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はじめに

これまでは、欧州理事会がデジタルユーロの導入に関して12月19日に公表したRegulationの改定案を2回連続で解説した。本コラムでは、それと対になる現金使用に関するRegulation案(欧州理事会が同時に公表)のポイントを解説する。

総論

本規制は、ユーロの銀行券と貨幣の法貨としての範囲と効果に関するルールを規定する(Article 1)。本規制は金銭債務の現金での決済と、法貨としての効果を確保するための現金へのアクセスや受取に適用される。ただし、オンラインを含む遠隔地での財やサービスの購入のための支払には適用されない(Article 2)。

法貨としての銀行券や貨幣の地位は、支払義務からの解放を伴う額面での強制通用力をもたらす。受取人は金銭債務の充足のための支払における銀行券ないし貨幣の受取を拒否できない。金銭債務の決済額は、銀行券や貨幣の金銭価値と同じでなければならない。支払人は、銀行券や貨幣の受取人への支払によって金銭債務から解放される(Article 4)。

強制通用力の確保のため、小売店ないしサービス事業者が公共の場で財やサービスを対面で提供する場合は、事前かつ一律に現金取引を拒否できない。これは、一律で事前の合意を得ずに現金の除外を販売条件とするものを言う。(現金受入の拒否に関する)店頭での掲示は事前かつ一律の拒否に当たる(Article 4a)。

上記に拘わらず、受取人は、①善意に基づき、かつ受取人が対応しえない具体的環境に照らして適切性を有する合法的かつ一時的な理由による場合、②支払者と受取者が事前に国内法に即して他の支払手段で合意した場合、③無人販売の店舗、では銀行券や貨幣の受取を拒否できる。(Article 5)。

上記①の挙証責任は受取人に帰する。また、上記の合法的理由としては、1)決済額に比べて銀行券の券面額が明らかに大きい場合の100ユーロ以上の銀行券、2)例外的に事業者におつりがない場合いや通常のビジネスを継続するのに十分なおつりがなくなる場合を含む。EU加盟国は、強制通用力に関してより厳格な規制を導入できる(Article 5)。

現金の受入とアクセス

EU加盟国は、都市部と非都市部の双方を含む域内における現金の受入と強制通用力の例外規定の適用を、欧州委員会の共通指標や各国特有の指標によってモニターする必要がある。EU加盟国は、広範かつ構造的な現金支払の拒否により現金受入が阻害されている場合、対応策を講ずる必要がある(Article 7)。

EU加盟国は、都市部と非都市部の双方を含む域内において、十分かつ効率的な現金へのアクセスを確保する必要がある。このため、現金アクセスの状況を欧州委員会の共通指標や各国特有の指標によってモニターする必要がある。EU加盟国は、十分かつ効率的な現金アクセスが確保されない場合、対応策を講ずる必要がある(Article 8)。

EU加盟国は、電子的支払手段の広範かつ深刻な混乱やその恐れが自国ないしユーロ圏で発生した場合に現金へのアクセスを確保するための現金の回復(resilience)策ないし対応策を策定する必要がある。これらの対策は、種々のシナリオに対応する必要がある(Article 8a)。

EU加盟国は、上記の対応のため一つ以上の担当当局を特定する必要がある。欧州委員会は上記の共通指標の導入に関する規定を導入する必要がある。EU加盟国が各国固有の指標を使用する場合、欧州委員会の共通指標と補完的である必要がある。また、上記の対応策はEU加盟国による報告書に盛り込まれる必要がある。欧州委員会が、ECBへの諮問の結果、対応策が不十分と判断した場合は、共通理解のために当事国と公開での対話を行うことができる(Article 9)。

規制の運用

欧州委員会はEUの規制(182/2011)に基づく委員会の支援を受けることができる(Article 11)。EU加盟国は、本規制の違反に対するペナルティとその実施策に関するルールを規定しなければならない(Article 12)。

EU加盟国は、欧州委員会とECBに対し、①強制通用力の例外規定、②現金の受入とアクセスに関する詳細な情報と評価、③ ペナルティの実施、を含む情報を報告する必要がある。本報告は、本規制の実施2年後とその後2年おきに行う必要がある。欧州委員会はECBに諮問しつつ報告を精査する(Article 13)。

各国で特定された当局は、必要に応じて、現金関連業界や受取人に対し、現金の受入やアクセスに関する情報を要求できるほか、個人情報保護に関するEUのルールの下で、個人情報を含む必要な情報を収集しうる立場に置かれる。EU加盟国や特定当局等は、データを提供した当局の事前の了解なしに、非個人データを科学的な調査に使用できる(Article 13)。

EU加盟国は、不正な現金受取の拒否や不十分かつ非効率的な現金アクセスに対する苦情の申立て方法について、個人や事業者に明確な情報を供与する必要がある(Article 14)。

銀行券や貨幣はデジタルユーロと1対1で交換できる。金銭債務の受取人は、デジタルユーロでの支払に関する合意に拘わらず、本規制に即して銀行券や貨幣を受入れる必要がある。支払者はこれらの手段の選択権を有する(Article 15)。

本規制の実施の5年後に、欧州委員会は本規制の運用や効果を評価し、欧州議会と欧州委員会に報告する(Article 16)。

インプリケーション

本規制は、デジタルユーロの導入前後における現金の使用とアクセスを確保することに趣旨があり、前コラムでみたRegulation案に対する「付帯決議」的な性格を有する。

円滑な移行は必要だが、過剰に現金使用を支えると、ECBとPSP等の事業者に二重負担の問題を招く。その点では、Article 4aは厳格すぎる印象があるほか、問題が認識された場合の対応策にも、内容や時限性の点で慎重さが必要となる。さらに、域内各国でのキャッシュレス化の違いを踏まえて、相応の柔軟性を考慮することも考えられる。

本規制の守備範囲を超えるが、移行期間におけるコストを中央銀行、政府、PSP、その他の事業者、利用者でどう負担するかも重要な課題となる。

プロフィール

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    井上 哲也

    金融イノベーション研究部

    

    内外金融市場の調査やこれに関わる政策の企画、邦銀国際部門のモニタリングなどを中心とする20年超に亘る中央銀行での執務経験と、国内外の当局や金融機関、研究機関、金融メディアに構築した人脈を活かして、中央銀行の政策対応(”central banking”)に関する議論に貢献。そのための場として「金融市場パネル」を運営し、議論の成果を内外の有識者と幅広く共有するほか、各種のメディアを通じた情報と意見の発信を行っている。2012年には、姉妹パネルとして「バンキングパネル」と「日中金融円卓会合」も立ち上げ、日本の経験を踏まえた商業銀行機能のあり方や中国への教訓といった領域へとカバレッジを広げている。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。