025年と2026年が0.1ppの上方修正、2027年が0.1ppの下方修正となった。

ラガルド総裁は、先行きのリスクが国際的な通商情勢を主因に不透明との評価を維持し、下方要因としてユーロの増価、高関税による輸出の減少、過剰生産能力を有する国からの輸入圧力、金融市場でのリスク回避を、上方要因としてサプライチェーンの分断、国防費やインフラ投資の増加、異常気象を挙げた。

質疑応答では、インフレの上下双方のリスクが取り上げられた。ラガルド総裁は、物価に固有なリスクを見ているのでなく、経済活動に対するリスクを評価していると説明した。また、今回の見通しの改訂が小さい点を確認するとともに、2027年のわずかな下方修正はユーロ高の波及効果によると説明した。
また、シュナーベル理事が以前にリスクバランスは上方に傾いていると発言した点も取り上げられたが、ラガルド総裁は、見解の違いは微妙で技術的とした上で、理事会として経済のリスクは上下によりバランスしたとの評価で一致したと説明した。

金融政策の運営

今回(9月)の声明文は、現在のインフレ率が中期目標である2%にあり、新たなインフレ見通しも前回(6月)と概ね不変である点を指摘し、政策金利の現状維持を決定したと説明した。

ラガルド総裁は、今後の政策金利に関して、①データに即して毎回の会合で判断する方針、②(政策反応関数を構成する)3つの要素(物価見通し、インフレ基調の動向、金融政策の波及度合い)の評価に照らして行う方針、を確認した。

質疑応答では、複数の記者が利下げサイクルの終了かどうかを質した。ラガルド総裁は、ディスインフレの過程は終了したとの見方を示した一方、今回の決定は全会一致で決定したと説明したほか、今後の政策金利に予め決まった経路はない点を確認した。また、利下げの停止とか現状維持とか政策金利の方向性といった表現は、金融政策のレビューによって除去された(swept away)との考えを示した。

また、今後の政策変更にはデータが上下のサプライズを示す必要があるのかとの質問に対しては、理事会内でリスクを評価した際には「 過度に問題を複雑化しないように (not over-engineer)」との良い議論があったと回答した。また、数年間のギリシャでの問題に関わらず、域内国の統計局とEurostatによる統計が高い規範を見たしている点は大変幸運だと指摘し,米国での問題を暗黙の裡に批判した。

さらに、7月の理事会後の会見がタカ派的と受け止められたとの指摘に対して、ラガルド総裁は、私は鷹でも鳩でもなく、梟であると回答し、周りで生じているすべてのことを見た上で判断したいと述べた。

このほか、複数の記者がフランス国債の利回りの不安定化に対するTPIの発動の可能性を取り上げたが、ラガルド総裁は特定国にコメントしないとした上で、政治的な対応に期待を示した。また、対ドイツ国債の利回りスプレッドを含めてユーロ圏の国債市場は全体として良好に機能していると評価し、TPIの発動にはルールと裁量がある点を確認し、現時点で発動の必要性はないとの考えを示唆した。

プロフィール

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    井上 哲也

    金融イノベーション研究部

    

    内外金融市場の調査やこれに関わる政策の企画、邦銀国際部門のモニタリングなどを中心とする20年超に亘る中央銀行での執務経験と、国内外の当局や金融機関、研究機関、金融メディアに構築した人脈を活かして、中央銀行の政策対応(”central banking”)に関する議論に貢献。そのための場として「金融市場パネル」を運営し、議論の成果を内外の有識者と幅広く共有するほか、各種のメディアを通じた情報と意見の発信を行っている。2012年には、姉妹パネルとして「バンキングパネル」と「日中金融円卓会合」も立ち上げ、日本の経験を踏まえた商業銀行機能のあり方や中国への教訓といった領域へとカバレッジを広げている。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。