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はじめに

デジタルユーロの導入に関してはユースケースを中心とする利用者のニーズと懸念も重要な論点である。そこで、本テーマの追加稿として、ECBがPreparation PhaseのClosing Reportで言及した委託調査(Digital Euro User Research)の内容をレビューする。

分析の枠組み

本調査は、ECBが外部機関(Ipsos)に委託して、2024年12月に実施され、対象は①ユーロ圏20か国の小規模な店舗(オンラインを含む:各国8先)と②ユーロ圏20か国の個人(各国8名)であった。

店舗は、規模、業界、支払手段、決済規模の点で分散するように対象が抽出された。一方、個人はEUの定義による「脆弱な消費者」(情報の入手や適切な財の選択や購入が困難で、市場動向の影響を受けやすい等の条件を満たす個人)から抽出された。

調査結果(店舗)

現在受け入れている支払手段は、顧客の要請に加えて、システム障害への対応を背景に多様である点を確認した。

その上で、①デビットカードとクレジットカードを最も広く受入れ、手数料の点で前者を好む、②実店舗は現金も幅広く受入れ、手数料回避のため少額取引では現金のみのケースがある、③オンライン店舗はデジタルウオレットも受入れるが、小規模先はメリットが少ないため受入れない、④預金振替の受入れは相対的に少なく、オンラインかつ高齢顧客への対応に利用、⑤一部はBNPLやQRコード、ポイント、P2P支払にも対応、等の特徴を示した。

また、デジタル支払が少額取引を含めて拡大しており、1) 店舗は利用下限額を設定すると売り上げに影響する、2) PSPは少額取引に対する手数料を引下げている点を理由として挙げた。

次に、受入れる支払手段の選択については、以下を主たる要素として挙げた。

第一に、顧客の選好への対応が売上最大化に不可欠とし、コストが上昇しても多様な支払手段への対応が重要とした。また、若年顧客では、各国固有ないし新たな手段の受入れも有用とした。第二に、店舗と顧客にとってセキュリティや保護が重要であるとし、海外顧客に対応する上で知名度の高い手段が不可欠とした。

第三に、業務や資金繰りの効率化や簡素化に加え、送金や入金の迅速さ、認証の容易さなどを重視し、オンラインでは取引の追跡性も評価するとした。第四に、コストや手数料の最小化を重視する一方、メリットとの相対関係を考慮するとした。

PSPの選択については、単一のPSPに依存するケースが多いとした上で、複数のPSPの利用は顧客のニーズやビジネスの柔軟化のためとした。また、多くの店舗が信認を理由に銀行をPSPとして利用し、選択の重点がコスト、評価や信認、信頼性とサービス、わかりやすいUIや業務処理、支払の迅速さ等であると指摘した。

さらに、店舗の端末については、実店舗ではPSP(特に銀行)が供与したPOS端末が主たる役割を果たし、信頼性や銀行のシステムとの連携への評価が高いとした。一方、オンラインでは、国際的なプラットフォームへの依存が大きく、データの保護や不正使用の防止等が評価されているとした。

その上で、ほとんどの店舗が、顧客のニーズやシステム障害への対応の観点から複数の端末を併用しているとしたほか、効率性や信頼性の面で総じてPSPに満足していると指摘した。

これに対し、店舗にとっての主たる課題として、第一に高コストを挙げた。特にカードの手数料を指摘し、小口取引には負担が大きいとしたほか、端末の設置や運営のコストも指摘した。第二に技術面の課題を挙げ、実店舗でのネット接続の信頼性の低さが売上や顧客満足度に影響するとした。第三に決済の時間的ラグを挙げ、特にカード等では資金繰りの負担などを招くとした。

デジタルユーロの評価

本調査は、ECBが意図するデジタルユーロの機能に関する説明を示した上で、それらに対する店舗の評価もカバーしている(詳細な結果は図表1<11ページ>を参照)。

まず、オフライン決済が可能である点には、多数(84%)が重要と評価し、ネットの障害やシステムの更改を大きな問題と指摘した。一方、少数(13%)は他の手法での対応やセキュリティへの懸念等を理由に重要でないとした。

さらに、実店舗にはより詳しい説明を行って評価を求めた結果、ネットの障害時の支払がデジタルユーロの特徴である点に幅広い理解が得られたが、その評価はネット接続の支障に直面した頻度によって異なるとした。また、手数料の低下や入金の時間的ラグの減少と一体で意味を持つとの指摘が多かったとした。

店舗によるPSPとの交渉力を強める点(決済手数料が規制されるため)については、大多数(82%)が重要と評価し、PSP間の競争に資するとした一方、少数(16%)が手数料は高くないとか特定の支払手段を選好するといった理由で重要でないとした。

手数料なく即座に入金する点については、多数(79%)が重要と評価し、資金繰りの問題に加えて、入金管理の人件費等の軽減に繋がるとした一方、少数(18%)は既存の支払手段でも効率的かつ迅速であるため、重要でないとした。

顧客取引の完了性を高める点については、多数(65%)が重要と評価し、オンラインは海外顧客との取引の円滑化に期待を示した一方、実店舗を中心とする少数(30%)は重要でないとし、顧客は来店時には何を買うか決めていると指摘した。

さらに、ビジネスの安全性や顧客のプライバシー保護に資する点は、多数(59%)が重要と評価したが、支払・決済全般の問題との指摘も多かった。また、重要でないとした少数(30%)は、オンラインを中心に、セキュリティの強化によって顧客情報へのアクセスに支障が生ずるとの懸念を示した。

最後に、欧州の支払システムのresilienceを高める点については。多数(59%)が重要と評価し、オンラインを中心に欧州発の技術やビジネスの統一性の意義を指摘したほか、取引量の多い時期での頑健性、柔軟な支払サービス、既存のシステムとの連携性などに期待を示した。これに対し、少数(38%)は重要でないと評価し、意義が不透明ないし不適切であるとした。

これらを総括して、調査対象の店舗は、コストの低下、オフライン支払、欧州の支払システムの統合に加えて、ECBの発行による信頼の印(seal of approval)を、デジタルユーロの主なメリットとして指摘したと説明した。ただし、多くの先が、デジタルユーロの実際の利用や他の手段との関係、ビジネスへの影響、プライバシー保護やセキュリティについて疑問を示したと付言した。

調査結果(個人)

まず、現在使用している支払手段は、目的に応じて複数である点を確認した。

その上で、①デビットカードとクレジットカードが日々の支出で最も使われ、前者が圧倒的に大きい、②現金も少額支払や小規模店舗の支払で選好され、カードが使用できない場合への必要性も意識、③デジタルウオレットは若年層を中心に幅広い年齢層で使用され、各国固有のアプリ等も使用、といった特徴を示した。

加えて、④銀行アプリは、日々の支払より預金残高や支払の確認、送金等に使用され、若年層やITリテラシーの高い層が支持、⑤預金振替は、定期的な支払や高額支払で利用、⑥一部の国では、不正使用や使いすぎの防止のため前払カードを利用、といった特徴も示した。

支払手段の選択については、以下を主たる要素として挙げた。

第一に、支払の迅速さや使いやすさに加え、現金ニーズを減退させ、予定外で機敏な支出を可能にするアクセスの容易さも重要とした。第二に、セキュリティ対応を重視し、カードの紛失や盗難の際の使用停止、大口支払のPIN使用、不正使用の保護、支払通知等を例示したほか、銀行アプリが最もセキュアな手段とした。

第三に、50歳以上かつIT利用が少ない層を中心に、効率的で即時の使用監視を重視しているとした。第四に、幅広い地域およびシーンでの使用可能性を重視し、現金は条件を最も満たす一方、デビットカードや預金振替もそれに次ぐ評価を受けているとした。

第五に、銀行アプリやデジタルウオレットとの統合性を重視し、複数カードの連携や他の金融資産との円滑な統合を挙げたほか、カードや銀行アプリと家計簿ソフトとの連動やP2P支払におけるSNSとの連動等にも言及した。第六に。特定の支払手段との親和性を重視し、特に65歳以上では支払手段の変更に消極的とした。

これに対し、新たな支払手段の使用における主な課題については、以下を主たる要素として挙げた。

第一に、セキュリティや安全性の懸念であり、カード等のデジタル手段での不正使用やデータの盗難、非接触カードでのスキミング等を挙げたほか、女性や65歳以上の高齢者で懸念が強いとした。第二に、アクセスや受入れの制約であり、カード支払ができず現金を使用する点や銀行アプリのUIの課題を示した。また、選好する支払手段が他国で利用しにくい点にも言及した。

第三に、デジタルリテラシーの問題であり、高齢者等では導入や使用の負担が大きいほか、送金時の入力、アプリのインストールと設定、多段階認証等を例示した。また、デジタルリテラシーの高い使用者も操作ミスを懸念しているとした。第四に、技術ないしシステムのトラブルであり、ネットの接続不良やシステムダウン、POS端末の不調、支払の拒絶や遅延、PINカードの摩耗等を挙げた。

第五に、支払や残高が即時かつ明確に把握しえない点への懸念であり、使いすぎの心配のためクレジットカードを使用しない個人が存在すると指摘した。第六に、手数料等の負担であり、クレジットカードにおける負担の大きさに幅広く不満が示されたと指摘した。

一方、新たな支払手段の使用については、既存の支払手段は概ねニーズを満たしているが、ほとんどの国で半数以上の個人、特に若年層およびITに親和性の高い層が前向きであるとした。その上で、個人の姿勢は、①留保なくすべて利用、②コストの低下や利便性の向上、ロイヤリティーの増加等のメリットがあれば利用、③様子見の姿勢、④後向きの姿勢の4つに分かれるとした。

また、ほとんどの個人が新たな支払手段の知識が乏しいとし、主たる情報源は、友人や家族等からの受動的ないし非公式なものであるとした。このため、過去2年間における新たな支払手段の使用は限定的であり、非接触ないしモバイルの支払を初めて使用したとの回答が多かったとした。

最後に、新たな支払手段への期待については、高齢層を中心に回答に窮するケースも多かったが、①セキュリティ(不正な使用やアクセスの防止等)、②迅速さや簡単さ(特に高齢層やITリテラシーの低い層)、③既存の金融サービスとの統合、④コストや金銭的なインセンティブ、⑤支払の監視や抑制、⑥24/7でのサポート(カードの紛失や不正取引の対応)、⑥幅広い受入れ(すべての形態の店舗での使用)を、ポイントとして挙げた。

この点の関連質問では、第一に、新たな支払い手段のPSPは信認や専門性、業務実績の点から、銀行ないし金融機関であるべきとしたほか、半数以上の国の回答が公的機関も含まれるとした。さらに、親和性やデータ保護の観点から、ほとんどの個人が欧州発の機関による新たな支払手段の使用を示唆した。

第二に、媒体は、高齢層ないしITリテラシーの低い層を中心に、紛失時や電池切れ、ネット接続の不調等の問題を挙げてカードへの選好が示された一方、若年層がITリテラシーの高い層からは、利便性や日常使用を背景にアプリへの選好が示された。

第三に、新たな支払手段を利用する要素としては、①ネット接続の支障時にオフライン支払が有用、②初期利用に向けたサポートは高齢者ないし地方で不可欠、③信頼できる個人(家族や友人)による推薦が大きい、④手数料は現金やデビットカードでは低いため、重要な要素でないといった点を指摘した。

第四に、プライバシー保護については、銀行が既に個人情報を利用しているだけに、新たな支払手段にも高い信認を示した。もっとも、銀行や公的機関には、それ以外の民間事業者に比べて高い信認を示したほか、PSP経由での情報の共有には信認の水準が分かれた。

これらを総括して、個人は、特に高齢者やITリテラシーの低い層への明確な情報と丁寧な導入支援があれば新たな支払手段の利用に前向きと指摘した。また、個人の求める特性(支出の制御、ネット接続の支障時の支払、銀行や公的機関による提供等)がデジタルユーロの特性と整合的であるとした。

インプリケーション

本調査のサンプル数はユーロ圏の人口対比で非常に小さいが、 ECBの基幹サーベイであるSPACEの内容を補完する位置づけとして理解すべきと思われる。

本調査に対して店舗と個人が示した意見や懸念は、当方が事務局を務める「通貨と銀行の将来を考える研究会」の第3.5期(2024年度)の議論や報告書で参照した日本国内の様々なアンケート調査の結果と驚くほど一致している。この点でも、日銀のCBDCを考える上で、ユーロ圏の状況や議論が有用であることが示唆される。

一方、店舗や個人が欧州発のソリューションや支払システムの統合に要望を示した点は、域内国間での相互運用性の課題を背景としており、日本には該当しない問題である。また、日本でQRコードがプレゼンスを有する点は、国際的なプラットフォームへの依存を抑制する上で欧州とは異なるが同じ意味を持つアプローチと理解できる。

プロフィール

  • 井上 哲也のポートレート

    井上 哲也

    金融イノベーション研究部

    

    内外金融市場の調査やこれに関わる政策の企画、邦銀国際部門のモニタリングなどを中心とする20年超に亘る中央銀行での執務経験と、国内外の当局や金融機関、研究機関、金融メディアに構築した人脈を活かして、中央銀行の政策対応(”central banking”)に関する議論に貢献。そのための場として「金融市場パネル」を運営し、議論の成果を内外の有識者と幅広く共有するほか、各種のメディアを通じた情報と意見の発信を行っている。2012年には、姉妹パネルとして「バンキングパネル」と「日中金融円卓会合」も立ち上げ、日本の経験を踏まえた商業銀行機能のあり方や中国への教訓といった領域へとカバレッジを広げている。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。