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はじめに

ECBは今回(10月)の理事会でも政策金利(預金ファシリティー金利)を2%に維持することを決定した。ラガルド総裁は下方リスクの低下を歓迎するとともに、経済活動は底堅く、インフレ率が目標近傍で推移するとの見方を維持した。もっとも、インフレのリスクに関しては意見が分かれている点も認めた。

経済情勢の評価

ラガルド総裁は、第3四半期の経済成長率が+0.2%であった点を確認し、観光とAIの活用によりサービス部門が成長を続けた一方、輸出は関税引上げやユーロ高の影響を受けていると評価した。

また、外需と内需の乖離は当面続くとした上で、消費は実質購買力の増加と高水準の貯蓄の取り崩しによって増加するとの見通しを維持した。ただし、失業率は低水準だが、労働需要が軟化した点も指摘した。一方、設備投資も域内の財政拡張と既往の金融緩和が下支えするとした。

これに対し、海外経済による下押しが続くとの見方も維持し、前倒し輸出が一巡した上に、受注の低下が更なる輸出の減速を示唆している点に言及しつつ、関税引上げの効果はこれから顕在化するとの見方を示した。

ラガルド総裁は、先行きのリスクに関して、米欧や米中の関税交渉の妥結、中東の停戦といった下方要因が減退したことを指摘した。もっとも、下方要因として貿易環境の不透明性、金融市場のセンチメントの悪化、地政学的対立を、上方要因として国防費やインフラ投資の想定以上の増加、企業のセンチメントの改善、地政学的立や通商摩擦の緩和等を挙げた。

質疑応答では、複数の記者がリスク評価の変更を取り上げた。ラガルド総裁は、前回(9月)はリスクの範囲が狭まったが、今回は要因が減少したとした上で、経済政策に伴うリスクは依然として高いとの見方を示した。

また、AI投資が労働市場に与える影響も取り上げられ、ラガルド総裁は多くの企業が投資を進めている点を確認した上で、労働市場には上下双方が影響が想定されるとした。もっとも、顕在化には時間がかかるほか、産業やスキルによって影響が異なるとし、ECBとして状況を注視する考えを示した。

物価情勢の評価

ラガルド総裁は、9月のHICP総合インフレ率が2.2%と8月から0.2pp上昇した点を確認した上で、エネルギー価格のマイナス寄与が縮小した点を指摘した。一方、同コアも2.4%と前月から0.1pp上昇し、サービス価格の上昇率がわずかに加速した一方、食品価格はわずかに減速した点を確認した。

この間、インフレ基調の指標は中期の2%目標に概ね整合的である点を確認したほか、労働コストも生産性の改善と賃金上昇の軟化によって減速したと説明した。また、ECBの推計やサーベイ等によれば、2026年前半にかけて賃金上昇率はさらに軟化するとの見方を示した。

ラガルド総裁は、先行きのリスクが国際的な通商情勢を主因に不透明との評価を維持し、下方要因としてユーロの増価、高関税による輸出の減少、過剰生産能力を有する国からの輸入圧力、金融市場でのリスク回避を、上方要因としてサプライチェーンの分断、レアアースの供給制約、国防費やインフラ投資の増加、異常気象を挙げた。

質疑応答では、ETS IIの影響が取り上げられた。ラガルド総裁は、当初から執行部見通しに影響を織り込んでいる点を確認した。その上で、次回(12月)の物価見通しで、2028年にかけて影響が分散する可能性を考慮する考えを示した。

金融政策の運営

今回(10月)の声明文は、現在のインフレ率が中期目標である2%にあり、新たなインフレ見通しも最新(9月)と概ね不変である点を指摘し、政策金利の現状維持を決定したと説明した。

ラガルド総裁は、今後の政策金利に関して、①データに即して毎回の会合で判断、②(政策反応関数を構成する)3つの要素(物価見通し、インフレ基調の動向、金融政策の波及度合い)の評価に照らして判断、という方針を確認した。

質疑応答では、複数の記者が、ラガルド総裁が使用してきた「(物価や経済は)good place」との表現が依然として妥当するかどうかを質した。

ラガルド総裁は、「good place」は安定的ではない(not fixed)と説明し、維持に向けて適切に政策を運営する考えを確認した。また、更なる利下げの可能性については、ECBの物価目標が上下に対称である点を指摘し、方向性に関するコメントを避けた。

別な記者は、今回(10月)の声明文が金融環境の若干のタイト化を指摘した点を取り上げ 、金融緩和の波及を質した。ラガルド総裁は、企業や家計に対する貸出金利からみて、金融緩和の波及は円滑かつタイムリーであると評価した。その上で、直近のBLSは、①銀行が企業向け与信をやや慎重化した、② 家計向け与信も増加しているがスタンスが慎重化した、点を示唆すると説明した。

さらに別の記者は、理事会メンバーがインフレのリスクに関する異なる意見を示唆していると指摘した。

ラガルド総裁は、今回(10月)の政策金利の現状維持は全会一致の決定であった点を説明した上で、インフレのリスクに関する意見が分かれている点を認めた。具体的なポイントとして、①レアアースの供給制約が自動車やエネルギーといった基幹産業に与える影響が不透明であること、②賃金上昇率の減速がサービス価格にどのように波及するかが不透明であること、の2点を挙げ、今後の理事会で議論していく考えを示唆した。

イタリア経済

今回(10月)の理事会は年1回の「出張会合」で、イタリア中央銀行のパネッタ総裁のホストにより、フローレンスでの開催となった。このため、記者からはイタリア経済に関する質問があった。パネッタ総裁は、足元のGDP成長率は横ばいだったが、見通しに沿った動きと評価したほか、過去数年の大きなショックに拘わらず、経済成長が維持された点を確認した。併せて、財政赤字が対GDPで3%まで縮小したほか、国際収支も黒字に転じ、金融機関の統合も進むなど、構造改善の成果を強調した。

プロフィール

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    井上 哲也

    金融イノベーション研究部

    

    内外金融市場の調査やこれに関わる政策の企画、邦銀国際部門のモニタリングなどを中心とする20年超に亘る中央銀行での執務経験と、国内外の当局や金融機関、研究機関、金融メディアに構築した人脈を活かして、中央銀行の政策対応(”central banking”)に関する議論に貢献。そのための場として「金融市場パネル」を運営し、議論の成果を内外の有識者と幅広く共有するほか、各種のメディアを通じた情報と意見の発信を行っている。2012年には、姉妹パネルとして「バンキングパネル」と「日中金融円卓会合」も立ち上げ、日本の経験を踏まえた商業銀行機能のあり方や中国への教訓といった領域へとカバレッジを広げている。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。