はじめに
ECBは今回(10月)の理事会で、デジタルユーロのPreparation Phase(2023年11月~)を終了することを決定した。本コラムでは、 ECBが公表したEuro Retail Payments Board(ERPB)とのworkstreamに関する報告(10月)をもとに、PSPを中心とするステークホルダーとの対話の結果をレビューする。
Workstreamの運営
ECBは、2024年11月~2025年4月に8回のtechnical sessionを開催した。テーマは「競争」、「シナジー」、「ビジネスモデル」の3つとされ、域内外の支払サービスの競争、支払サービスのコスト効率性、PSPのビジネスに対する影響に各々焦点を当てた。なお、個人は、金融包摂、個人情報保護や不正防止等も加えられた。
ECBはデジタルユーロの支払エコシステムへの適応を掲げ、この点には幅広い支持を受けたが、各論ではPSP(特に銀行)が多くの反対意見を提示した。本報告書の内容は多岐にわたるため、本コラムではまず「競争」と「シナジー」を取り上げる。
ECBはデジタルユーロの支払エコシステムへの適応を掲げ、この点には幅広い支持を受けたが、各論ではPSP(特に銀行)が多くの反対意見を提示した。本報告書の内容は多岐にわたるため、本コラムではまず「競争」と「シナジー」を取り上げる。
競争
ECBは、最初の論点として、域内の支払スキーム(クレジットカードではGiro、A2AではBizumを例示)を減退させることなく、デジタルユーロのメリットを享受する点を挙げた。
ECBは、デジタルユーロが基礎的な手段であり、PSPは付加的なサービスによって収益を挙げ得るとの考えを確認した。また、P2P、POS、e-commerceのユースケースをカバーする汎欧州のソリューションは存在せず、デジタルユーロがその円滑な実現に資するとの考えも確認した。
さらに、デジタルユーロは決済手数料の免除により、PSPによる国際的なクレジットカード(ICS)への交渉力を強めると主張した。
この点に関しては、①域内のスキームは海外展開せず、②海外巨大企業による支払サービス(X-payと呼称)は域内のクレジットカードとICSの関係を強化、③汎欧州銀行や新業態銀行はICSの単一ブランドを指向、④ICSは有利な条件を提示といった問題を指摘した(図表4<12ページ>は主要国における国内クレジットカードのシェア低下を示している)。
これに対し、PSAはICSに対する交渉力に疑問を示したほか、ICSのリベートを考慮するとデジタルユーロの有利さは不透明である点や、ICSがディスカウントで対抗する可能性を指摘した。また、デジタルユーロが、むしる域内のスキームの取引を奪うとの懸念もあった。なお、店舗はICSの交渉力には懐疑的であったが、デジタルユーロの決済手数料の免除を歓迎し、個人は欧州外の支払スキームへの依存に懸念を示した。
これらの議論を踏まえて、ECBとworkstreamの参加者は、デジタル通貨の強制通用力と決済手数料の免除は店舗(と幾分かは仲介機関)にメリットを与える(ただし、ICSに対する交渉力の強化とPSPに対する適切な収益モデルが前提)点で合意した。
一方、PSPは、域内のスキームが強い競争力を持つ地域では、デジタルユーロの導入がビジネスを阻害すると主張し、ECBによる主張(公開標準としてビジネスを支援する)と折り合わなかった。
その上で、ECBと全てのステークホルダーは、域内事業者のインセンティブを阻害しないようにする案として、co-branding/co-badgingに合意した。これは、例えば、域内事業者のクレジットカードをサービス提供地域外で利用する場合に、デジタルユーロを”fall-back”の支払手段として利用できるようにするものである。これは、ICSに対する有効な対抗策となりうるが、ビジネスと技術の両面からの検討が必要であるとした。
次の論点は、グローバルwallet(PayPalとAlipayを例示)やX-pay(Apple PayやGoogle payを例示)に対する競争力の強化であり、顧客接点と利用者データへのアクセスの喪失のリスクを問題視した。
ECBは、デジタルユーロに関する規制がDMAと相まって、PSPによる上記の手段への依存を低下させると主張した(表5<16ページ>は、X-payについて発行者とPSPの手数料を推計している)。その上で、デジタルユーロが欧州標準に即した共通のacceptance layer(支払を受入れる仕組み)を構築することで、域内の事業者は固有のacceptance networkがなくても欧州内へビジネスを拡大しうると主張した。
これに対し、店舗や一部のPSPはwalletやX-payの利用者に他の手段への転換を説得することは、利便性の点で困難との懸念を示し、ECBも、PSPがデジタルユーロを利用者にどのように提供するかはPSPの責務とした。
その上で、walletやX-payの発行者に対しては「権利に即した義務(same rights, same obligation)」の原則を適用する考えを示し、これらの発行者が利用者へのデジタルユーロのサービス提供(front-end)のみから、PSPに対して不釣り合いな便益を得ないようにすることが重要と指摘した。
この間、銀行外のPSPは、ルールに従えば、域内外を問わず事業者がデジタルユーロの利用に参加できるようにすべきと主張した。ECBは、デジタルユーロが、walletやX-payとの連携よりも(ICSや発行者へのfeeがない点で)優位性を持つと主張し、欧州で顕著に拡大している一部のwalletがPSPのinterchange feeの大部分を奪取していると指摘した。
なお、個人は、一部の域内国がモバイルカード支払に関するwalletの提供を中止ないし断念し、global walletやX-payを支援することに懸念を示した。その理由として、巨大IT 企業によるGDPRへの準拠に疑問のある形でのデータの収集や、walletがPSDの上で規制を受けていない点を指摘した。
これらの議論を踏まえて、ECBは「権利に即した義務(same rights, same obligation)」の原則を再度主張したが、PSPとは意見が折り合わなかった点も確認した。その上で、デジタルユーロに関わる関係当局に対し、非欧州の巨大IT起業による支配に留意すべきとのメッセージを送った。
ECBは、デジタルユーロが基礎的な手段であり、PSPは付加的なサービスによって収益を挙げ得るとの考えを確認した。また、P2P、POS、e-commerceのユースケースをカバーする汎欧州のソリューションは存在せず、デジタルユーロがその円滑な実現に資するとの考えも確認した。
さらに、デジタルユーロは決済手数料の免除により、PSPによる国際的なクレジットカード(ICS)への交渉力を強めると主張した。
この点に関しては、①域内のスキームは海外展開せず、②海外巨大企業による支払サービス(X-payと呼称)は域内のクレジットカードとICSの関係を強化、③汎欧州銀行や新業態銀行はICSの単一ブランドを指向、④ICSは有利な条件を提示といった問題を指摘した(図表4<12ページ>は主要国における国内クレジットカードのシェア低下を示している)。
これに対し、PSAはICSに対する交渉力に疑問を示したほか、ICSのリベートを考慮するとデジタルユーロの有利さは不透明である点や、ICSがディスカウントで対抗する可能性を指摘した。また、デジタルユーロが、むしる域内のスキームの取引を奪うとの懸念もあった。なお、店舗はICSの交渉力には懐疑的であったが、デジタルユーロの決済手数料の免除を歓迎し、個人は欧州外の支払スキームへの依存に懸念を示した。
これらの議論を踏まえて、ECBとworkstreamの参加者は、デジタル通貨の強制通用力と決済手数料の免除は店舗(と幾分かは仲介機関)にメリットを与える(ただし、ICSに対する交渉力の強化とPSPに対する適切な収益モデルが前提)点で合意した。
一方、PSPは、域内のスキームが強い競争力を持つ地域では、デジタルユーロの導入がビジネスを阻害すると主張し、ECBによる主張(公開標準としてビジネスを支援する)と折り合わなかった。
その上で、ECBと全てのステークホルダーは、域内事業者のインセンティブを阻害しないようにする案として、co-branding/co-badgingに合意した。これは、例えば、域内事業者のクレジットカードをサービス提供地域外で利用する場合に、デジタルユーロを”fall-back”の支払手段として利用できるようにするものである。これは、ICSに対する有効な対抗策となりうるが、ビジネスと技術の両面からの検討が必要であるとした。
次の論点は、グローバルwallet(PayPalとAlipayを例示)やX-pay(Apple PayやGoogle payを例示)に対する競争力の強化であり、顧客接点と利用者データへのアクセスの喪失のリスクを問題視した。
ECBは、デジタルユーロに関する規制がDMAと相まって、PSPによる上記の手段への依存を低下させると主張した(表5<16ページ>は、X-payについて発行者とPSPの手数料を推計している)。その上で、デジタルユーロが欧州標準に即した共通のacceptance layer(支払を受入れる仕組み)を構築することで、域内の事業者は固有のacceptance networkがなくても欧州内へビジネスを拡大しうると主張した。
これに対し、店舗や一部のPSPはwalletやX-payの利用者に他の手段への転換を説得することは、利便性の点で困難との懸念を示し、ECBも、PSPがデジタルユーロを利用者にどのように提供するかはPSPの責務とした。
その上で、walletやX-payの発行者に対しては「権利に即した義務(same rights, same obligation)」の原則を適用する考えを示し、これらの発行者が利用者へのデジタルユーロのサービス提供(front-end)のみから、PSPに対して不釣り合いな便益を得ないようにすることが重要と指摘した。
この間、銀行外のPSPは、ルールに従えば、域内外を問わず事業者がデジタルユーロの利用に参加できるようにすべきと主張した。ECBは、デジタルユーロが、walletやX-payとの連携よりも(ICSや発行者へのfeeがない点で)優位性を持つと主張し、欧州で顕著に拡大している一部のwalletがPSPのinterchange feeの大部分を奪取していると指摘した。
なお、個人は、一部の域内国がモバイルカード支払に関するwalletの提供を中止ないし断念し、global walletやX-payを支援することに懸念を示した。その理由として、巨大IT 企業によるGDPRへの準拠に疑問のある形でのデータの収集や、walletがPSDの上で規制を受けていない点を指摘した。
これらの議論を踏まえて、ECBは「権利に即した義務(same rights, same obligation)」の原則を再度主張したが、PSPとは意見が折り合わなかった点も確認した。その上で、デジタルユーロに関わる関係当局に対し、非欧州の巨大IT起業による支配に留意すべきとのメッセージを送った。
シナジー
ECBは、デジタルユーロが民間の支払スキームと共存し、それを補強することで、欧州の支払に関する独立性を目指すとし、 A2Aに関する共通のacceptance networkの導入がカギである指摘した。この点はFPSの発想の拡張に近い面がある。
最初の論点としては、地政学的不透明性が高まる下でデジタルユーロの速やかな導入が必要であるが、洗練された連続性やユースケースの組合わせに基づく段階的な導入を提示し、利用者による親和性の向上や大規模な導入に伴う民間リューションの負担の回避をメリットとして指摘した。
これに対し銀行PSPは、PSPのソリューションにどんな目的の達成を期待するか明確にすべきと指摘した。その上で、ECBによるfront-endへの関与は最重要ではないとしたほか、複雑な導入策は銀行の資源を数年にわたって費消させると批判した。
また、銀行以外のPSPは、技術的な課題を理由にオフライン支払の延期を主張した一方、P2Pの優先を主張した。店舗は、POSが最優先と主張したほか、オフライン支払の導入以前に、オンライン支払における認証の「バッチ」対応(deferred authorization)に選好を示した。
これらの議論を踏まえ、ECBとすべてのステークホルダーは、民間ス キームとの補完の観点から、デジタルユーロの導入は「高いインパクト、高い利用、課題の低さ」の領域を優先すべきとした。ただし、上記のように優先領域の意見は分かれた。また、銀行以外のPSPは、1人当り1つのwalletという方針はビジネスを阻害するとして反対した。
さらに、ECBが段階的な導入をステークホルダーとの協調によって検討する考えを示したが、一部のPSPは「付加的サービス」が不明であるため時期尚早と指摘し、今後の検討課題となった。
次の論点は、投資負担の軽減のための既存の標準やプロセスの活用と欧州としてのacceptance networkの導入である。
前者に関してECBは、技術的要請に加えて、ECBによるガバナンスの行使等の観点から、EPC、ISO、Berlin Group、NEXO、 ECPCの5つを選定した(図表7<22ページ>に支払シーンが示されている)。その上で、デジタルユーロと民間のソリューションとのシナジーにとって重要と主張し、既存のopen standardの収斂によって達成すべきと主張した。
これに対し銀行PSPは、既存の標準の活用や標準設定主体による成果の活用を支持し、デジタルユーロの成功は既存のソリューションやwalletとの円滑な連携に強く依存するとした。銀行以外のPSPも、A2Aにおける共通のacceptance networkの重要性を強調した。この間、店舗は整合的かつ標準的なインフラの重要性を指摘した。
これらの議論を踏まえ、ECBは、POSやe-commerceにおけるA2A支払の共通のacceptance layerの導入(クレジットカードと同様な標準化)が強い支持を得たとした。なお、その構成要素として、支払側の非接触カーネル(POSやATMのためのNFCを最優先)、端末とホスト間の通信プロトコル、標準QRコード(二番面の優先度)、標準API等を挙げた。
さらに、ECBはデータの標準化も含め、既存の標準の採用を示唆し、IBANと類似した構造のデジタルユーロ口座番号の導入やISOに即した店舗の分類などを例示した。また、民間事業者は、AMLやKYCについても既存のプロセスの活用を示唆した。
第三の論点は、デジタルユーロを用いた支払ソリューションにおけるアプリ提供の義務化である。
ECBは、利用者が専用アプリによるサービスの選択肢を有するべきと主張し、金融包摂や支払システムの頑健性に不可欠とした一方、PSPには既存の支払サービスとデジタルユーロとの一体化を促進する考えを示した(図表8<26ページ>にスマートフォンの画面イメージがあり、デジタル人民元と似ている)。
これに対し銀行PSPは、一体化は支持し、利用者の利便性を高め、デジタルユーロの地位向上に寄与すると指摘したが、義務化は特に中小銀行にとってコスト負担が大きいとして反対した。銀行以外のPSPも義務化には反対し、公的金融機関のみに適用すべきと主張した。この間、店舗は一体化と義務化の双方を支持した。
これらの議論を踏まえ、ECBとすべてのステークホルダーはデジタルユーロと既存の支払サービスの一体化に合意した一方、アプリ提供の義務化については、ECBが中小銀行や利用者のメリットを指摘したが、意見は折り合わなかった。
シナジーの最後の論点は、カード形態のデジタルユーロに関するco-badgingである(「競争」のテーマでも取り上げられた点)。
ECBは、域内事業者がco-badgingによって、汎欧州のサービスを提供しうるとし、デジタルユーロのネットワーク外部性の発揮にも資すると主張した。また、カードの発行を停止した銀行はないと指摘し、オランダでもwalletによる支払は35%に過ぎないと説明した。
これに対しPSPは、サービスの一体化は多くの利用者が選好するデジタル形態(アプリ等)で行われるべきと反論し、カードでの発行は公的金融機関が担うべきと主張した。この間、店舗はco-badgingのカードの場合にも、円滑で迅速なUXが確保されることが必要と指摘した。
これらの議論を踏まえて、ECBと店舗およびPSPとの間では、民間事業者が自発的にco-badgingを行うことやデジタルユーロをカード形態で発行することに関する意見は折り合わなかったが、ECBも更なる検討が必要とした。
最初の論点としては、地政学的不透明性が高まる下でデジタルユーロの速やかな導入が必要であるが、洗練された連続性やユースケースの組合わせに基づく段階的な導入を提示し、利用者による親和性の向上や大規模な導入に伴う民間リューションの負担の回避をメリットとして指摘した。
これに対し銀行PSPは、PSPのソリューションにどんな目的の達成を期待するか明確にすべきと指摘した。その上で、ECBによるfront-endへの関与は最重要ではないとしたほか、複雑な導入策は銀行の資源を数年にわたって費消させると批判した。
また、銀行以外のPSPは、技術的な課題を理由にオフライン支払の延期を主張した一方、P2Pの優先を主張した。店舗は、POSが最優先と主張したほか、オフライン支払の導入以前に、オンライン支払における認証の「バッチ」対応(deferred authorization)に選好を示した。
これらの議論を踏まえ、ECBとすべてのステークホルダーは、民間ス キームとの補完の観点から、デジタルユーロの導入は「高いインパクト、高い利用、課題の低さ」の領域を優先すべきとした。ただし、上記のように優先領域の意見は分かれた。また、銀行以外のPSPは、1人当り1つのwalletという方針はビジネスを阻害するとして反対した。
さらに、ECBが段階的な導入をステークホルダーとの協調によって検討する考えを示したが、一部のPSPは「付加的サービス」が不明であるため時期尚早と指摘し、今後の検討課題となった。
次の論点は、投資負担の軽減のための既存の標準やプロセスの活用と欧州としてのacceptance networkの導入である。
前者に関してECBは、技術的要請に加えて、ECBによるガバナンスの行使等の観点から、EPC、ISO、Berlin Group、NEXO、 ECPCの5つを選定した(図表7<22ページ>に支払シーンが示されている)。その上で、デジタルユーロと民間のソリューションとのシナジーにとって重要と主張し、既存のopen standardの収斂によって達成すべきと主張した。
これに対し銀行PSPは、既存の標準の活用や標準設定主体による成果の活用を支持し、デジタルユーロの成功は既存のソリューションやwalletとの円滑な連携に強く依存するとした。銀行以外のPSPも、A2Aにおける共通のacceptance networkの重要性を強調した。この間、店舗は整合的かつ標準的なインフラの重要性を指摘した。
これらの議論を踏まえ、ECBは、POSやe-commerceにおけるA2A支払の共通のacceptance layerの導入(クレジットカードと同様な標準化)が強い支持を得たとした。なお、その構成要素として、支払側の非接触カーネル(POSやATMのためのNFCを最優先)、端末とホスト間の通信プロトコル、標準QRコード(二番面の優先度)、標準API等を挙げた。
さらに、ECBはデータの標準化も含め、既存の標準の採用を示唆し、IBANと類似した構造のデジタルユーロ口座番号の導入やISOに即した店舗の分類などを例示した。また、民間事業者は、AMLやKYCについても既存のプロセスの活用を示唆した。
第三の論点は、デジタルユーロを用いた支払ソリューションにおけるアプリ提供の義務化である。
ECBは、利用者が専用アプリによるサービスの選択肢を有するべきと主張し、金融包摂や支払システムの頑健性に不可欠とした一方、PSPには既存の支払サービスとデジタルユーロとの一体化を促進する考えを示した(図表8<26ページ>にスマートフォンの画面イメージがあり、デジタル人民元と似ている)。
これに対し銀行PSPは、一体化は支持し、利用者の利便性を高め、デジタルユーロの地位向上に寄与すると指摘したが、義務化は特に中小銀行にとってコスト負担が大きいとして反対した。銀行以外のPSPも義務化には反対し、公的金融機関のみに適用すべきと主張した。この間、店舗は一体化と義務化の双方を支持した。
これらの議論を踏まえ、ECBとすべてのステークホルダーはデジタルユーロと既存の支払サービスの一体化に合意した一方、アプリ提供の義務化については、ECBが中小銀行や利用者のメリットを指摘したが、意見は折り合わなかった。
シナジーの最後の論点は、カード形態のデジタルユーロに関するco-badgingである(「競争」のテーマでも取り上げられた点)。
ECBは、域内事業者がco-badgingによって、汎欧州のサービスを提供しうるとし、デジタルユーロのネットワーク外部性の発揮にも資すると主張した。また、カードの発行を停止した銀行はないと指摘し、オランダでもwalletによる支払は35%に過ぎないと説明した。
これに対しPSPは、サービスの一体化は多くの利用者が選好するデジタル形態(アプリ等)で行われるべきと反論し、カードでの発行は公的金融機関が担うべきと主張した。この間、店舗はco-badgingのカードの場合にも、円滑で迅速なUXが確保されることが必要と指摘した。
これらの議論を踏まえて、ECBと店舗およびPSPとの間では、民間事業者が自発的にco-badgingを行うことやデジタルユーロをカード形態で発行することに関する意見は折り合わなかったが、ECBも更なる検討が必要とした。
インプリケーション
ECBが、「競争」の中で強調した点、つまり競争相手としてX-payが浮上したことはデジタルユーロの緊要度を高めたことが推察される。もっとも、ECBが主張したようにデジタルユーロが欧州発の支払スキームによるICSやX-payに対する競争力強化を支援する可能性については、PSPや店舗が示した懐疑的な見方の方が説得力がある。
その一方で、欧州発の支払スキームも域内国を広範にかつ直接にカバーできていない点は、ECBが主張するユーロの戦略的自立性だけでなく、利用者にとっても(手数料等の負担を通じて)問題であることも事実である。なぜなら、利用者がサービスの域外国でその支払スキームを使おうとすれば、現地のacceptance serviceを使わざるを得ないからである。
この点に関して、ECBとステークホルダーがA2A支払の共通のacceptance layerないしnetworkの導入に支持を示した点が注目される。詳細は不明だが、ECBが構成要素として挙げた内容やPush paymentに関するものであるとの説明を踏まえると、現在の銀行送金のデジタルユーロ版と考えることができる。
しかも、銀行送金では支払者と受取者が別の銀行に口座を持つ場合、クリアリングシステムや中央銀行の当座預金を経由して送金が完了するが、ここでは、支払者と受取者がどこのPSPにデジタルユーロ口座を持っていても、直接的な送金(価値の移転)を可能とすることを想定していると考えられる。
そうであれば、デジタルユーロのco-brandingという単体では魅力的とは言えない提案も意味を持つことになる。加えて、acceptance layerの議論が浮上したことは、決済手段だけでは利便性と収益性の双方を満たすことができず、支払手段(あるいはそれを代替するスマートコントラクト等)が不可欠であるであることも示唆している。それに伴って、インフラの再構築は、資金面だけでなく情報面も重要であることになる。
その一方で、欧州発の支払スキームも域内国を広範にかつ直接にカバーできていない点は、ECBが主張するユーロの戦略的自立性だけでなく、利用者にとっても(手数料等の負担を通じて)問題であることも事実である。なぜなら、利用者がサービスの域外国でその支払スキームを使おうとすれば、現地のacceptance serviceを使わざるを得ないからである。
この点に関して、ECBとステークホルダーがA2A支払の共通のacceptance layerないしnetworkの導入に支持を示した点が注目される。詳細は不明だが、ECBが構成要素として挙げた内容やPush paymentに関するものであるとの説明を踏まえると、現在の銀行送金のデジタルユーロ版と考えることができる。
しかも、銀行送金では支払者と受取者が別の銀行に口座を持つ場合、クリアリングシステムや中央銀行の当座預金を経由して送金が完了するが、ここでは、支払者と受取者がどこのPSPにデジタルユーロ口座を持っていても、直接的な送金(価値の移転)を可能とすることを想定していると考えられる。
そうであれば、デジタルユーロのco-brandingという単体では魅力的とは言えない提案も意味を持つことになる。加えて、acceptance layerの議論が浮上したことは、決済手段だけでは利便性と収益性の双方を満たすことができず、支払手段(あるいはそれを代替するスマートコントラクト等)が不可欠であるであることも示唆している。それに伴って、インフラの再構築は、資金面だけでなく情報面も重要であることになる。
プロフィール
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井上 哲也のポートレート 井上 哲也
金融イノベーション研究部
内外金融市場の調査やこれに関わる政策の企画、邦銀国際部門のモニタリングなどを中心とする20年超に亘る中央銀行での執務経験と、国内外の当局や金融機関、研究機関、金融メディアに構築した人脈を活かして、中央銀行の政策対応(”central banking”)に関する議論に貢献。そのための場として「金融市場パネル」を運営し、議論の成果を内外の有識者と幅広く共有するほか、各種のメディアを通じた情報と意見の発信を行っている。2012年には、姉妹パネルとして「バンキングパネル」と「日中金融円卓会合」も立ち上げ、日本の経験を踏まえた商業銀行機能のあり方や中国への教訓といった領域へとカバレッジを広げている。
※組織名、職名は現在と異なる場合があります。