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はじめに

FRBは今回(10月)のFOMCでも政策金利の25bp引下げを決定した。声明文は、入手可能な統計は物価や雇用の見通しが9月時点と大きく変わらないとしつつ、雇用の下方リスクによりリスクバランスが変化した点を利下げの理由として説明した。

もっとも、今回は現状維持と50bp利下げの各々の反対票があったほか、パウエル議長も、次回(12月)の利下げが既定路線でない点を強調した。また、今回(10月)のFOMCでは、11月でQTを停止することも併せて決定した。

経済情勢の評価

パウエル議長は、年前半の実質GDP成長率が1.6%と昨年の2.4%から減速した点を指摘したが、政府機関の閉鎖前には消費は想定よりやや強く、設備投資も拡大していたとの見方を示した。一方、雇用者数の顕著な減速には、移民の減少や労働参加率の低下といった供給要因が大きいと指摘しつつ、労働需要も明確に軟化したとし、雇用の下方リスクが増加したとの見方を示した。

質疑応答では、複数の記者が政府統計の多くが入手不能になっている問題を取り上げた。パウエル議長は、政府統計に代替するものではないが民間データやBeige Bookなどを活用しており、入手可能な情報で経済を評価するのがFRBの責務であるとした。また、この間に経済が大きく変わったと判断することには疑問を示した。

別の複数の記者はAI関連の投資拡大を取り上げた。パウエル議長はこうした投資の金利感応度は低いとして、利下げによる投資過熱の懸念を否定したほか、総需要にプラスとの見方を示した。また、労働市場に関しては、未充足求人や失業保険申請件数などからみて、緩やかに軟化しているが、大企業によるレイオフのマクロ的な影響は大きくないとの評価を示した。

物価情勢の評価

パウエル議長は、インフレ率が過去2年で顕著に減速したが、2%目標に対べてやや高いとの評価を維持した。また、CPIに基き、9月のPCEインフレ率と同コアがともに2.8%との推計を示した。

この間、財価格の上昇率が加速した一方、サービスのディスインフレは継続しているとした。また、短期のインフレ期待は上昇したが、2年先以降のインフレ期待は目標と整合的との評価を維持した。その上で、関税引上げが一部の財価格を押し上げ、影響が短期に止まるのが基本シナリオだが、高インフレが持続化するリスクに対応すべきとの立場を維持した。

質疑応答では、ようやく公表された8月CPIが取り上げられた。パウエル議長は、住居費の上昇率が減速し、コアサービス価格の上昇率も横ばいとなった点を指摘し、関税引上げの寄与が0.5~0.6ppと推計されるので、PCEインフレ率は最早2%目標の近傍にあるとの見方を示した。

別な複数の記者が家計の生活費負担の問題を取り上げたのに対し、パウエル議長は、関税引上げの効果が出尽くすには時間がかかるとし、家計が一層の物価上昇を懸念することに理解を示したが、根本的な問題はコロナ禍後の高インフレ全体であり、実質所得の改善によって徐々に緩和するとの期待を示した。

政策金利の運営

パウエル議長は、リスクバランスの変化を踏まえ、より中立的な政策スタンスにもう一歩進むことが適当と判断し、25bpの利上げを決定したと説明した。なお、シュミッド総裁(カンサス連銀)が現状維持を、ミラン理事が50bp利下げを各々主張して反対票を投じた。

パウエル議長は、今後の経済情勢にタイムリーに対応する上で良い位置(well positioned)にあるとの見方を維持した上で、次回(12月)の政策決定に関しては、FOMC内で強い意見の相違(strongly differing views)があったと説明し、次回の利下げは既定路線でない(not a forgone conclusion)とした。このため質疑応答では、多くの記者が、次回(12月)利下げの条件を質した。

パウエル議長は、7月以降に雇用の下方リスクが高まったことに対応するため政策金利を中立方向に調整してきたことを確認した。また、デュアルマンデートに関するデータとリスクバランスを検討するという原則論も確認したほか、統計の不足に懸念を示し、次回(12月)会合までに問題が解決していることへの期待を示した。

その上で、パウエル議長は、FOMCメンバーの意見は大きく異なるが、より多くのメンバーが少なくとも利下げサイクルで立ち止まる(at least wait a cycle)べきとの意見を示したと説明した。この点に関しては、既に累計150bpの利下げによって、政策金利は中立水準の近傍にあるとの見方も示した。

さらに、パウエル議長は、経済全体としては良好な状態(good picture)にある下で、雇用に下方リスク、物価に上方リスクがある中で、政策運営ではどちらも重視すべきである一方、FOMCメンバーの間で意見が異なることは自然との考えを示した。

このほか、一部の記者が株価の高騰や消費者ローンの延滞増加など金融安定の問題を取り上げたが、パウエル議長は家計の負債も対応可能であり、マクロのレバレッジも抑制されているなど、金融システムは全体としては安定的との見方を維持した。

保有資産削減(QT)の停止

今回(10月)のFOMCでは、11月でQTを停止し、12月からは保有しているMBSと国債の双方の償還分をTBに再投資することで、保有債券の規模を一定に保つことを決定した。

パウエル議長は今回のQTを通じて保有債券の規模が2.2兆ドル減少し、資産規模の対GDP比が35%から21%へ低下したと説明したほか、今後も通貨(現金)の増加等によって当座預金の規模は緩やかに減少し続けるとの見方を示した。さらに、今回の変更によってMBSの保有を減らす既定方針の推進と、TB保有の増加による保有国債の満期構成(加重平均)の市場中立的な方向への変化に資すると説明した。

質疑応答では、債務上限の改訂後の政府当座預金の増加(およびTBの発行増)に備えた措置かとの質問が示された。パウエル議長は、一因であることを認めた上で、足元でレポ金利の上昇、特定期日のレポファシリティの利用増加、IOERと短期金利との乖離など、短期市場のストレスを示唆する現象が生じたことを理由として挙げた。

また、パウエル議長は、最終的な資産規模のあり方は議論していないとしつつも、通貨(現金)など当座預金以外の負債が増えていくことで、いずれは保有資産の増加に転ずることが必要との見方も示した。

プロフィール

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    井上 哲也

    金融イノベーション研究部

    

    内外金融市場の調査やこれに関わる政策の企画、邦銀国際部門のモニタリングなどを中心とする20年超に亘る中央銀行での執務経験と、国内外の当局や金融機関、研究機関、金融メディアに構築した人脈を活かして、中央銀行の政策対応(”central banking”)に関する議論に貢献。そのための場として「金融市場パネル」を運営し、議論の成果を内外の有識者と幅広く共有するほか、各種のメディアを通じた情報と意見の発信を行っている。2012年には、姉妹パネルとして「バンキングパネル」と「日中金融円卓会合」も立ち上げ、日本の経験を踏まえた商業銀行機能のあり方や中国への教訓といった領域へとカバレッジを広げている。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。