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はじめに

ECBは今回(2月)の理事会でも政策金利(預金ファシリティー金利)を2%に維持することを全会一致で決定した。ラガルド総裁は、経済や物価に上下双方のリスクが残るが、それらは全体としてバランスしているとの見方を示した。

経済情勢の評価

ラガルド総裁は、情報通信を中心とするサービス業が経済活動を支えているほか、製造業も底堅く、建設業も設備投資の拡大により回復していると評価した。この間、労働需要はさらに軟化したが、労働市場は所得を引続き支えているとし、今後の貯蓄の減速とともに消費を拡大するとの期待を示した。

さらに、域内国政府による防衛やインフラへの投資が需要を拡大するほか、民間企業もデジタル技術への投資を拡大しているとの見方を示した。もっとも、関税とユーロ高の双方のために、海外環境は依然として厳しいと評価した。

ラガルド総裁は、経済活動が世界の政策環境の不透明さに直面している点を確認し、金融市場のセンチメントの悪化、通商摩擦の悪化、地政学的対立等の下方要因を挙げた。同時に、防衛やインフラへの投資による生産性の上昇や新技術の採用、新たな通商協定の締結や欧州の単一市場の深化等を上方要因として挙げた。

質疑応答では労働市場の評価が取り上げられた。ラガルド総裁は、関連指標の公表に構造的なラグがある点を認めた上で、未充足求人の増加は想定より緩やかで、労働市場は依然として活発との見方を示した。その上で、労働市場の変化が契約賃金に与える影響について、一時的要因に配慮しつつ注視する考えを示した。

別の記者は欧州がAI投資で後れを取っているとの懸念を示した。ラガルド総裁は、堅調な内需の中で設備投資の寄与が大きい点を確認したほか、域内国政府による防衛やインフラへの投資だけでなく、民間企業による設備投資も情報通信を中心に増加しているとした。その上で、AIについては、生産性の上昇を通じたインフレへの中期的な影響を注視する姿勢を示した。

物価情勢の評価

ラガルド総裁は、1月のHICP総合インフレ率がエネルギー価格の下落を主因に1.7%へ減速した一方、食料品価格の上昇率は2.7%へやや加速した点を確認した。この間、同コアは2.2%とやや軟化し、サービス価格の上昇率が3.2%と軟化した一方、財価格の上昇率は0.4%にわずかに加速したと説明した。

この間、インフレ基調の指標は2%目標に引続き整合的である点を確認した。また、契約賃金やECBのサーベイ等は労働コストの軟化を示唆しているが、契約賃金を超える部分の賃金の動向に不透明性が残るとした。さらに、長期のインフレ期待に関する指標は、2%近傍で引続き安定していると評価した。

ラガルド総裁は、物価の先行きも世界の政治環境の不透明さに影響される点を確認し、下方要因として関税による輸出の減少、過剰生産能力を有する国からの輸入圧力、ユーロ高、金融市場でのリスク回避を、上方要因としてエネルギー価格の上昇、サプライチェーンの分断、レアアースの供給制約、賃金上昇率の減速の遅延、防衛やインフラへの投資の増加、異常気象を挙げた。

質疑応答では本年中のインフレの減速の蓋然性が取り上げられた。ラガルド総裁は、12月の見通しが2026年について上方修正した一方で、2%への収斂は2028年としている点を確認したほか、今後は賃金からサービス価格への波及に注目する考えを示した。

別の記者はコアインフレ率の低下を取り上げた。ラガルド総裁は、インフレ基調の一つの要素である点を確認した上で、想定通りの動きであり、2%目標の達成に導くとして歓迎した。

金融政策の運営

今回(2月)の声明文は、インフレ率が中期的に2%で安定するとの見方を確認し、政策金利の現状維持を決定したと説明した。ラガルド総裁は全会一致でであったと説明したほか、今後の政策運営を、①データに即して各会合で判断、②(政策反応関数の)3つの要素(物価見通し、インフレ基調の動向、金融政策の波及度合い)の評価に照らして判断、という方針を確認した。

質疑応答では「good place」との表現が妥当するかどうかが取り上げられた。ラガルド総裁は、政策運営とインフレの双方でgood placeとの評価を維持した上で、足元でインフレが2%を下回った点については、多様な要因による面があるほか、単一の指標に拘泥すべきでないとの考えを示した。

この点に関し、別の記者は声明文が「タカ派」を示唆すると指摘した。ラガルド総裁は、金融政策は良い状況(good shape)にあるが、「ハト派」ないし「タカ派」との意図はなく、不透明性が高い下でフォワードガイダンスは行わないと説明した。

さらに別の複数の記者はリスクバランスを質した。ラガルド総裁は、理事会が一部の要因のリスクが上昇する一方、他の一部の要因のリスクが低下したと認識した上で、総じてみれば上下にバランスしていると評価したと説明した。また、コロナ禍後の時期とは異なり、リスクの傾きを明記するのではなく、上下双方の要因を指摘するに止める考えを示した。

ユーロ相場と国際通貨としての地位

質疑応答ではユーロ高の影響が取り上げられた。ラガルド総裁は、経済や物価にとって重要である点を確認し、理事会で議論したことを認めた。もっとも、昨年夏以降は対ドル相場ないしNEERが長い目で見たレンジ内にあるとの評価も示した。

その上で、複数の記者が国際通貨としてのユーロの意味合いを取り上げた。ラガルド総裁は、①国際通貨は必ずしも他国通貨に比べて「強い」訳ではない、②国際通貨になるには時間をかけていくつかの要素を備える必要がある、との考えを示した。その上で②の要素として、法の支配の尊重による信認と安定、世界に対する強い立場(防衛やインフラへの投資を評価)、世界との貿易(EUによる一連の通商協定を評価)といった点を挙げた。

さらに、これらの要素は主として欧州委員会の役割である点を指摘した一方、ECB自身の役割として円滑な流動性供給を挙げた。この点に関し、欧州の非ユーロ圏の中央銀行や非欧州の中央銀行にとってユーロへのアクセスを開き、ユーロをより魅力的なものとするために、(危機対策としてのスワップとは別の平時の)レポや流動性供給の枠組みを検討していると説明した。

プロフィール

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    井上 哲也

    金融イノベーション研究部

    

    内外金融市場の調査やこれに関わる政策の企画、邦銀国際部門のモニタリングなどを中心とする20年超に亘る中央銀行での執務経験と、国内外の当局や金融機関、研究機関、金融メディアに構築した人脈を活かして、中央銀行の政策対応(”central banking”)に関する議論に貢献。そのための場として「金融市場パネル」を運営し、議論の成果を内外の有識者と幅広く共有するほか、各種のメディアを通じた情報と意見の発信を行っている。2012年には、姉妹パネルとして「バンキングパネル」と「日中金融円卓会合」も立ち上げ、日本の経験を踏まえた商業銀行機能のあり方や中国への教訓といった領域へとカバレッジを広げている。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。