はじめに
ECBは今回(10月)の理事会で、デジタルユーロのPreparation Phase(2023年11月~)を終了することを決定した。本コラムでは、同PhaseのClosing Reportをもとに、ECBからみた主な進捗内容をレビューする(ステークホルダーによる反応は次回のコラム、コストと保有制限の問題は次々回のコラムで取り上げる)。
基本的な問題意識と運営方針
Reportの導入部分では、支払慣行の変化とデジタル取引の一般化の下で、現金を補完する公共的なデジタル支払手段のニーズが一層緊要になったとの考えを確認した。
また、域内国の3分の2がクレジットカード決済において域外国の企業に依存(13か国は完全に依存)している点を指摘しつつ、P2P、 POS、E-commerceのいずれも多くの国で支払手段の支配的な提供者が国際ブランドである一方、ユーロ圏全体をカバーする欧州発の選択肢がない点も確認した。
この間、日常支払における現金支払の割合が2024年には24%に低下し、現金を受け取らない事業者が12%にまで増加するなど、現金使用の現象が続いた点も指摘した。
その上で、Preparation Phaseの目的が、①Scheme Rulebookの提示、②Providersの選定、③技術的実験と利用者調査の3点であったことを確認した。この間、ECBは欧州議会と欧州理事会による法制面の対応を支援したとし、後者は本年12月に基本方針について合意するとの見通しを示した(議長国はデンマーク)。
このため以下では、これらの3点を取り上げる(③のうち利用者調査については、次回コラムで詳しく検討する)。
また、域内国の3分の2がクレジットカード決済において域外国の企業に依存(13か国は完全に依存)している点を指摘しつつ、P2P、 POS、E-commerceのいずれも多くの国で支払手段の支配的な提供者が国際ブランドである一方、ユーロ圏全体をカバーする欧州発の選択肢がない点も確認した。
この間、日常支払における現金支払の割合が2024年には24%に低下し、現金を受け取らない事業者が12%にまで増加するなど、現金使用の現象が続いた点も指摘した。
その上で、Preparation Phaseの目的が、①Scheme Rulebookの提示、②Providersの選定、③技術的実験と利用者調査の3点であったことを確認した。この間、ECBは欧州議会と欧州理事会による法制面の対応を支援したとし、後者は本年12月に基本方針について合意するとの見通しを示した(議長国はデンマーク)。
このため以下では、これらの3点を取り上げる(③のうち利用者調査については、次回コラムで詳しく検討する)。
Scheme Rulebookの改訂
Scheme Rulebookの第一案(v0.8)は2024年1月に公表されたが、同4月までに示された多数のコメントを反映して、2025年6月にようやく改訂され(v0.9)、10月末までコメントを受け付けていた。
v0.9の主な改訂点は、①利用者のUXに関する最低標準の導入、 ②デジタルユーロのブランディングルールの導入、③PSPによる仲介を支援するための技術内容の明確化などである。加えて、係争処理のあり方、事業者の参加方法、デバイス(決済端末やATM等)やアプリのテストや認証の方法についても考え方を示した(これらの内容は次稿でレビューする)。
ただし、次回コラムで詳しく見るように、第一案(v0.8)に関しても、主としてPSP(特に銀行)と折り合っていない課題(主として投資コスト、デジタルユーロの取扱いの義務化、手数料の扱いなど)も多いため、第一案の積み残しも含めて、今回も内容の調整には一定の時間を要することが考えられる。
v0.9の主な改訂点は、①利用者のUXに関する最低標準の導入、 ②デジタルユーロのブランディングルールの導入、③PSPによる仲介を支援するための技術内容の明確化などである。加えて、係争処理のあり方、事業者の参加方法、デバイス(決済端末やATM等)やアプリのテストや認証の方法についても考え方を示した(これらの内容は次稿でレビューする)。
ただし、次回コラムで詳しく見るように、第一案(v0.8)に関しても、主としてPSP(特に銀行)と折り合っていない課題(主として投資コスト、デジタルユーロの取扱いの義務化、手数料の扱いなど)も多いため、第一案の積み残しも含めて、今回も内容の調整には一定の時間を要することが考えられる。
Providersの選定
ECBは10月2日にデジタルユーロのサービスプラットフォーム(DESP)の5分野に関して、民間の事業者を選定した。具体的には①aliasの確認、②リスクと不正取引の防止、③アプリ開発キット、④オフライン決済、⑤支払情報の安全な交換であり、すべて欧州企業からなっている(具体的な社名はReportの12ページを参照)。
若干付言すると、①は利用者とPSPとの情報交換の簡素化、③ はECBによる標準モジュールの提供、⑤は利用者情報の利活用がそれぞれ念頭に置かれている。なお、これらの企業は投資にコミットした訳でなく、実際の作業はECBによるデジタルユーロに関する歳出決定に基づく合意によるとされている。
同時にECBは、デジタルユーロの発行、償還、クリアリングのためのコアシステムの共同開発をNCBに呼びかけ、2025年7月に6中銀(主要4か国に加えてリトアニア、オーストリア)の参加が決定している。
若干付言すると、①は利用者とPSPとの情報交換の簡素化、③ はECBによる標準モジュールの提供、⑤は利用者情報の利活用がそれぞれ念頭に置かれている。なお、これらの企業は投資にコミットした訳でなく、実際の作業はECBによるデジタルユーロに関する歳出決定に基づく合意によるとされている。
同時にECBは、デジタルユーロの発行、償還、クリアリングのためのコアシステムの共同開発をNCBに呼びかけ、2025年7月に6中銀(主要4か国に加えてリトアニア、オーストリア)の参加が決定している。
技術的実験の成果
最初の重要なポイントはオフライン支払である。Reportによれば、 ①embedded secure elements(デバイスに対するtamper-resistantなチップの埋込み)、②integrated secure elements (デバイス内におけるtamper-resistantな領域の設定)、③eSIMの3つをテストした。
その結果、③が既にスマートフォンなどで利用が拡大しているため採用しやすいとの考えを示した。ただし、利用者が携帯電話契約を変えても、資金とwalletが利用可能となるよう、適切な標準の設定が必要である点も付言した。
次のポイントはシステムのアーキテクチャーである。Reportは、まず、利用者データの保護を最優先すべき点を強調した。その上で、①利用者はAMLやKYCの規制に服したPSP経由でデジタルユーロを利用する、②PSPはGDPRに即して必要なデータのみを収集する、③PSPは暗号化された支払情報をDESPに送るので、ECBは支払と利用者を結びつけることができないという原則を確認した。
さらに、Reportは、PSPが何らかの理由(サイバー攻撃や自然災害等)で利用者と口座の認識が不能となった場合も、利用者による本人証明とパスキーの提示によって、新たなPSPがデジタルユーロへのアクセスを提供しうるようにすることを示唆した。
ECBも域内の複数の地域で処理を分散することで、万一の際には他地域での処理にシフトしうるアーキテクチャーを採用する考えを示した。同時に、デジタルユーロはECBの債務であるため、それを用いた決済の確実性を担保するため、集中的な台帳システムの採用を決定した。
Reportは、このようなハイブリッドな構成は、DLTの考え方に準拠しており、分散的な決済の処理、決済の完了性の確保、先進的なコンセンサスメカニズムの採用に寄与するとしている。
このほか、AIなどの先進技術の活用も提唱しており、①暗号化されたデータに基づくリスクや不正の検出、②分散的なシステムにおけるlatencyの最小化、③即時決済、④セキュリティ強化のための先進的な暗号技術などを例示している。
その結果、③が既にスマートフォンなどで利用が拡大しているため採用しやすいとの考えを示した。ただし、利用者が携帯電話契約を変えても、資金とwalletが利用可能となるよう、適切な標準の設定が必要である点も付言した。
次のポイントはシステムのアーキテクチャーである。Reportは、まず、利用者データの保護を最優先すべき点を強調した。その上で、①利用者はAMLやKYCの規制に服したPSP経由でデジタルユーロを利用する、②PSPはGDPRに即して必要なデータのみを収集する、③PSPは暗号化された支払情報をDESPに送るので、ECBは支払と利用者を結びつけることができないという原則を確認した。
さらに、Reportは、PSPが何らかの理由(サイバー攻撃や自然災害等)で利用者と口座の認識が不能となった場合も、利用者による本人証明とパスキーの提示によって、新たなPSPがデジタルユーロへのアクセスを提供しうるようにすることを示唆した。
ECBも域内の複数の地域で処理を分散することで、万一の際には他地域での処理にシフトしうるアーキテクチャーを採用する考えを示した。同時に、デジタルユーロはECBの債務であるため、それを用いた決済の確実性を担保するため、集中的な台帳システムの採用を決定した。
Reportは、このようなハイブリッドな構成は、DLTの考え方に準拠しており、分散的な決済の処理、決済の完了性の確保、先進的なコンセンサスメカニズムの採用に寄与するとしている。
このほか、AIなどの先進技術の活用も提唱しており、①暗号化されたデータに基づくリスクや不正の検出、②分散的なシステムにおけるlatencyの最小化、③即時決済、④セキュリティ強化のための先進的な暗号技術などを例示している。
ア ーキテクチャーに関しては、最後に全体像を表4(20ページ)で示し、DESPの中でECBが運営する部分①と民間事業者等が運営する部分②、DESPの外に属する部分③を整理した。②の代表として、アプリの提供、支払情報の交換、リスクや不正の制御、aliasの確認、③の代表として認証システム、walletやオフラインサービス、e-commerceでの支払サービス等が挙げられ、オフライン対応を民間事業者に委ねることを示唆している。
プロフィール
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井上 哲也のポートレート 井上 哲也
金融イノベーション研究部
内外金融市場の調査やこれに関わる政策の企画、邦銀国際部門のモニタリングなどを中心とする20年超に亘る中央銀行での執務経験と、国内外の当局や金融機関、研究機関、金融メディアに構築した人脈を活かして、中央銀行の政策対応(”central banking”)に関する議論に貢献。そのための場として「金融市場パネル」を運営し、議論の成果を内外の有識者と幅広く共有するほか、各種のメディアを通じた情報と意見の発信を行っている。2012年には、姉妹パネルとして「バンキングパネル」と「日中金融円卓会合」も立ち上げ、日本の経験を踏まえた商業銀行機能のあり方や中国への教訓といった領域へとカバレッジを広げている。
※組織名、職名は現在と異なる場合があります。